海洋大決戦 3
「はぁぁっ!!」
「ぬぅ…!?」
長靴を履いた猫を身に着けたキーシャはその爆発的な速度でオルケインへと肉薄し、血晶のブーツが奴の顔面目掛けて迫る。
スピードと体重の乗った一撃はオルケインの触手面をグチャグチャに粉砕した――
「ぬふぅ…グリュ…早いなぁ、化け猫ぃ~」
「……何っ!?」
――かに思われた。
キーシャは蹴りを繰り出した態勢のまま空中で静止している。
否、正確には、蹴り出した右足を触腕が受け止め、絡め取られていた。
「誇るがいい化け猫よぉ~。我輩で無ければ貴様の蹴りは受け止めきれなかっただろうよぉ~」
「くっ…離せっ!」
ぬるぬると太腿を這いずる感触に怖気が走ったか、キーシャは猫を思わせる耳を尖らせ、左足を触腕に叩き付ける。
しかし蹴りを受けた触腕はぐにゃりと蹴りを受け止め、左足がずぶりと内部に飲み込まれた。
「っ…これはっ…!?」
「確かに貴様の蹴りは凄まじいぃ~。だが結局は打撃に過ぎないぃ~」
キーシャの足を飲み込んだまま触腕はぐにゃぐにゃと蠢き、そのまま左脚を巻き込んだ形状へと変化する。
「我輩の触腕の柔らかさはぁ~、衝撃ならばなんでも吸収出来るぅ~」
「このっ…!」
バリ、とガラスが砕けたような音が響いた。
キーシャは咄嗟の判断で両脚に付いた長靴を履いた猫を塵に還し、紙一重隙間が空いたのを利用して触腕の拘束から抜け出したのだ。
「もう一度っ…!」
再び両腿を傷つけて長靴を履いた猫を身に着け、今度は両腕にも籠手を創りだして構えを取る。
「キーシャが、押されてる…」
「……ヤバいなありゃ…いでで」
背骨を折られてマトモに立ち上がれない俺はアルカ嬢に肩を借りながら、戦況を見て冷や汗を流した。
考えりゃ分かることだった。
柔軟性に特化した血晶魔法を用いるオルケインに対して、機動性と蹴りの衝撃強化能力に特化したキーシャの長靴を履いた猫は相性が悪すぎる。
見た感じオルケインの触腕の表面は分厚いゴム質の皮、内部はほぼ完全に液化している様だ。
恐らく強度もさっきまでとは比較にならんだろうから、生半可な血晶剣じゃ弾かれるのが目に見えてる。
そして飲んだ俺の血の量が返り血の飛沫程度と少ない上に、二度目の長靴を履いた猫の発動。
多分キーシャは長靴を履いた猫のカタチを維持するだけで精一杯だ。
「…っ」
そして俺の予想を裏付けるかのように、長靴を履いた猫に僅かな亀裂が走る。
ヤバいな、割とマジで敗色が濃厚になってきたぞ。
「………グリュリュ」
「貴様、どこを見ている」
オルケインはこのままキーシャへと触腕を叩き込むかと思いきや、ゆっくりと周囲を見回し始めた。
「お前の始末は何時でも付けられるぅ~。だがまずは…」
次の瞬間、オルケインの触腕が消えたと錯覚するほどの速度で動く。
「!セリーナッ!!!」
「あぁ…?」
多数の武器が狙いを定めたのは、キーシャの戦いの邪魔にならないように黒尽くめ達と相対していたシエラ船長だった。
真横から血晶の巨大なハンマーが船長に迫る。
瞬間、ゴキィッ!!!!と痛々しい激突音が響く。
「……ぐ…くぅ…!」
「……………はぁ?」
その瞬間、全ての時間が止まったように錯覚した。
シエラ船長をすり潰さんとしたハンマーだが、それは彼女に届く事はなく、その直前でキーシャが腕と額を使って必死に受け止めていた。
「お、おいネコぉ!?オメェ何やって…!?」
「うぐ…!私の事はいい、早く退け…!」
「化け猫ぃ~!邪魔をするなぁ~!!!」
