黒衣の集団
何度か休憩を挟み、昼過ぎ頃には山の麓を降りることが出来た。
適当に舗装された道の向こうには、マイロへと通じる門があるはずだ。
「……旦那、申し訳ありやせんが、俺達はここで…」
「ああ。わざわざ街から逃げたのに出戻りしたかねぇわな」
ライドウルフの背に乗る山賊達は名残惜しげに俺達と別れる旨を告げる。
俺達としても、こいつらを連れてってマイロのゴタゴタに巻き込むのは本意では無い。
巻き込んで死なれたなんて結果は後味悪いしな。
「んじゃ、まずこれ」
「え?」
俺は側に置いていた小袋を一つ、エドワードに投げ渡す。
じゃらんと音が鳴ったそれを、エドワードは目を見開いた。
「そいつは案内の正当な報酬。それだけあれば暫くは食いっぱぐれないだろ」
「え、いや、あの…え?」
状況を飲み込めていないエドワードは困惑したように俺を見る。
俺はそれを気にも留めずに再びもう一つ小袋を投げ渡した。
「んで、そいつは支度金。こっから山を越えて東にあるガルサの街で一からやり直すといい。娼館街の元締めのババァに『ビットの紹介』って言えば多少なり力になってくれるはずだ。……そっちの金はちゃんと返せよ?」
言いたいことを言い切った俺は竜車の上に居るキーシャへ目を向ける。
「キーシャ、お前らの創った血晶武器はあとどのくらい保つ?」
「…3、4日だな。ガルサまでは十分だ。……そのつもりで創らせたのだろう?」
「お察しの通りで」
エドワード達にくれてやった血晶武器の色の深さからして相当強固に創ったんだろうと思っていたが、やっぱり俺の目論見に気付いていたか。
両手でサムズアップする俺に「呆れた男だ」と溜息を吐きながら、キーシャは肩をすくめた。
「旦那、なんで」
「ただの気まぐれ。あと金づる兼、いざって時の鉄砲玉になりそうだから」
「テッポー玉?」と首を傾げるエドワード。
まあ、旧時代の言葉だし通じんわな。
「困った時の駒になってくれやってこと。その為にも身なりとか得物とか整えてもらわにゃ、俺が困る」
「ああ、成る程。……わかりやした。俺達の力が必要な時は、何時でも呼んで下さい!」
エドワードは力強く自らの胸を叩く。
どこか滑稽に見えるそれに俺は思わず苦笑した。
エドワード達が去ってから暫く、俺達はマイロを目指して残り僅かな道のりを進む。
…………。
「ビット・フェン」
「来たか」
林道を進む最中、キャスケットを外したキーシャが、上からこちらを見下ろして声を掛ける。
大方予想通りだな。
「嬢、戦闘準備だ」
「え?」
立て続けに変わっていく状況に隣に座っていた嬢はついて行けてない様子。
まあ、予測や直感ってのは経験を培っていった結果だからな、危機察知能力に関して言えば何遍も死に目に遭ってきた俺が突出しているのは仕方ない。
キーシャがそれについて行けているのは、俺の人生を追体験した副作用の様なものだ。これは勘だけど、あながち間違ってないと思う。
「『どっち』かは分かんねぇけど、多分奇襲を仕掛けてくる。戦場の真っ只中のマイロにわざわざ向かってる吸血種が複数人、普通は敵方の増援だと思うだろうからな」
違っていたとしても、敵方に味方される可能性を考えれば近づかれる前に始末しておくに越したことはない。
どちらにせよ、この場での戦いは避けられないだろうな。
「…確かに、そうね。分かったわ」
俺の言葉に嬢は頷き、手を傷つけてソード・スレイヴを創り出す。
さて、エドワード達はあっさり撃退できたが、今度も上手くいくかね。
竜車を止めて直ぐにキーシャは屋根から飛び降り、履いていた靴を脱ぎはじめる。
うん、相変わらずいい脚だ。
「キーシャ」
「承知している」
俺が声を掛けると、靴を脱いだキーシャは立ち上がって自らの両腿を傷つける。
流れる血がつま先まで到達すると、それは膝まで覆うロングブーツ、長靴を履いた猫に変化した。
「どうだ、違和感とか無いか?」
「特に問題はない。あまり長くは使えそうにないがな」
軽く爪先でコツコツと地面を叩きながら、キーシャは長靴を履いた猫の具合を確かめている。
長靴を履いた猫の発動条件は俺の血を飲ませること。
朝飯のスープを作った時、他の皆にバレないようキーシャの椀に俺の血を混ぜて飲ませたのだが、ちゃんと発動させられた様だ。
確証が出来るまでは、この事実を明かすわけにゃ行かねぇからな。
「……なんだよ、その靴」
