泡沫の歌姫《デン・リレ・ハルフゥ》
野菜の星の民族が怒りでパワーアップした訳ではない。
化け猫がやられた。
シエラが血を飲ませてはいたが、それでもかなりの重症に変わりはない。
「……………く」
敵だった筈なのに、信用していなかった筈なのに、あいつが血まみれで倒れたのを見た瞬間、ブチンと俺の中で何かがキレた。
「クソがぁ!!!テメェらやりやがったなぁ!!!!」
俺はそう叫ぶと、俺を囲っていた黒尽くめの奴らの頭を血晶棒で尽くブチ抜いていく。
そして勢いをそのままに俺はクルックス・オルケインとか言うイカ野郎に飛び掛かった。
「斉天大聖んん~、今の戦いを見ていなかったのかぁ~?我輩に打撃は通じないぃ~」
「うるせぇぇぇぇッッッ!!!」
イカ野郎が何か言っているが俺の耳には入ってこず、ヤロウの触手を真横からブッ叩く。
「ぬふぅ~っ!?」
イカ野郎が驚いたように声を上げる。
この時の俺は頭に血が上って自覚していなかったが、俺の血晶棒の一撃はヤロウの触手を軒並み弾き飛ばしていたらしい。
俺とヤロウの間を遮るものは何もない。
俺は固く拳を握り締めてヤロウの目前まで跳び、腕を振りかぶる。
「かっ飛べ!!」
「グリュブッッ!?」
俺の拳がオルケインの顔面にめり込む。
手応え……アリだ!
「うっ…らァァァ!!!」
「ぐりゅばぁっ!?」
ブチブチと触手を引きちぎり、そのバカでけえ図体に黒尽くめ達を巻き込みながらヤロウは吹っ飛んでいく。
「オラ立てや、まだまだこんなもんじゃねーぞコラァァァ!!!」
自分でも制御しきれない感情に身を任せるままに、俺は腹の底から咆哮を上げた。
「……っはー、こりゃ凄まじいこと」
「んー…じゅるるるるるるるる…」
キーシャに手を噛まれている俺は、坊っちゃんの奮戦に感嘆の声を上げる。
マジで凄いキレっぷりだな。キーシャの事を疑ってたんじゃねーのか?
「ってキーシャ、吸い過ぎ吸い過ぎ。船長の分が無くなっちまう」
「ん…す、まん…」
血と魔力を補充し終えたキーシャが俺の手から口を離す。
塞がった傷にこびり付いた血糊も一緒に舐め取らせると、いつも通り痕のない細い指が顕になる。
「………ベル・フェドぉ、オマエぇ…」
「あ?ああ、うん。見りゃ分かる通り、俺ぁ常人種じゃねぇよ。かと言って吸血種でもねぇけど」
俺の手に傷どころか、その痕跡すら残していないのを見て驚くシエラ船長に俺はキーシャが噛んだ手を振ってみせる。
「俺は大昔に呪われて不死の身体になった化け物の不死人。そんで、この不死の呪いを解くための鍵が俺の血を飲んで吸血種以上の力を発揮するアルカ嬢やキーシャ。そしてその候補にあんたが上がったって訳だ」
服の袖を捲って鎖を象った聖痕を見せながら、俺の正体を船長に教えてやる。
「び、ビットさん…?船長が資格者って…」
船長が自身と同じ資格者候補であると聞いたアルカ嬢は驚いて俺を見る。
以前戦った蛇王の事を思い出してか、その目には僅かな心配が見えた。
確かに、今ここで俺の血を飲んだ吸血種に暴走されると手に負えないからな。気持ちはよく分かる。
「ああ、たしかに嬢の心配も可能性としては十分に考えられる。けど、船長が資格者だって事に根拠がねぇ訳じゃねぇ」
「根拠?」
首を傾げる嬢に俺は頷く。
このまま坊っちゃんの足止めが続くとも思えない。もし坊っちゃんがやられれば形勢は一気に向こうへ傾く。
なら分が悪かろうと賭けに出る必要もあるしな。
