海洋大決戦 2
オルケインの周りでうぞうぞと動く触腕、その先端から生えている多様な武具。
その一本一本を手足の如く操っているオルケインは、ニタニタと笑って俺達を見回す。
「ぜぇー…ぜぇー…今の…ぜぇー…今まで…げほ…手ぇ…抜いてたって…ぜひゅー…訳か」
「舐められたものだ」
キーシャの傍らで四足を付いて息を切らす俺の絞り出した言葉に、キーシャは苛立たしげに靴の爪先でデッキの床を叩いた。
「というか貴様、いくらなんでも体力無さ過ぎるだろう」
「ぜひー…るせぇ…げっほ…」
アルヴィラに身体弄くられたせいでモヤシになっちまっただけで、人間だった頃は多少なり体力あったんだよ。
「ぜはー…あー…はぁー…。……でぇ、どうしたもんかねこりゃ」
やっとこさ息を整え、オルケインをじっと見る。
奴の血晶魔法が創り出した触腕の動きは滑らかで見た感じ一本一本を相当精緻に操っている様だ。
こりゃマトモにやり合うとケツに穴が空くな。
「おうるぁぁぁぁ!!!」
「ナメんじゃ…ねェェェェッ!!!」
オルケインがシエラ船長を狙って触腕の先端から生えている斧とハンマーを振り下ろし、船長はそれを錨で弾きながらこちらに下がってきた。
「よう船長、御機嫌如何?」
「あぁ?最高に決まってんだろうがぁ…!」
言葉とは裏腹にシエラ船長は額に血管を浮かべながら憎々しげにオルケインを睨む。
あっはっは、オルケインに取って今までの戦いが遊び半分だと解って相当ご立腹のご様子ですな。
「で、どうする。敵の数が増えた、と考えても遜色ないぞあれは」
「だな。あーメンドクセェ」
この状況を打開するのには、キーシャに長靴を履いた猫を使わせるのが一番なんだが、出来るだけ嬢に吸血を見せたくねぇし。
……あ、そういや坊っちゃんと船長にはキーシャが俺の血飲んでるトコ見られてたっけ。
「………ん?」
そんな事を思って船長に目を向けると、彼女のコートの左袖が破れているのに気が付いた。
「船長、怪我したのか?」
「あぁん?ああ、怪我っつーか、さっきのゲソヤロウの斧ぉ引っ掛けただけだぁ」
そう言ってシエラ船長が袖を捲りあげ、傷のない左腕を見せ…!?
「…………は?」
俺は思わず戦況の把握も忘れてそれに目を奪われた。
船長の腕には、シャチを模したトライバルの刺青が彫られていた。
刺青なんてアウトローなら誰だって彫るし、トライバルやシャチなんてありきたりだ。
―――トライバルのパターンが俺が大昔に見たものと細部まで一致しているのを除けば。
「なぁ船長」
「あぁん?今度ぁなんだぁ?ちんたらくっちゃべる暇ぁねぇだろぉ?」
俺は船長の腕を取り、彼女の目をまっすぐに見る。
「この刺青、どうして彫ってんだ?」
「あ、お?こ、コイツぁオレの母親の一族で代々当主が受け継いでるモンだけどよぉ…」
…………。
「船長、その一族、一度血が絶えたとか、養子が受け継いだとか、そういう話は無いな?」
「ね、ねぇけど…それが何だぁ?」
俺の質問に船長は狼狽えながら答えた。
「その一族……ウミヌカムイで間違いねぇな?」
「………な?」
俺がその一族の名を口にすると、船長が大きく目を見開く。
「な、なんでオメェがそれを…!?」
「昔ウミヌカムイと縁があったってだけだ。それに重要なのはそこじゃねぇ」
混乱する船長を尻目に、俺は頭の中で資格者に関して幾つもの考えを巡らせていた。
『器』を手にする資格があるのは15人、これはアルヴィラ自身が口にしていたことなので確定。
問題はその15人が資格を満たす条件は一体何か。
一つは吸血種であること。
そしてもう一つ。
このもう一つを満たさねば、俺の血を飲んだ者は吸血種の力が暴走し、ヒトのカタチを失った怪物と化す。
そのもう一つの条件が何なのか、俺はずっと考えていた。
吸血種としての能力なのか、精神的なものなのか、それとも別の何かなのか。
―――俺の××を××した×××の××なのか。
俺の仮定の条件を満たす人間が、目の前にいる。
「シエラ船長、こないだ俺に言った『騙されてやる』って言葉、今でも有効か?」
「……あぁ?なんで今そんな事…」
怪訝な顔をしていたシエラ船長だが、俺の目を見るとその右目を細める。
俺が本気なのを察してくれたようだ。
「あのゲソヤロウをブッ殺す算段がついたのか?」
「賭けに近いけどな。下手すりゃアンタはバケモノになって大暴れだ」
それを聞いて一瞬躊躇う様な仕草を見せた船長だが、意を決した様に歯を剥き出して笑い、手のひらを傷つけて髪留めを創り出すとその長い赤髪を後ろに纏めて腕を組んだ。
「良いぜぇ、騙されてやるよ、詐欺師ぃ」
「Good. そんじゃ、キーシャお前は…!?」
キーシャにサポートを頼もうとして振り返る際、視界に映った光景に驚く。
「グリャァァァァ!!!」
「く…くぅ!!」
アルカ嬢がオルケインの猛攻撃に晒されていた。
振り下ろされる死の一撃を、アルカ嬢は必死にソード・スレイヴで捌いていくが、それでも徐々に押されている。
「ヤッベ!話し込みすぎた!!」
「アルカ!!」
「お嬢!」
俺達はそれを見て一斉に走る。
「クソがっ!どけェェェ!!!」
坊っちゃんは黒尽くめ達に足止め食らって暫く動けそうにない。
だが船長が『そう』なら、逆転の目は十分にある、上手いこと持ち堪えてくれるのを祈るだけだ。
「おいベル・フェドぉ!オレぁ一体何をどうすりゃ良いんだぁ!?」
「詳しく説明してる暇は無い!アンタと坊っちゃんを助けた時を思い出せ!」
そう言いながらガンダッシュするが、徐々にキーシャ達に引き離される。
あぁくそ!モヤシな自分が恨めしい!
「死ぃねぇぇ!!!」
「あっ…!?」
ソード・スレイヴを全て弾かれ、嬢の眼前にノコギリが振り下ろされかける。
「ヤベ…キーシャ!」
「手間を掛けさせてくれる!」
俺の声を聞いたキーシャは急減速して振り返り、走る俺の胸倉を掴み上げる。
「行って……来ぉい!!」
「うぉ…!」
ぐん、と自身が浮き上がる感覚。
キーシャにぶん投げられ、俺は一陣の矢となって嬢の元へと飛んだ。
「うぎ…!」
「あ…ビットさん!?」
ゴリゴリと背骨を削る感覚。
吹っ飛ぶ俺を受け止めるアルカ嬢。
噴き出す血飛沫。
奔るキーシャ。
「あ…んっ…」
俺とオルケインの間を通り過ぎる一瞬。
その一瞬の間にキーシャは俺の背中から噴き出す血の球を一口取り込み、飲み下す。
「………長靴を履いた猫!!!」
それをトリガーに、自身の両腿を傷つけたキーシャの両足に長靴を履いた猫が創り出された。
「あぁん?なんだぁそいつはぁ~?」
「その身に直接教えてやろう!」
訝しむオルケインに対し、キーシャは四足を着いて尻を突き上げた態勢を取る。
踵から脹脛にかけての装甲が開いてスパイクが飛び出し、キーシャはオルケインへと肉薄した。
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