赤と黒
黒衣を着た吸血種達が一斉に俺達に飛びかかってくる。
「来るぞ!」
俺が切迫した声で叫んだ瞬間、隣りにいたキーシャは間髪をいれずに飛び出した。
捕らえた黒服を数人の黒服に投げ付け、そいつらを纏めて蹴り飛ばす。
スパイクの一撃で黒服数人が木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。
「…!」
「今のは警告だ。私の蹴りを受けたくなければ、他の者に気を取られ過ぎるなよ、名無しども」
先制攻撃で出鼻を挫かれた黒服共は、足を止めてキーシャを睨みつけると、キーシャはそう言葉で返す。
…………。
ハッタリだなありゃ。
如何に長靴を履いた猫を使ったキーシャとて、一人でこの人数を制圧するのは難しいだろう。
しかもよく見れば分からない程だが、長靴を履いた猫の爪先が欠けてひび割れている。
俺の身体から直接魔力を取り込むのではなく、料理に混ぜる等して希釈させてしまうと、長靴を履いた猫の強度に難が出るらしい。
あれじゃあ保ってあと数発蹴りを打てるかどうか、速度による撹乱もスピードを調整しなければ直ぐに壊れるのが関の山ってとこか。
だが、先程一人をあっさりと捕らえ、たった今数人を再起不能にしたキーシャの速度に奴らは警戒心を拭えなくなった筈だ。
黒服がこの場で嬢たちを相手取る際、常にキーシャへ気を回さなければならなくなる。
出来るか出来ないかは重要ではなく、『やるかもしれない』という疑念さえ抱かせれば上々。
油断を誘うことは出来なくなったが、一人を袋叩きにされる状況は無くなった。
ホント、いい副官向きだなあいつ。
「……化け猫の動きに注意しつつ、吸血姫を最優先に殺せ」
リーダーと思しき黒服がそう指示を飛ばすと、他の黒服はじりじりと少しずつ俺達を包囲する。
こっちは俺を抜いて6人、奴さん達は11人。
若干不利なのは否めないが、それでも戦力を削げた上に一斉にかかられないだけ上等だろう。
「ゲルド!」
「ん?…こいつは…」
徐々に小さくなる包囲網に気を配りながら、俺は懐に忍ばせていた一本の矢を取り出し、ゲルドへ投げる。
その矢は鏃が付いておらず、代わりに赤い管を取り付けて火の点いた導火線と繋がっていた。
「『上』だ」
「了解!」
俺の意図をいち早く理解したゲルドはその矢を弓に番え、真上に撃ち放つ。
鏃に仕込んでいた管が空気を受けて甲高い音を鳴らし、真っ赤な煙の線を引きながら上空へ上がって行く。
よし、これでOKだ。
「!殺れ!」
あ、少しあからさま過ぎたか、俺の狙いがバレたっぽい。
焦りを僅かに見せた声でリーダーが指示を出し、黒服は血晶武器を構えた。
「……!」
「おっとぉ!ぜ、全員、専守防衛!ツーマンセルで生き残る事を最優先!」
向かってきた一人の攻撃を転がってやり過ごし、竜車の真下に避難しつつそう叫ぶ。
「アルカ!」
「ええ!」
キーシャが親指を噛み切って血晶の籠手を創りながら嬢へ声を掛けると、嬢も頷いてソード・スレイヴを構えた。
キーシャは剣じゃ無いのかと俺は思ったが、直ぐにその考えを改める事になる。
黒服から突き込まれる血晶の槍をキーシャは籠手を使って受け流し、握りこんだゲンコツで黒服の顔面にカウンターを叩き込む。
上手いな、確かに防御に徹するなら腕でガードした方が無駄がないし、カウンターも取りやすい。
アルカ嬢も先生の教えをちゃんと聞き入れたらしく、ソード・スレイヴで牽制することで相手の選択肢を狭めて堅実に防御している。
嬢とキーシャは互いの背中を守りつつ、黒服達に向けられた剣や棍棒を防ぐ。
美人二人が背中合わせ、良い画だねぇ。
『ぎぃぃぃっ!!』
む、ライドディノの鳴き声?
竜車を揺らしながら暴れる竜の様子を見るため、俺は御者台の下から前方を覗き込む。
「常人種のオッサン、やられんじゃねぇぞ!」
「へっ、言うねぇ坊主。だったら、奴さんをこっちに寄せ付けないでくれよ!」
ライドディノの背中の上に立ち、向かってくる黒服を追い払うトゥゼン坊っちゃんと、御者台の上に陣取って矢を射るゲルドの姿が。
ライドディノもトゥゼンの、軽業師と思うほどの動きに合わせて、尻尾や前足を振るって応戦している。
流石ヘンリーだ。ちゃんと乗り手を護るようによく躾けられている。
それにしてもあの二人、急ごしらえながらなかなかどうして悪くない連携を取れているな。
考えてみれば、ド遠距離タイプのゲルドと、近中距離タイプの坊っちゃんの戦闘スタイルが噛みあうのは当然っちゃ当然か。
あの分だと問題なく黒服達をあしらえるな。
「……さて、残るは…」
俺は再び頭を引っ込め、別の方を覗き見る。
「サーミャさん!」
「心得ております」
竜車の後方では、ジャコとサーミャ某が黒服の攻撃を迎え撃っていた。
ジャコは小ぶりなブーメラン、サーミャは先日と変わらずナイフを創りだし、それを投げつけることでハナから黒服を近づけない戦術を取っていた。
近づいてくる者には容赦無く血晶の刃の雨あられ、奴さんはたまらず後退。
二人は基本的に血晶武器は小ぶりな物を創り出す事が多いらしいので、元々正面からの真っ向勝負はあまり得意では無いのだろう。
少しリスキーなチームかも知れねぇ、間に合うか…?