不意打ちを邪魔されて怒ったオルケインが他の触腕をハンマーに変化させ、キーシャを押しつぶそうと彼女が受け止めていたハンマーのケツを立て続けにぶっ叩く。
「キーシャ逃げて!!」
アルカ嬢が悲痛に叫ぶ。
バギンッッッ!!!!という凄まじい破砕音。
「ぐぅっ…!ぁああぁっ!!!」
踏ん張っているキーシャはそのままペシャンコにされるかと思ったが、ハンマーが打ち込まれる瞬間、長靴を履いた猫のスパイクを打ち立てる事で衝撃に持ち堪えた。
二撃、三撃と叩き込まれるハンマー。その度にスパイクを打ち立てて耐えるキーシャ。
「ふ…ぅぅ…!」
何度も身体を貫く衝撃に額は割れて血が流れ出し、血晶で創った籠手と長靴を履いた猫は今にも崩れそうなほどにボロボロになっていた。
「しぶといなぁ~。いい加減潰れろぉ~!!」
オルケインが勢いを伴って最後のハンマーを叩き込む。
「ネコぉ!!」
「う…ぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!」
シエラ船長が叫ぶと同時に、キーシャはそれ以上の咆哮を上げ、重なっていたハンマーを僅かに押し返した。
自身も一歩引き下がり、身体を捻って脚を開くと、右足の踵をハンマーの面に向ける。
「血晶脚・三角帽子!!!」
そしてオルケインがハンマーを叩き付ける瞬間、床に着いた足とハンマーへ向けた足のスパイクを同時に打ち立てた。
バギンッッッ!!!!という、いつも聞く長靴を履いた猫の破砕音が響き渡る。
「………何ぃ~?」
すると重なっていた血晶のハンマーは、スパイクを打ち立てた場所からヒビが入り、真っ二つに割れて打ち込まれた勢いをそのままにキーシャとシエラ船長の真横を通り過ぎていった。
「……ぅぁ」
「ネコぉ!?」
ハンマーを叩き割った長靴を履いた猫は籠手と共に砕けて塵に還り、蹴りを打った体勢からぐらりと倒れ込んだキーシャをシエラ船長があわててそれを受け止める。
船長は急いで懐から金属製のスキットルを取り出すと、蓋を開けてキーシャの口へ呑口を当てた。
「ち、血だ、急いで飲めぇ!」
「すま、ん…」
吸血種の糧である血だと聞いたキーシャはゆっくりとそれを飲み下していく。
「なんでオレを助けたんだよぉ!オメェはベル・フェドに雇われただけなんだろぉ!?」
「雇い主の…意向、に…し…したがう、のは…わた、しの…ようへ、い…としての…プライド、だ…。そ、れに…」
血を飲んで回復に努めながら、キーシャはゆっくりと言葉を吐く。
「あの男、を、倒…す…可能性が、あるの、は…きさ、まと…ハヌ、マーン…だけ、だ」
「あぁ?オレと、サルぅ?」
キーシャに言われてシエラ船長はトゥゼンの方を見た。
「クソがぁッ!テメェらやりやがったなぁ!?」
そこにはキーシャを討たれて憤怒の形相でオルケインへ向かっていく坊っちゃんの姿があった。
「わたし…を、ビッ、ト・フェンの…所、へ」
「お、おう!」
キーシャの頼みを受けて船長は彼女を担ぎ上げ、俺の方へと走ってきた。
「ベル・フェドぉ!ネコが!」
「ああ、見てた。よくやったキーシャ」
「うる、さい…少し、血を寄越せ…あれだけじゃあ、少し足りない…」
「はいよ」
俺がキーシャの口元へ手をやると、キーシャは躊躇いなくそれに噛みつき、流れ出る血を飲んでいく。
感覚的に俺の残りの魔力は三分の一位、か。
「船長」
「あぁ?」
「さっきの話の続きだ。あんたも俺の血を飲め。そうすりゃあいつに勝てるかもしれない」
三角帽子もバレエの演目の一つ。
基本的に技名はノリで付けてます。




