交渉
金貨の山を挟んで俺とシエラ・セリーナは向かい合う。
さぁ、このカネをこの女はどう捉えるか。
それ次第でこいつらとの付き合い方を考えにゃならん。
「………どういうつもりだぁ?」
「私からの誠意の様なものです。どう捉えて頂いても構いませんわ」
「…………『誠意』。『誠意』なぁ?」
シエラ船長は金貨の山から一枚を手に取り、キーンと真上へ弾く。
そのままキャッチして開くと、金貨は裏を向いていた。
「……こっちを値踏みすんのも大概にしろや、詐欺師」
「ウルシ、クレナイ、退きなさい」
シエラ船長がそれを口にした瞬間、俺は間髪をいれず二人に命じた。
どうやら想定してたパターンの最悪を引いちまったらしい。
「そいつらを捕まえろぃ野郎共ぉ!」
「うっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」
シエラ船長の言葉に船員達が一斉に俺達へと躍りかかる。
既にその手には血晶武器が握られており、次の瞬間には俺達に突き立てられるであろう。
………が、その刃は俺たちには届かない。
「………ッ。ウルシ、無事?」
「お前こそな、クレナイ……」
その攻撃の全てを、クレナイとウルシが防いでいた。
クレナイが持つのは2つの鉄扇、ウルシが持つのは鈍い銀色の縄。
武器と言うには珍妙なそれだが、二人はそれで紅い血晶の刃を完全に受け止めていた。
………まあ、あの鉄扇と縄が特別製で、二人の技量だからこそ出来る芸当なのだが。
「……へぇ、この数の差を凌ぐたぁ、常人種にしちゃぁなかなかやるじゃねぇか」
「褒めてくれるのなら、ついでに見逃しては貰えないだろうか」
「だめだね」
蜘蛛の巣の様に張った縄で、血晶武器を防ぎながらウルシが嘆願するも、シエラ船長はそれを一蹴。
まあ、海賊がそんなにお優しくはねぇわな。
「オマエらが何を企んで俺達に話を持ちかけたのかは知らねーが、時期と内容が悪かったな。多少痛い目見て、迷惑料でカネは置いてってもらうぜ?」
はっはっはっ、容赦ねぇ。問答無用で略奪する気満々と来たもんだ。
………しゃーねぇな。
「お待ちなさいな、船長さん」
「アァン?」
俺が一歩前に出ると、シエラ船長は訝しげに目を細める。
「私はどうなろうとも構いませんわ。それにそのお金も差し上げます。ですが二人は見逃してくださいませんこと?」
「なっ…!?」
「びっ…奥方様!それは!」
おいクレナイ、今名前呼びかけただろ。
内心ひやりとしつつも俺はシエラ船長を見据える。
「どういうつもりだ?えぇおい」
「報復の為に、同じ恨みを持つあなた方を試すような真似をしたのは私の一存です。二人はそれに付いて来ただけ。全ての責は私にあります」
「へぇ、なかなか殊勝じゃねーか」
俺の言葉にシエラ船長はにやりと笑う。
しかし、次の俺の言葉にその表情は凍りついた。
「故に、私の命で手討ちとしませんこと?」
「……………………は?」
同時に場の空気も凍り付く。
………よし、主導権は取った。
「実は沈められた船は家業の商運を掛けた交易品を積んでいまして、あなた方に渡したそのお金が全財産です。そのお金を元手に報復を果たしてくれるのならば、殺された船員たちも、乗っていた私の夫も浮かばれましょう。であるのならば、この命、潔くくれて差し上げますわ」
「な…ん…」
言葉のガトリング砲で一気に畳み掛ける。
ドカドカ打ち込まれる衝撃にシエラ船長は二の句も告げずに口をぱくぱくさせている。
「ちょ…おい、待て!」
無理矢理絞り出したシエラ船長の言葉だが、もう遅い。
勝ち逃げさせてもらう、シエラ・セリーナ。
「クレナイ」
「………はっ」
ざくり。
打ち合わせ通り、クレナイは鋭利に研ぎ澄まされた鉄扇の刃で俺の素っ首を刈り取る。
ごとんと落ちた俺の視界の隅っこで、苦しげな表情を見せるクレナイに少し申し訳ない気持ちになった。
「―――ッ!テメェ!」
あ、ブチ切れてる。
血が吹き出し倒れる死体(笑)を見たシエラ船長は状況を認識し、怒り心頭な表情で俺の顔を睨みつけた。
「か、カシラぁ…」
手下共は狼狽えながらシエラ船長の指示を待つ。
「…………………そいつらに、手、出すんじゃねぇぞ。帰してやれ」
「ですが…ぶっ!?」
「うるせぇ黙れ!そいつらに指一本でも触れたら俺がオマエらをコロス!」
意見しようとした手下の1人を蹴飛ばしながらシエラ船長は喚き散らす。
思った通り、この女は義理堅い。
エドワードの野郎からシエラ船長の人となりを聞いておいて良かった。
この女は悪振っちゃいるがその実、根っこの部分は善人だ。でなきゃしがない冒険者連中にロハで酒を奢る事なんざしやしねぇ。
本当の悪人ってのはテメェの利にならねぇ奴にゃ施しを与えることは絶対にない。
俺の命とカネを担保にクレナイ達の身柄を保障する、等という押し付けられた一方的な取引を、この女は自らの意志に関係無く呑まざるをえない。否、感情が反故することを否定する。
この女はそういう女だ。
「………テメェら、その女に感謝しろ。俺の気が変わらねぇ内にさっさと消えやがれ」
「………………」
正しく苦虫を噛み潰した様な顔でシエラ船長はそう吐き捨てる。
「………この借りは何れ」
「要らねぇ、兎に角失せろ!」
俺の身体と頭を抱える二人が頭を下げると、シエラ船長は酷く苛立った様子でラム酒を投げつけた。
だから勿体ねぇだろ。
「………ビット様、もう宜しいかと」
「あー。悪いな、クレナイ」
酒場から遠ざかり、クレナイが話しかけてきたので返事をする。
こんだけ離れてりゃあいつらに気取られる事はねぇかな。
「ウルシ、身体」
「はい」
抱えていた俺の身体と頭をくっつける。イタタ、あっつ。
僅かな熱を宿しながら煙を上げて切断部分はくっつき、血みどろながら俺の身体は元通り修復された。
「さーて、こりゃ一番めんどくさいパターンだなっと」
「それを調べるためにわざわざ首を刈らせるのはやめて下さい。心臓に悪いです」
「ワリワリ」
呆れとほんの少しの怒りを滲ませて恨み言を呟くクレナイに詫びを入れ、俺は隠れ家への帰路を急ぐ。
布石は上々。カネは蒔いた。
あとはどう揺さぶってやろうかね。
ご意見ご感想お待ちしております。