「私の十八番だ」
「………あの時は、本気じゃなかったってのか」
先日の模擬戦で長靴を履いた猫を使わず、手加減をされていた事実にトゥゼン坊っちゃんは不満そう。
正確には使うことが出来ない、なんだけどそんなもん知らねぇだろうから同じか。
「トゥゼン・ウィノーヴ」
「あんだよ」
「盾を出せるか?」
「出来れば大型のタワーシールドがいい」とキーシャが言うと、トゥゼンは明らかに嫌そうな顔をした。
「……なんで俺が」
「25連敗」
「ぐ」
キーシャの放った一言に、トゥゼンの表情が激しく歪む。
どうやらあれからチェス勝負で連敗を喫していたらしい。諦めろよ。
「断るなら、私の勝ち逃げという事でいいな?」
「…くそっ、足元見やがって」
どうやら負けっぱなしという事が坊っちゃんのプライドをいたく刺激したらしく、渋々ながら頬に傷を入れて血晶を操り、キーシャの注文通り大型のタワーシールドを創りだした。
キーシャは盾を創ったトゥゼンの側に近づいて軽く拳で叩き、盾の強度を確認する。
「……ん、これなら十分だ。ビット・フェン、何時でもいいぞ」
「よーしよしよし、そんじゃ、一丁釣り上げてみますか」
準備は整った。
俺はキーシャの隣に、トゥゼンはキーシャの後ろに立った。
「Get set. Ready…」
俺が右手を上げると、キーシャはぐっと前のめりになって身体を伏せる。
前々から気になってたのだが、そうやって四つ足着くと形のいい尻を上げる形になってるのに、気付いてんのかね。
「………GO!」
「ふっ!」
俺の合図と同時に長靴を履いた猫のスパイクが地面に打ち立てられ、爆発的な速度でキーシャは林道に飛び込んでいく。
「トゥゼン・ウィノーヴ!」
「なんっ…うおおおおお!?」
二秒後、爆発的なスピードで戻ってきたキーシャをトゥゼンが盾で受け止めた。
「…っと」
「うがっ」
盾を蹴りつけたキーシャは宙返りで衝撃を殺しつつ見事に着地し、反動をモロに受けた坊っちゃんは尻餅をつく。
「いってぇな!そういう事なら先に言え!」
キレながらトゥゼンは血晶盾を塵に還し、平然と立ち上がった。
オイオイ、受け止めた時ものすげー音したのにピンピンしてんぞ、タフだなぁ。
「済まんな、私の意図をコレに悟らせない為だ」
「う…」
そう言ってキーシャは右手に掴んでいたそれを持ち上げる。
キーシャが飛び出して捕まえたのは、全身黒尽くめの服装をした人間だった。
黒い服は殆ど肌が見えず、頭にも黒い布を覆って顔を分からなくする徹底ぶり。こりゃ海賊ってより暗殺者の類だな。
「さて、お前ら何者だ?大方マイロでドンパチやってる海賊のどっちかだろ?」
「う…ぐ!?」
覆面の隙間から覗いている目を見ながらそいつに問いかけると、覆面はじっと俺を睨む。
一瞬右手が動いたが、直ぐ様キーシャが踏みつけた。
「妙な真似はするな、質問に答えろ」
「……」
痛みに目を細めながら、覆面はキーシャと俺を見比べ、頭を振る。
話す気はありませんって面だな。
「だったらお前以外に訊くまでだ。………残ってる連中全員出てこい!俺達ぁ、『夕暮れの黒鯱』と話がしたくてここまで来た!」
「…!」
俺が大声を出すと、覆面は目を見開いて俺を見上げる。
そして俺達に向けられる殺気が強まった。
………成る程、『そっち』か。
「………全員、構えろ」
キーシャの言葉を受けた全員の顔が緊張に彩られる。
ガサガサと茂みが音を立て、ゆらりと黒衣を身にまとった連中が現れた。
数は十数人。既にその手には、紅い血晶で創られた様々な武器が握られている。
「……吸血姫、斉天大聖、化け提灯、赤翼鳥、そして化け猫。見慣れぬ常人種が混ざっているが、穏健派の協力者か」
「っは、やっぱりてめぇ等、排斥派だったか」
一人が呟いた言葉に、俺も挑発的に言葉を返す。
やはり『夕暮れの黒鯱』と敵対する海賊とは、排斥派の刺客で間違いなかったらしい。
「…『姫』の敵は我らの敵。『姫』の障害は我らの障害」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ」
抑揚なく「殺せ」と連呼する連中は、徐々に俺達に近づいて来る。
「皆殺しだ」
そして黒衣の集団は一斉に飛びかかってきた。
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