斉天大聖《ハヌマーン》
トゥゼンのモデルが判明。
「…………ん」
微睡みに浸っていた意識が徐々に覚醒し、目を瞬かせる。
昼頃に出発した直後、俺は竜車の中にある寝台で泥のように眠っていた。
竜車の窓から差し込む光は既に赤みが差しており、日暮れ間近らしい。
身体に掛かっていた毛布を剥いで身を起こし、窓に頭を突っ込むが見晴らしのいい平原の景色は流れていない。
耳を澄ませば、外からは火の爆ぜる音が聞こえてくる。
どうやら移動を止めて今夜はここで野営の様だ。
「あー…ふあ…あぁ…」
「起きたか」
「うおっ」
手を口に当てて大欠伸したら横から声が掛かってちょびっとばかしびっくりする。
声を掛けた張本人は猫を思わせる耳をぴくっと揺らし、腕と脚を組んでベッドの側の椅子に座っていた。
「キーシャ…どの位移動した?」
「何度か休憩を挟んでいたから、おおよそ50キロほど、といった所か。ヘンリー・ガルサムの所有する竜車は随分と性能がいいな」
キーシャが親指で竜車の後方を示したので再び窓に頭を突っ込んで後方を見れば、既にガルサの街は薄らぼんやりな点にしか見えない。
ヘンリーの奴、一等高級な竜と竜車を寄越しやがったな?
俺がグースカ寝ていられる程快適な竜車なんざ、そうそうありゃしねぇ。
「移動中の揺れも驚くほど少なかった。乗り合い馬車と比べれば月とスッポンだ」
「これを知ったら普通の馬車や竜車には乗れんな」とキーシャは冗談めかして肩を竦める。
「確かに」と俺も苦笑した。
「今起きたのは丁度よかった。これから食事にすると、サーミャ・ピティアから言付かっている。食べられるか?」
「勿論。腹ァ減って仕方ねぇよ」
俺の意思を代弁するかのように腹の虫が悲鳴を上げる。
「相変わらず、欲求に忠実な男だ」
「はっはっはっ。それくらいしか能が無ェもんでよ」
呆れるキーシャに俺はケラケラと笑った。
竜車を降りると、石を組んだ簡易的な竈を囲んで、毛布の上に座る皆が食事を摂っていた。
「あ、ビットさん。おはよう」
「やー、悪いね。俺一人で寝ちまってて」
挨拶をしてきたアルカ嬢の隣に座り、頭を下げると皆クツクツと笑う。
「ビット殿には出発までの準備を整えて頂きましたからな。これくらいどうということは」
「ギンバァの相手して無事で居られんのは旦那位のもんだ」
なんだとゲルドこのやろう。半日寝こむ羽目になるのに、無事じゃねーだろ。
俺が睨みつけると、今夜の食事であろうシチューを啜りながらゲルドはゲラゲラと笑った。
「どうぞ」
「お、悪いねジャコ」
ジャコによそってもらったシチューの器を受け取り、スプーンで掬って口に運ぶ。
…………。
「このシチュー、作ったのはサーミャ某か?」
「ええ、お口に合いましたか?」
バチッ、と火花が散る。
「……やるじゃねぇか」
「ふふふ…お褒めに預かり光栄でございます」
いい好敵手に巡り会えた。
これは俺も腕の振るい甲斐があるってもんだ。
「……さて、ゲルド。マイロまでどの位掛かりそうだ?」
飯を食い終えた俺は、エサの干し肉を食っているライドディノを見ながらゲルドに今後の旅程を切り出す。
ゲルドは追加の干し肉を投げながら禿頭を撫で付け、進路にある山を見た。
「……そうだな。ヘンリーの竜車が思ったよりも早いし、山を越える事を考慮に入れて、早くとも4日、遅くとも1週間後って所か」
マイロまでの地理を記憶していたのか、ゲルドはそう答える。
4日か。海賊団の規模が分からんからなんとも言えんが、なんとか街の全滅は免れそうだ。
「おい、化け猫」
「なんだ?」
俺がこの先のことを考えていると、背後からトゥゼン坊っちゃんの声が聞こえてきた。
振り向くと、食後の珈琲を飲んでいるキーシャの前で坊っちゃんが腕を組んで仁王立ちしている。
………またかよ。
「また一勝負、付き合えよ」
「………構わんが、暫く酒は見たくもないな」
渋い顔でそう答えるキーシャ。
流石にこないだの飲み比べは相当堪えたらしいな。
「……いや、俺もそこに関しては同意見だ」
トゥゼンも渋い顔でそう返事し、両腕のバンテージに手を掛ける。
……そう言えば、あいつの腕って…。
「…今度は、腕っ節で決めようじゃねぇか」
「……そうか、それが貴様の異名の所以か、斉天大聖」
そう口にするキーシャの視線の先には、金色の毛に覆われた『猿の腕』があった。
「斉天大聖たぁ、吸血姫と並んで随分と大層な名前だねぇ」
「ちょっ…ビットさん茶化さないで。私が自分で付けた訳じゃないんだから」
俺の言葉に、吸血姫サマはぷっくりと頬を膨らませて不満を露わにする。
