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シエラ・セリーナ

お久しぶりです。

 閑散とした街を三人の男女が歩いている。

 二人はその者を守るように左右に、中央に居る人物は堂々と、粛々と歩く。


「…………」


 黒髪の男と赤髪の女の二人を侍らせる灰色の髪を結い上げたは、被っていたつばの広い帽子をかぶり直し、全身を覆う黒いドレスの裾を摘んでヒールを履いた自らの爪先を見下ろし、溜息をついた。


「…………ヒールの爪先めっちゃいてぇ」


「件の海賊が拠点にしている酒場までです。今暫くのご辛抱を」


 つーか俺だった。

 正体を悟られない様にするためとはいえ、女物の服や靴は色々と疲れる。

 お洒落の為に毎日こんな格好するのなんて、俺が女だったらゴメンだな。


「ビット様、差し出がましい様ですが人目がありますので口調を…」


「あ、うん、わり…こほん。ごめんなさいね、ウルシ」


 大きな革袋を背負うウルシに注意されて咳払いで誤魔化しつつ、中性的な女声を作る。

 これで何処ぞのお嬢様……って程若くは見えねぇか。貴族の若奥方程度には見えるかね。

 クレナイから黒い扇を受け取り、青いルージュの引かれた口元を隠せば見た目にも迫力が出るだろう。

 全身真っ黒なこの姿を黒鯱の連中に刷り込んでおけば、普段の俺とのギャップが出て気付くことは無いはず。

 適当にフカシぶっこいて、黒鯱の性質を読み切れれば良いんだがな……。


「……此方です」


「そう、案内ご苦労様」


 暫く街中を歩いて草臥れた雰囲気の建物の前に到着すると、淑女然とした態度を崩さずクレナイにねぎらいの言葉を掛けてやる。

 うん、客観的に見て野郎が女のふりするなんて気持ち悪い。ヘンリーじゃねぇんだから。

 でも性別偽んのが一番手っ取り早いんだから仕方ねーべな。

 俺はカツカツとヒールを鳴らしながら酒場のスイングドアの前に立ち、派手にそれを押し開けた。

 建付けの悪いドアはギシギシと硬い音を響かせながら闖入者の存在を知らせる。

 その音に内部の視線が一斉に入り口に立つ俺へ集中した。

 目に映る人間は日に焼けた屈強な身体を水兵服で包んだ者達ばかり。

 成る程、随分と典型的ステレオタイプな海賊らしい。


「……ヒュゥ」


 どこかから口笛が鳴る。

 俺の服装、外見へ奇異とともに粘っこい視線が突き刺さる。

 ………こえーなー。


「っへぇ、こんな田舎町にわざわざやってくるお貴族様が居るたぁな」


「おいおいおいおい、こんな所に来ちゃあ危ないぜ、マダムよぅ」


「それとも、火遊び目的でここに来たのかい?」


「ギャッハッハッハッハ!!!」


「…………」


 下卑た野次が飛んできて面倒になってきた。


「………クスクス…三下に用は無くってよ?」


 俺が帽子のつばを摘んで目元を隠し、扇を口元に当ててクスリと笑うと、野次馬共の眼の色が変わった。

 うひゃぁ、怖い怖い。


「貴方達と話した所で時間の無駄ですわ。『夕暮れの黒鯱』の船長を出しなさいな」


 パンッと扇を開いて顔を扇ぎながら威風堂々と要件を主張する。

 こういうのはナメられちゃ終いだ、虚勢でも博打でも張って張って張りまくったもん勝ちだわ。


「……おい、あんたがどんなお偉方か知らねぇがな、ここでそれが通用すると思うなよ、あぁ?」


 男の一人が肩をいからせながら俺に歩み寄る。

 俺も負けじと冷ややかに睨み返し、扇を閉じてそいつの鼻面に突きつけた。


「三下に用は無い、と言いましたわよ?」


「テメェ!」


 男が掴みかかってきたが、その手は空を切る。


「ギャッ!?」