あとは嬢の心配が杞憂であることを祈るしか有んめぇよ。
「元々仮説はあった。あとはそれを確信に変えるだけだ」
そう言って俺は剥き出しの腕を船長の前に持っていく。
嬢の様子と俺の言葉に、緊張した面持ちで船長は唾を飲んだ。
「………お嬢、オレがバケモンになったら、ちゃんと止めてくれよぉ?」
「……ええ、そうならない事が一番だけど」
そうやり取りした後、船長が俺の手を取る。
「………んぁ」
「痛ッ」
そして大きく口を開いて、俺の腕に鋭く尖った犬歯を突き立てた。
「……………………」
「……んっ…んっ…」
牙で傷ついた傷口から血が流れ出し、それを船長がゆっくりと飲み下していく。
俺は目を閉じて自身の内から流れ出る魔力に集中する。
――――俺から船長へ流れていく魔力は淀み無く、むらも無く、一定量で効率良く流れている。
「………決まりだ。資格者の法則が判った」
その事実は船長が資格者であると同時に、この場にもう一人の資格者が居る事を裏付けていた。
「船長、もういいだろ?血晶武器の発現にゃ十分の魔力を持っていった筈だ」
「んっ…ごく…………なんだよオメェの血ィ。魔力の濃度がハンパねぇぞぉ」
「スゲェだろ、化け物由来の魔力だ」
アルヴィラの魔力に当てられて顔を紅潮させる船長に対し、冗談めかして軽口を叩く。
残りの魔力は二割ちょい、もう一人に飲ませるのが限界だが、これだけあれば十分だ。
「分かるぜぇ、どうすりゃこのバカみてぇな魔力を使いこなせるのかよぉ」
そう言ってシエラ船長は右手をサムズアップすると、躊躇いなく自らの首元、鎖骨と鎖骨の間を真横に掻っ切る。
どくりと真っ赤な血が胸元に流れ出し、それが船長の首から背中をなぞり、タスキがけされた様なカタチになる。
その血の帯を船長が両手で握り潰すと、血の帯は粘土の様にぐにゃりと変形し、背中側の帯は鎖へ、胸側の帯はその鎖に繋がれたまま更に変形する。
上部は細い3本の竿状に、下部はその竿に繋がった幅広で厚さ10センチ程度の板状に。
竿にはそれぞれ太さの異なる糸が繋がっており、糸の数はそれぞれの竿に4本、6本、12本。
「…………ははっ、なんだそりゃ」
俺は思わず乾いた笑いを漏らした。
カタチが異様なのは勿論のことだが、船長の創り出した血晶武器の形状が、どこからどう見ても『楽器』だったからだ。
ありゃ武器じゃねぇ。つーか楽器としてもかなりマニアックな代物だぞ、オイ。
「こいつが一番オレに馴染むカタチだぁ。悪くねぇだろぉ?」
世にも珍しいトリプルネックギターを携え、シエラ船長はギャァァン、と左手の爪で中央の六本弦を掻き鳴らした。
「…はっ、人魚で、音楽と来たかぁ。さながらそいつぁ、『泡沫の歌姫』ってか?」
「……あぁ?」
俺が思わず口走ったそれに、船長は一つしか無い右目を細めて数瞬俺の言葉を咀嚼するような仕草を見せると、口元をにまりと歪めた。
「泡沫の歌姫、悪くねぇ。今からコイツぁ泡沫の歌姫だぁ!」
そう言うと船長は坊っちゃんとオルケインが戦っている方を向き、12本弦のネックに右手を添えて左手で弦を掻き鳴らした。
デン・リレ・ハルフゥ、デンマーク語で人魚姫。人魚姫はデンマークの童話なので。
武器がギターなのは某格ゲーのキャラを複数人混ぜた結果。細身で怪力な海賊ルック、傷女で俺女で隻眼、赤い服とギターを混ぜて割ったらこうなりました。
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