飴と鞭。
端的に言おう、山賊どもは俺らに全面降伏した。
ゲルドが昔築いた悪ガキとしてのネームバリューは勿論のこと、吸血種5人を相手に手も足も出なかった事実が連中を震え上がらせたようだ。
……で、戦いが終わってこいつらの敵意を殺ぐことが出来はしたものの、問題が一つ。
武器を失ったこいつらを逃がしたとして、放っとくと魔物に食い殺されるかもしれないということ。
流石に死ぬと分かって放逐するのも忍びない。
なので。
「おい、周囲に異常は?」
「へ、へい!今のところ、ウルフは何も嗅ぎつけちゃいやせんぜ!」
ゲルドの問いに山賊の頭目は恐々としながら即答している。
山賊どもは、一時的に俺達の護衛、兼マイロまでの道案内として雇うことにした。
流石に自分達が襲った人間が、自分達を雇うなどと思っても見なかった山賊どもは訝しげだったが、ゲルドのひと睨みで無理矢理首を縦に振らせた。
いやぁ、『ガルサの紅い血風』さまさまだな。
「旦那、今絶対俺の事バカにしたろ」
「してないしてない」
ケタケタ笑いながら心にもない事を口走ると、ゲルドはやれやれと溜息を吐いた。
「しかし、運が良かった。拾ったガイドがマイロを塒にしていたとは」
「へ、へい。しかし、旦那達は一体どんな用向きでマイロに?」
俺が何気なく言った言葉に頭目は怖ず怖ずと問いかけてくる。
なんでお前らも旦那呼び?別にいいけども。
「ああ、吸血種の海賊が小競り合いしてるって聞いてな。ちょいと連中と接触しようかと」
「……正気ですかぃ?」
頭目は目を見開いて俺達をぐるりと見回した。
こいつらは元々マイロで冒険者をやっていたのだが、一月ほど前から海賊が抗争を繰り返して冒険者を続けることが困難になり、山賊に身をやつしていたらしい。
マズいな、このままマイロの状況を放置し続けると、ガルサにも被害が及びかねない。
実際マイロから逃げたこいつらがこのザマだ、逃げた街で暴徒まがいの連中が出る可能性が高い。
マイロから一番近い街はガルサだ、幾らギンやヘンリーが対策を練っても、いつかは飽和する。
早めに手を打たねぇとな。
その為には、早くマイロに着くのが先決だ。
「お前ら、逃げようとか、寝首を掻こうとか思うなよ?」
「へい。…と言われても、こんなモン付けられちゃあ、しようと思っても出来やせんぜ」
俺の忠告に頭目は首に括られた紅い首輪を撫ぜる。
「一時的に武器もくれてやったのだ。余計な事を考えないことだ」
屋根の上であぐらをかいたキーシャが目を細めて頭目に手をかざした。
それだけで首輪が僅かに締まる。
「おぐ…わ、わかってやす!勘弁してくだせぇ!」
首を絞められて頭目が悲鳴を上げる。
反意が無いと確認して満足したか、キーシャが手を下ろすと首輪の締め付けも緩んだ様だ。
あの首輪は、キーシャの血晶魔法で創られたもので、キーシャの意思で自由に締めたり緩めたり出来る。その気になれば首チョンパすら容易だ。
山賊どもが裏切る可能性もゼロではないので予防策で付けさせたんだが、思った以上に効果を上げたな。
事実、首輪を付けられた山賊どもの目はキーシャに対して畏怖の念が宿っている。
同時に、尊敬の眼差しもだ。
「第一、こんなモンまで用意してもらっちゃぁ、俺らにはもうあんた達に逆らう気は起きやせんよ」
そう言って頭目が腰に下げていた紅い血晶の段平を叩く。
あれはジャコとキーシャが創ったもので、いつまでも武器なしじゃあ足手まといだと持たせたものだ。
勿論血晶魔法だから形を維持し続けることは出来ないが、マイロまでは保つだろう。
10人分も血晶武器を創ったせいで身体の小さなジャコが貧血で寝込んでいるから、あの娘には多目に食事を用意しておくことにする。
「さて。そんじゃ先を急ぐか」
「へい!行くぜ野郎ども!旦那達をマイロまで確実に送り届けてやらァ!」
「ヒャッハァァ!!!!」
頭目の言葉に手下共が声を上げる。
………現金な連中。
山の頂上付近まで登った俺達は、日も落ちかけてきたので野営することにした。
マイロは山脈と湾岸に挟まれた場所に築かれた街だから移動に時間が掛かる。
山を越える直前で夜通し走っても大した距離は稼げまい。
「さて、と。昨日一昨日はサーミャ某が頑張ってくれたし、今日は俺が腕をふるいますかね」
「おお、漸くビット殿の腕前を目にすることが出来るのですな!」
俺が準備を始めると、好敵手であるサーミャ某が手を合わせて歓喜する。
どうやら先日のタルトレットだけでは俺の真価は量れないと思ったようだ。
買いかぶり過ぎじゃねーの?
「ついでだ、お前らも食っとけ。17人分ならギリギリ俺の体力が保つから」
「へ、へい。ではお言葉に甘えて…へへ」
後ろ髪を引っ詰めて袖捲りし、エプロンを着けながら準備を進めていると、背後からねばついた邪な視線が貼り付いてくる。
…………。
「言っとくが、俺ぁ男だぞ。男装趣味の女とかじゃなくて」
「……え!?」
やっぱりまだ勘違いしてやがったか。
盛大に溜息を吐きながら、俺は作業を続けた。
「………う、うんめぇぇぇ!!!」
「喧しい」
「で、でも、本当に美味しいんだから、仕方ないんじゃない?」
皿に盛られたミルク粥を掻っ込んで吠える山賊どもにうんざりすると、アルカ嬢が連中を弁護する。
かく言う彼女も俺の作った粥を美味そうに口に運んでいた。
「………むう。タルトレットの時点で相当な腕前だと思っておりましたが…これほどとは…」
「美味っ!なんだこれ、美味っ!」
「お行儀が悪いですよ、お猿様」
向こうではトゥゼン達がそれぞれのペースで食べ進めている。
ふふふのふ。俺の実力は如何かなサーミャ某。
「…………美味い」
「そら良かったが、こんな時にも見張りって、お前律儀すぎるだろ」
「食事は一番油断を誘いやすい。このくらいは普通だ」
竜車の屋根で粥をちびちび食べつつ見張りをしながら、キーシャがそう言った。
さいですか。
「旦那!」
「ああん?なんだ、おかわりか?」
空の器を持って俺の方に来た山賊の頭目。
その目には大量の涙が………って泣いてる!?
「お、おい、どうした?粥が塩っぱすぎたか?」
「ち、ちげぇんだ…ただ…」
器を俺の前に起き、突然頭目が土下座した。
「お、俺らみたいなゴロツキに施しをしてくれたことが、ただただありがてぇんだ!」
「…………」
俺が目線を頭目の後ろに移すと、手下共も泣きそうな顔で「うまいうまい」と粥を貪っている。
どうやら、こいつらは相当に追い詰められていたらしい。
そりゃそうだ、いきなり海賊の抗争に巻き込まれて食いっぱぐれ、ひもじい思いをしてきたのだろうから。
「感謝してるってんなら、マイロまでの道案内、ちゃんとしてくれよ」
「へい、勿論でさぁ!」
目元を真っ赤に泣きはらした顔で頭目はくしゃくしゃと笑う。
やれやれ、妙な連中に懐かれちまった様だ。
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