はっはっはっ、照れちゃって可愛らしいねぇ。
少し離れた場所では、靴を脱いだキーシャと両腕を露わにしたトゥゼンが5メートルほど距離を置いて対峙している。
「言っとくが、俺はアルカと違ってちゃんと血を飲んでるし、バリバリの実戦型だ。油断したら痛い目見るぜ」
「……くくっ。では、私も精々やられないように気をつけるとしよう」
「ちっ…」
挑発が通じなかった事にトゥゼンは苛立たしげに拳を打ち合わせる。
やはりトゥゼン坊っちゃんは感情が顔に出やすい。アルカ嬢とは違ったタイプの甘さだ。
だが、服の上からでも結構な鍛錬を積んでいるのは見て取れる。
バリバリの実戦型という言葉に偽りは無いのだろう。
「…アルカ嬢、実際のところ、坊っちゃんって強いの?」
「強いわ」
アルカ嬢ははっきりと断言する。
「元々私と父親違いっていう負い目があったあの子は、相手に甘く見られないように努力していたもの」
「私とジャコはそれをずっと見てきたから」と嬢は力強く首肯した。
「………その分、頭脳労働は苦手なんだけどね」
「ははっ、その辺は適材適所だろ」
「お二人とも、勝負が始まりますよ」
最後の最後で締まらなかった話だが、ジャコに諭されて空気が変わる。
「………」
「………」
二人は一度目を閉じ、キーシャは足の甲に、トゥゼンは自らの頬に爪を立てて傷つけた。
目を見開いた二人の血液が流動的に動き、キーシャは血晶の靴と刃を潰した血晶剣を、トゥゼンは自らの身長とほぼ変わらない棒を創りだした。
「始めっ!」
「行くぜぇ!」
「っ!」
サーミャが開始の合図を叫ぶと、ぎゅるぎゅると血晶棒を振り回しながらトゥゼンがキーシャに突撃し、キーシャはそれを迎え撃つ。
がぎん!と二人の血晶武器が打ち合わさり、弾かれた。
「うっるぁぁ!!」
「!ちぃっ!」
弾かれた勢いを利用してトゥゼンは体幹を回転させ、真横に血晶棒を薙ぎ払う。
キーシャは咄嗟の判断で跳躍し、血晶靴を履いた足裏で血晶棒を蹴る事で回避と後退を同時に行った。
かなり力が乗っていたのか、結構な距離を飛ばされたが、空中で制動をかけてキーシャは着地、そのままトゥゼンへ向かっていく。
「はぁっ!」
「らぁっ!」
互いの血晶武器が再び打ち合わさる。
そこからは壮絶なまでの打ち合いが続いた。
「ハァァァァ!!!」
「んのっ…ウォラァァァ!!」
手数で勝るのはキーシャ。
その素早い足さばきと卓越した剣技を用いて剣を打ち込んでいく。
パワーで勝るのはトゥゼン。
トゥゼンは打ち込まれる剣戟の雨を的確に防御し、僅かな隙を見つけては力の乗った一撃を放つ。
今まで見ていてトゥゼンの戦闘スタイルはパワー型だという印象を受けるが、実際はちゃんとキーシャの攻撃を見切り、場合によっては堅実に回避し、時に真っ向ではなく、キーシャの死角に回りこんでキーシャを奇襲している。
猪突猛進なパワーファイターに見せかけて、トゥゼンは苦手のないオールラウンダーと見た。
そこまで考察していた最中、勝負が動く。
「ちっ…はぁっ!」
「なっ…!」
絶妙なバランスを保っていた天秤が傾いた。
トゥゼンの血晶棒を弾いたキーシャがそのままトゥゼンの懐に潜り込み、足払いを仕掛けたのだ。
バランスを崩したトゥゼンはガクンと膝をつき、その眼前には紅い靴の裏が迫る。
「喰らえっ!」
「ぶがっ!?」
足払いの勢いを利用し、キーシャはしゃがんだまま身体を捻った後ろ蹴りをトゥゼンに叩き込んだのだ。
「にゃろっ…」
蹴りを喰らって鼻血を流したトゥゼンはたたらを踏みながら立ち上がる。
「はぁぁぁぁ!!!」
「ぶっ!!!!!」
しかし、顔面に跳び膝蹴りを喰らって後ろに吹っ飛ばされた。
「くそっ…!?」
仰向けにぶっ倒れ、再び立ち上がらんと身を起こし、その喉元に紅い刃が突き付けられた。
「勝負あり、ですな」
サーミャが静かに戦いの終わりを告げる。
「ふぅー……これで私の2勝0敗、だな。いい勝負だった」
「…………あーくそっ!また負けかよっ!!」
二度目の敗北を喫したトゥゼンは、その悔しさから仰向けに倒れて地面を叩いた。
いやはや、いい勝負だった。
恐らく勝負を分けたのは年季の差。
互いに戦いに明け暮れた年季が逆転していたなら、立場もまた逆転していただろう。
ピアスとバンダナ=緊箍児
隈取と眼の色=火眼金睛
分かる人は結構居たと思います。
因みに斉天大聖の読みをハヌマーンにするかモンキーマジックにするか本気で悩んだのはここだけの話。
ご意見ご感想お待ちしております。




