山中にて。
空は快晴、雲ひとつ見当たらない絶好の旅行日和。
御者台でライドディノを操縦している俺と、その隣で弓の手入れをしているゲルド。
出発時は一日中寝っぱなしだったので、マイロまでの道中は俺が御者をすることにした。
ライドディノの操縦は少しコツが要るけど、今のところ問題なく出来ている。
「コツが要るって簡単に言うが、ライドディノの操縦は素人にゃ相当難しいんだぜ?なのにあっさりこなしちまう辺り、流石は旦那だな」
「まーな。体力仕事や腕っ節以外ならなんでもござれだ」
とは言え、これも昔とった杵柄なんだけど。
竜車の操縦は昔やったことあったし。
「それよりもゲルド、周囲への警戒を怠るなよ。山賊なり魔物なり、何が出るか分からんからな」
「わぁってるって」
弓に弦を張りながらゲルドは応え、前方をぐるりと見回す。
矢を一本つがえるが弓を引かず、何かあれば直ぐに射ることが出来るように構えていた。
ゲルドは現役時代、鷹の目と称されたほどの視力の持ち主だ。
その目と弓の腕で数多の魔物を冒険者としてジェイク達と尽く狩り尽くしていた実績がある。
前方に何か異常があればまず見逃すことはない。
「キーシャも、後方の警戒頼む」
「分かっている」
俺の掛けた声に、竜車の屋根に乗っかっていたキーシャが一度顔を出して返事した。
キーシャは猫の特性を持った吸血種という性質上、五感が獣並みに鋭いので後方からの奇襲に注意を払っている。
アイツの事だ、屋根の上であぐらをかいてのんびり日向ぼっこでもしているのだろう。
昨日は走っていて特に異常は無かったが、今日も平穏無事とは限らない、人事は尽くしておくに越したことはない。
「チェック。ほら、貴様の手番だ」
「げっ、ちょ、ちょっと待った!」
……って遊んでんじゃねーよ。
ガルサを出た初日、腕試しに敗北したトゥゼン坊っちゃんはすぐに気を取り直し、ここ2日間はチェス勝負に熱を上げていた。
現在チェスだけで15連敗。通算0勝17敗。
先日アルカ嬢から頭脳労働が苦手と断言されていたのを鑑みるに、傭兵として戦略戦術を知り尽くしたキーシャに、戦略を駆使することが重要なチェスで勝てる要素が見当たらない。
しかし何度敗れても折れないそのアイアンハートは称賛に値する。
でも時と場合って奴を考えてもらえねーかな。
「私だけでなく、トゥゼン・ウィノーヴも獣の特性を持った吸血種だ。貴様の懸念は杞憂だと言っておく」
「お、俺を宛てにすんのかよ!」
「敗者は勝者に従う。古来から続く勝負事のルールだろう?第一15回も負けておいて拒否する道理はあるまい」
勝手に頭数に入れられたトゥゼンが文句を言っているが、キーシャは容赦なく切って捨てる。
「ぐっ…くそっ!」
「それが嫌なら勝てばいい。チェックメイト」
「何ぃー!?」
16度目のチェス勝負も黒星で終わり、トゥゼンの悲鳴が青空の下に響いた。
ギャーギャー喧しいが、あれはあれでいいコンビなのかね。
ガタゴトと竜車は進む。
平原をひた走っていた俺達は、漸く山の麓に到着した。
「この山を越えれば、すぐにマイロだ」
そう言いながらゲルドが御者台から立ち上がって、林に覆われた山のてっぺんを見上げて目を凝らす。
「どうだ、なんか見えるか?」
「いや、今のところは特に何も。登ってみねぇ事には分からねぇな」
俺の問いに、御者台に座り直すゲルドは禿頭を撫で上げてそう答えた。
何かあったとしても林に遮られて見えないか。
それでも樹が揺れた時点で、ゲルドなら何かに気付くはずだ。
こっちは腕の立つ人間が何人も居るし、よっぽどのことが無い限りそうそう危険には直面しないだろ。
とは言え油断は命取り、細心の注意を払って山に挑むとしよう。
「ねえ、ビットさん」
「うん?どうした?」
足場の悪い山道を登り始めて暫く。
おもむろに竜車の小窓から顔を出すアルカ嬢に話しかけられた。
「前にも訊いたけど……ビットさんは、何者なの?それに、どうしてそこまで吸血種の私たちに協力してくれるの?」
「………」
その問いに、俺は目を細める。
前に訊かれた時はツテがあるだけのジジィと言ったが、嬢はその答えに納得いかないらしい。
「なんでそんな事を訊くんだ?聞いた所で、この先協力関係が崩れる事はねぇだろ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「俺から裏切ることは無ェから」
即答した。
淀みなく口にしたその一言に、アルカ嬢はぐっと息を詰まらせる。
ぶっちゃけた話、穏健派だの、排斥派だの、正直どうでもいい。
俺の不死の呪いを解くという目的を達成することと、このクソみたいな人生に張りが出ればそれでいい。
その為にはアルカ嬢に協力した方がメリットがあるし、面白いというだけだ。
「もう気付いているみたいだから言うが、俺は吸血種みたいに『死ににくい人間』じゃなくて、『死ねないバケモン』だ。俺に取っちゃ、吸血種も常人種も、等しくおんなじ人間だよ」
「旦那、やめてくれや」
隣で周囲に目を向けるゲルドの禿頭を叩きながら、ゲラゲラ笑ってそう答えた。
それに。
「吸血種と常人種との融和なんて夢物語を本気で願う、アルカ嬢の心意気は嫌いじゃない。だから自然と手を差し伸べたくなった。これじゃ信用出来ねーか?」
「………」
俺の返答にアルカ嬢は目を見開く。
「……ビットさん」
「旦那、ちょいと止まってくれ」
アルカ嬢が口を開きかけたその時、ゲルドが停止を呼びかけた。
「どうした?」
「今、上の方で何かが動いた」
竜車を止めて問えば、ゲルドが真面目な顔でそう答えて山の中腹辺りを睨む。
どうやら鷹の目サマは何かを視認したらしい。
「ビット・フェン」
「何だ、なんか嗅ぎつけたか?」
間を置かず、キーシャも竜車屋根からこちらを見下ろして呼びかける。
その赤い瞳はやや細まり、油断が見えない。
「この場に魔物と人間、入り混じった臭いが近づいてくる。鉄の臭いが強い、恐らく武装しているぞ」
その言葉に俺は頭を掻く。
どうやら厄介事が寄ってきたようだ。
「アルカ嬢、取り敢えず話はまた後で。中にいるサーミャ某とジャコに戦闘準備を伝えておいてくれ」
「分かったわ」
ただならぬ状況を察した嬢が小窓から引っ込む。
さて。鬼が出るか蛇が出るか。
俺は手綱を握り直し、訪れる危険に身を固くした。
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