いざマイロへ
若干えろちっくな描写あります。
根回しが完了し、俺は一旦宿へ戻った。
用意が出来たと言っても、移動手段と戦力の確保だけ。
竜車を引くライドディノのエサ代や食料の確保なんかも出来るだけ整えねば。
「つーわけでジェイク。保存食の用意頼むわ」
「………唐突だな。急な用事か?」
「まぁそんなとこ。材料費はこっちで持つから心配すんな」
「…あいよ。ジィさん達の部屋はそのままにしておく」
ジェイクはコクリと頷いてそう言ってくれた。
ちゃんと戻ってくる意思も察してくれたらしい。
「お父さん、部屋を私物化させちゃ…」
「いい。ジィさん達は常客だ。いつまで掛かろうが、ちゃんとうちに帰ってくる」
「………」
部屋の分だけ客を受け入れられなくなるとレイラちゃんが不満そうだが、ジェイクは有無を言わせない面持ちで黙殺した。
それに申し訳なく思いながら、俺はレイラちゃんの頭に手を伸ばす。
「ごめんな、ちゃんと居ない間の部屋代も払うから、勘弁してくれ」
「………なんでコイツばっかり、特別扱いなのよ」
不満気にレイラちゃんは厨房から出て行った。
………本当に、ごめんな。
「保存食は干し肉と塩漬け野菜で良いか?」
「ああ。あとは乾パンと水、調味料も頼む」
「あいよ」
俺の注文にジェイクは二つ返事で準備に取り掛かる。
保存食の用意が出来るまでは、しばらくゆっくり出来そうだ。
「という訳で、出発は3日後だ。一応俺も路銀は用意しとくが、それぞれでちゃんと管理するように」
「……………」
「ははは、仕事が早いですな、ビット殿」
俺の話を聞いた嬢とジャコは唖然とし、サーミャ某はパチパチと拍手する。
はっはっはっ、このくらいどうって事ぁありゃしねぇよ。
「………ビットさん、本当に一体何者なの?ギンさんに何度も協力してもらったり、ゲルドさんを引っ張ってきたり、ヘレンさんから竜車を借りられたり…」
「何者と問われてもそんな大層な人間じゃねぇさ。ただ単にツテだけは持ってる、永く生きてるだけのジジィだよ」
皮肉っぽく口元を釣り上げて肩を竦める。
「俺なんぞの事より、坊っちゃんやキーシャにこの事を教えて、準備させといてくれ。俺はギンの所に行ってくる」
「……また出かけるんだ。どこに行くの?」
「カネはあるだけ困らねぇ。ちょいとばかし融通してもらってくる」
「そう。いってらっしゃい」
ぶらぶらと手を挙げて上着を羽織ると、背後でアルカ嬢はそんな事を言った。
……いってらっしゃい、ね。
「行ってきますよっと」
俺の口からその言葉が自然に出た。
「…………………」
「………睨むなよ。もう決めたことだ」
俺がギンの屋敷を訪ね、しばらくガルサを留守にすることを伝えると、ギンは無言で俺を睨みつけてきた。
「………あんたが居ないと、あの娘らの商売に支障が出るんだよ」
「そうは言ってもなぁ…」
頭を抱えるギンに俺は苦笑を返す。
俺が長期間仕事をしないと、娼婦たちのモチベーションがダダ下がりになるので、ギンとしては如何ともし難いというのは解らんでもない。
「一応、昔拉致られた時に、対策は打っただろう?」
「………幾ら小僧共を教育しても、あんたの腕には遠く及ばんさね」
「その場凌ぎがいい所だよ」と頭を振る。
ギンは昔俺が奴隷商に拉致られ、娼婦たちが仕事にならなかった時を教訓に、雑用係として囲っていた娼婦の息子達に俺の技を仕込む事を考えた。
娼婦が産んだ父親が不明な子供ばかりで、大人になった現在もギンの私兵として色々と頑張っている。
俺も割と真剣に手管を教えちゃいるのだが、百戦錬磨の娼婦たちを完全に満足させることは難しいというのが現状だ。
だが、ギンの言う通り、一時しのぎにはなるだろうし、俺もそうそう長い間ガルサを空けるつもりは無い。
「頼むわ。分かってくれ」
「………あのお嬢ちゃんは、あんたにそうさせる程なのかい?」
ギンの問いに、俺ははっきりと首肯する。
今あの娘を見捨てたら、俺の呪いを解く手段は永遠に失われる。
このまま見過ごすなんざ出来るか。
「………本当に、あんたは折れないねぇ」
「悪いな。年寄りは頭がかてぇんだ」
「あたしに言う台詞じゃないだろう」とギンは苦笑した。
俺も口端を釣り上げる。
すると、ギンはおもむろに立ち上がり俺の二の腕をがっちりと掴んだ。
「それじゃ、ちゃんと仕事はしてもらおうかね」
「あん?」
何故か嫌な予感を感じながら、俺はギンの顔を見上げる。