「奥方様に触れるな下郎」


 苦しげな悲鳴と共に男が俺の足元に倒れた。

 その体はいつの間にか縄で雁字搦めに縛られており、それをやった張本人であるウルシが男の後ろでパンパンと手を払っている。

 へー。縄術の腕は落ちちゃいねぇみてぇだな……ってオイ、奥方様ってなんだ奥方様って。


「んだコラァ!」「俺らファミリーをナメてんじゃねぇぞ、アァン!?」


 おぉう、一人やられて周りが息巻いてる。

 そして思った以上にこいつらの結束力は高いらしい。

 ファミリーて。マフィアじゃなくて海賊だろお前ら。


「その辺にしときな」


 一触即発、このまま大乱闘が始まるかと思いきや、海賊連中に制止をかける声が連中の背後からかかる。

 視線を向けると、酒場の一番奥の席に1人の女が座っていた。

 赤、赤、赤。

 潮風に負けない縫製のしっかりした真っ赤なコート、腰まで伸びた真っ赤な髪、左目は縦に走る傷で塞がれているが、開いた右の赤い瞳は全てを射抜く様に鋭い。

 どこもかしこも赤尽くしなその女は、苛立ちを隠そうともせずに手下共に視線を流した。


「そいつは俺に用があるって言ってんだ。オマエらが応対する道理がどこにある」


「カシラぁ!けどこのアマ俺らのメンツをぶぅっ!?」


 反論しようとした1人の顔面にラム酒の入った酒瓶がクリーンヒット。

 あーあ、中身入ってんのに勿体ね。


「メンツじゃねぇ、礼儀の話だ。わざわざ俺をご指名で出向いた客を、なんの話しもしねぇで門前払いじゃ夕暮れの黒鯱のカシラの名が廃るってんだよバカ共」


 静かに、しかし決して弱くない声で女は手下共に喝を入れる。

 そしてその赤い瞳を俺に真っ直ぐ向けた。


「掛けな、話くらいは聞いてやらァ」


「ありがとうございます」


 刺々しい視線が突き刺さるアウェーな中、俺は酒場の奥にいる女の向かいに座る。


「こいつらのカシラぁやってるシエラ・セリーナだ。夕暮れの黒鯱の船長たぁ俺のこったな」


「そうですか。わたくしはベル・フェドと申します。故あって身分のほどは明かせませんが、あなた方と少し話をしたくて参上いたしました」


 適当に考えた偽名を自己紹介しつつ、今回の要件を口にすると、シエラ・セリーナ船長は訝しげに俺を見る。


「話ぃ?」


「分かりやすく言いますと………敵の敵を味方にしにきました」


 俺がそう言うと、シエラ船長の右目が鋭く細まった。


「敵の敵…ねぇ。オマエ、奴らに何か恨みでもあんのかい?」


「ええ、食料品を積んだ商船を沈められました。船員も血を搾り取られて皆殺しでしたわね」


 無論嘘だ。俺ぁ商船なんざ持っちゃいねぇ。

 だが、ウルシ達の調べで俺の嘘と合致する船が沈められているのは本当。


「成る程、せっかくの商売をご破算にされてオマエも頭にキてると」


「そういうことですわ。なのでこちらとしてもやられっ放しは性に合いませんので、かの海賊を追っていた所、夕暮れの黒鯱と呼ばれるあなた方の事を知りました」


「それで?」


「単刀直入に言います。同じ者を敵としている者同士、手を組みませんこと?」


 「無論ロハで等と言いませんわ」と俺はウルシに目配せする。

 ウルシは頷いて俺の横に立ち背負っていた革袋の中身をぶち撒けた。

 じゃらじゃらと中の金貨がテーブルの上に散らばる。


「………」


「契約金です。前金一括で金貨1000枚。船の修理にお釣りが来ますでしょう?」


 ギンに貰った小遣いの半分程度だが、船が壊れてるこいつらに取っちゃとんでもない大金だ。

 さぁ、どう出る、シエラ・セリーナ。

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