そこまで考えていた時だった。
『………ィィィ……』
「…!」
俺の耳朶に、武器を打ち合わせる音や激しい足音に混じって甲高い音が触れる。
俺はすぐに上空を見上げた。
『…キィィィィ…!キィィィィ…!』
「来たっ…!」
竜車の上空を旋回する一羽の黒い鳥の姿に、俺は頬を吊り上げる。
翼幅3メートルは下らないあの鷲は、『シャドーイーグル』と呼ばれる魔物で知能が高く、様々な役割で人間と共存している便利な鳥だ。
飼い慣らしている魔物使いも多いので、足首にはタグを着けるルールがあるのだが、あのタグの色は鈍く輝く銀色。
そしてそのタグの色を表しているのは俺もよく知っている奴。
「全員、竜車の側で伏せろォォォォォォ!!!!!」
「!?」
俺が叫んで嬢たちが反射的にそれに従った直後、再び森から何かが飛び出してきた。
『グルォォォォォォ!!!』
「なんっ…ぐァァァ!!!」
「ひっ、ぎゃぁぁぁァァ!!」
飛び出した何かはその口を開いて一瞬で黒服の首を食い千切り、その爪で数人の黒服を切り裂いた。
赤地に黒い縞模様の毛並みを持ったそれは、背に翼を生やした巨大な虎。
「こ、これは…ギヒィィィぃ!?」
『ガルルルルッ!!グルァァァァ!!』
「……………」
次々と黒服達を喰い荒らす赤虎。
その凄惨な光景に嬢たちは言葉を忘れて絶句していた。
「……って…やべぇやべぇ!おい、シャッコウ、全部喰い尽くすな!」
『ガッ…グルル…!』
「あ、あぐ…ぎ…」
俺が咄嗟に制止をかけると、赤虎は抑えつけていた最後の一人を、顔を叩き潰す寸前で前足を止める。
黒服は引きつった悲鳴を上げながらまたから生暖かいものを漏らしていた。きったねぇな。
「おう、ありがとさん、シャッコウ」
『グルル…』
俺が竜車の下から這い出して赤虎、シャッコウの首を撫でてやると、シャッコウは嬉しそうに鼻先を俺の腹に押し付けた。
「び、ビットさん…その魔物…」
「ああ、ギンの私兵が飼ってる窮奇って魔物。名前はシャッコウだ」
「やっぱり…でも窮奇って、飼い慣らす事が出来ない凶暴な魔物って聞いてたけど」
おっかなびっくりシャッコウに近づく嬢の言葉に俺は頷く。
実際、窮奇は自分より弱い存在である人間に慣れることはない。シャッコウは生まれてから、こいつの飼い主と共に育ったので、人間との共生意識を持った特殊な個体なのだ。
「というわけ。敵対心さえ持たなきゃ何もしねぇよ」
「そ、そう?…えっと、アルカよ」
『グル』
自己紹介したアルカ嬢へ、シャッコウが頭を差し出す。
その動作に嬢が俺を見るが、俺は肩をすくめて好きにしろと示した。
おずおずと嬢が頭を撫でてやると、シャッコウは気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「……か、かわいい、かも?」
「そりゃ何よ、りァ!?」
俺が苦笑すると、頭上から黒い影が差し、俺の頭に重さが掛かる。
『キィッ!』
「いだだだ…爪食い込んでる爪食い込んでる!悪かった、忘れてたわけじゃねーんだよ、ヨギリ!」
自分を忘れるなと言いたげにシャドーイーグルのヨギリが俺の頭を締め付け、コツコツと額を突っつく。
相変わらず自己主張の激しい奴だ。
「クレナイとウルシはどうした?」
「こちらに」
ひとしきり突かれた後、俺がシャッコウ達にそう問いかけると、側の茂みから一組の男女が現れた。
男の方は黒い髪を短く切り揃え、俺達を襲った連中とは趣の違う黒い和装束に身を包み、女の方は長い赤髪を後ろで纏め、口に覆面を着けてギンの様な派手さは無い赤い和服を着込んでいた。
「お久しゅうございます、ビット様」
「お迎えに上がりました」
「ん、ご苦労さん。援軍助かったぜ」
恭しく頭を下げる二人に俺は労いの言葉をかけてやる。
「ビットさん、彼らは?」
「クレナイとウルシ。マイロで情報収集を頼んでたギンの腹心でシャッコウとヨギリの飼い主」
「クレナイと申します。お話はギン様から聞き及んで御座います」
「ウルシです。まずはこの場を離れましょう、長居は無用です」
赤髪のクレナイがシャッコウを側に寄せて頭を下げ、黒髪のウルシがヨギリを肩に止めて黒髪を縛り上げる。
もしかしたら騒ぎを聞きつけて敵を寄せ付けるかも知れねぇし、二人の言う通り、早めに移動した方がいいな。
俺達は直ぐに準備を整え、マイロまでの残り僅かな道のりを急いだ。