「あんたが出てくまでの間、あたしを満足させてもらおうか」
「ちょっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、全身に寒気が走った。
逃げようとしたが、俺の腕を掴むギンの手は微動だにしない。
「おまっ、ふざけんな!」
「ふはっ。惚れた相手と暫く逢引き出来ないんだ。余韻は残しておきたいタチなんさ」
「ぎゃー!この性欲過多殺す気満々だァァァァァ!!!!」
ギンが全身からピンク色のオーラを全開にして、俺を奥へと引きずって行く。
死ぬ。絶対死ぬ。死なないけど精神的に死ぬ。
俺は訪れるであろう快楽地獄を前に、マジで死を覚悟した。
3日後。
「………………………」
「び、ビットさん!?ビットさん!?」
宿の食堂に、アルカ嬢の悲鳴めいた声が響く。
大量の金貨が入った袋の横で、やつれて放心して天を仰ぐ俺。
「………め、し」
「………これでも食べろ」
とっくの昔に二日酔いから解放されていたキーシャが、俺の口に大量の麦粥をドボドボと流しこむ。
あー…塩が染みる…色んな意味で。
「丸3日絞り取られたか」
「…………し、ぬ」
「死なない身で何を言う」
金貨袋と俺を肩に担いでキーシャは立ち上がる。
「竜車が届いた。ゲルド・ギランズも到着したらしい」
「……あー…じゃ…行く…か」
「お、おいおい…そんな状態でビットも連れてくのか?」
俺を心配するトゥゼン坊っちゃん。正直ありがたい。
「全ての準備を整えたのはこの男だ。連れて行かない道理はあるまい」
「それに」とキーシャは声を落とす。
「資格者を探すのに都合が良いだろう?」
俺にしか聞こえない音量でそう答えたキーシャに、俺は小さく頷いた。
俺一人では資格者を探すのにも限界がある。
だが、穏健派という組織に就いて手を貸し続ければ、何れは資格者を見つけられる可能性が高いと判断した。
殆ど根拠の無い勘に近い結論だが、決して現実味が無いことは無いだろう。
「………なんでテメェが仕切ってんだ」
「トゥゼン」
キーシャに突っかかりかけたトゥゼンをアルカ嬢が諌める。
「アルカ…でもよ」
「化け猫は味方です。味方同士でいがみ合っても仕方ないでしょう。第一負け犬……負け猿が何を言っても遠吠えです」
「………分かった!分かったよ!こないだの飲み比べで負けちまったのは事実だ、もう何も言わねぇ!」
ジャコの口撃にグサグサと傷口を抉られ、坊っちゃんは自棄っぱち気味にそう叫んだ。
やり口がえげつないが、納得させることが出来たらしいな。
「でも次は勝つ!」
「…ふっ。何度でも相手になってやろう?」
………懲りてはいないらしいが。
「サーミャ某…とりあえず…俺は寝るから…金庫番と食料管理…よろしく…」
「かしこまりました」
サーミャ某が頷き、俺達は宿を出る。
宿の外には、派手さはないがしっかりとした作りの竜車と、紫色のウロコをきらめかせた巨大なライドディノが二頭繋がれていた。
御者台には既にゲルドが禿頭に太陽光を反射させて、手綱を握っていた。
「来たか。ヘンリーの奴、いい竜を寄越しやがったな。人に慣れてるし、暴れる様子もねぇ」
竜の尾を撫でながらゲルドは自分の禿頭も撫でる。
その背には刃の付いた剛弓が背負われ、軽そうな革鎧に身を包んでいた。
弓を引く為の右腕は、服の袖越しでも鍛え上げられているのが見て取れる。
支部長に出世した現在でも鍛錬は怠っていないらしい。
「ゲルド」
「おう、ジェイク。レイラちゃんも」
「ゲルドおじさん」
ジェイク達を見とめたゲルドは二人へ手を挙げる。
「ジィさんを任せた」
「おう、任せとけ。お前のゲンコツはもう受けたくねぇからな」
冗談めかしてゲルドが拳を突き出し、ジェイクも頷いて拳を突き合わせた。
「さぁお嬢ちゃんら、見慣れねぇお二人さんも居るが、早く乗った乗った!」
「あ、は、はい!」
ゲルドに急かされて皆竜車へと乗り込んでいく。
「ハイヨー!」
「じぇ、ジェイクさーん!行ってきまーす!」
ゲルドの操縦で竜車は走り出し、アルカ嬢は窓から身を乗り出して見送るジェイク達に手を振る。
天気は快晴、絶好の旅行日和。
行き先は血生臭い海賊同士の戦争。
前途としては微妙だが、俺達の旅が始まった。
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