猿猫合戦 後編
※話の演出上、多量にアルコールを摂取している描写がありますが、こんな量を少人数で飲めば一発で死ねます。絶対に真似をしないで下さい。
今回のデザートはフルーツをふんだんに使ったタルト。
さっくりとした生地とクリームの絶妙なバランスに頬を落とすが良い。
「……と、息巻いてはみたものの、食うのはアルカ嬢一人なんだよなぁ」
生地の器にホイップクリームを流しながら肩を竦める。
タルトと言っても器の大きさを小さめにした、所謂タルトレットだから女の子にも食べやすいはずだ。
男は物足りないと感じるだろうけどな。
クリームを流しこんだあとは、切ったり革を剥いたフルーツを乗っけて出来上がり。
生地を作るまでが少々面倒だが、それ以外は盛り付けるだけなのであんまり手間がかからんから良いな。
「よし…出来たぞー」
「待ってました」
タルトレットを盛った皿を両手に食堂に戻ってくると、アルカ嬢が文字通り垂涎の状態で両手を上げる。
女の子に対して失礼かも知れないが、お預けを食らった犬をイメージした。
「うぅ…美味しそう…」
「くふふ…いただきますっ」
指をくわえるジャコを横目に、嬢はタルトレットを躊躇いなく掴みとって口へ運ぶ。
…以前はバーガーにフォークをぶっ刺してたのに、すっかり下町料理に馴染んだな。
………あー…娘がこんなんなってるってキュリエ公爵サマにバレたら、タダじゃすまねーかも。
「んー!ひあわへー!」
「そりゃ良かった。………ジャコ、賭けに負けたっつっても、こんだけ量があるんだから、一つくらい食っても良いんじゃねーの?」
菓子を頬張って手足をバタつかせる嬢に苦笑しながら、俺はジャコにそう提案した。
「…………………………………いえ。勝負事に甘えは許されません!」
ものっそい悩んだ末、ジャコはそう答える。
意志が強いのね。どうでもいいけど。
「……失礼、アルカ様。後学のためにおひとつ頂いても?」
「んー…いいわよ?」
そんな中サーミャ某はちゃっかり相伴にあやかって俺のタルトレットを食ってるし。
「………」
「………」
で、向こうはまだ勝負を始めちゃいない、と。
トゥゼン坊っちゃんは腕を組んでキーシャを睨みつけ、キーシャは頬杖を付いたまま澄ました顔で酒が来るのを待っていた。
「お待ち遠様。同じものだと飽きるだろうから種類はまちまちだけど、10本持ってきたわよ」
「ん、ありがとう」
「へっ、待ちくたびれたぜ」
酒瓶と杯が二人の間に置かれ、レイラちゃんはそそくさと下がる。
「あ、レイラちゃん。俺にも酒。あいつらとおんなじのでいいや」
去り際にふと思いついたので注文すると、レイラちゃんは僅かに目を細めた。
「あんたも参加する気?」
「関係ねー俺が出たら無効試合になっちまうだろう。二人の飲み比べをツマミにするだけさ」
俺の返答に「呆れた野次馬根性ね」と肩を竦め、レイラちゃんは酒蔵に向かった。
「ルールは互いに一杯ずつ相手の杯に注いで、同時に飲む。半分飲んだら杯を交換してもう半分を飲み干す。それでいいな?」
「……良いだろう。勝負としては公平だ」
トゥゼンの提示したルールにキーシャは納得した。
……なる程な。同じ杯を半分ずつなら、条件は同じだ。
「…何故一杯を飲み干すんじゃないの?半分相手も飲むんだったら同じことじゃない」
タルトを齧りながら嬢がそう訊いてくる。
まぁ、飲み勝負なんてそうそうやらないだろうから、知らないのも無理も無いか。
「酒以外に混ぜものしないためのイカサマ防止だよ。自分の注いだ酒を半分相手も飲むんだから、水を混ぜたら一発でバレるだろ?」
同時に、毒を混ぜてもその毒入り酒を自分も半分飲まなければならなくなる。
猿だ短慮だと散々言われてるトゥゼンだが、中々頭は回るようだ。
ジャコの言葉を借りれば、猿知恵ってか?
「へぇ…色々と考えてあるのね」
タルトに舌鼓を打ちながら嬢は感心している。
「はい、あんたの酒。結構強い……って、あんたには関係ないか」
「おう、ありがとさん」
酒瓶と杯を置いてレイラちゃんが去る。
「では」
「一献」
俺が手酌をしている間、二人は互いの杯に透明な液体を注いだ。
それを見てサーミャ某が立ち上がり、二人の間に立つ。
「では、僭越ながら私が審判を務めさせていただきます」
「よっ、待ってました!」
サーミャ某の進行に、客の誰かが茶々を飛ばした。
あら、いつの間にやら俺と同じ様に、野次馬根性で肴にしようとする奴がちらほら。
「これより、キーシャ殿、トゥゼン様の飲み勝負を開始いたします。………始めっ!」
サーミャが開始の合図に手を上げると、二人は同時に杯を半分煽った。
「……ちっ、何も混ぜちゃいなかったか」
「貴様もな。上手くイカサマすると踏んでいたが」
酒の残った杯を相手に渡しながら軽く舌戦を交え、杯の中身を飲み干す。
「……いい酒だ。悪くない」
「はんっ、いつまで酒を味わう余裕が保てるかねぇ?」
音を立てながら杯を置くと、周囲から歓声が上がった。
「よっ!ネコちゃんいい飲みっぷりだ!」
「金髪のアンちゃんも中々だぜ!」
やんややんやと囃し立てられながら、二人は再び杯に酒を注ぐ。
「ほー、二人共中々…」
俺はそれをツマミにくいくいと酒を飲んでいた。
…うわっ、この酒蒸留酒じゃん。美味いけど、結構度数強いぞ。
俺はともかくとして、キーシャもトゥゼンも一杯とは言えストレートでこれを飲んでケロリとしているなら、二人共相当なザルだな。
これは中々先の見えない勝負になってきた。
さぁ、面白くなってきたねぇ。
10杯目。
同じ種類の2瓶が空になったので、別の酒を開けて勝負を続ける。
俺の瓶も空いたので追加注文したところ、炭酸を抜いて濾過した穀物系の醸造酒だ。結構な辛口でアルコールも強いがイケる。
「……ふむ、深みがあるな。美味い」
「はーっ、こりゃいいや」
お、まだまだイケるって顔。
白熱した戦いに酒が進む進む。
20杯目。
再び2瓶飲み干した二人はまだかなりの余力を残している様だ。
今度の酒はリンゴが丸ごと入ったブランデー。上品な香りが鼻をくすぐる。
「……ふぅ。どうした、少し顔が赤いぞ?」
「……ぷはっ。何言ってやがる、まだまだこれからだろうが」
頬に少し赤みが差しつつも、二人は余裕を崩していない様に周囲は更に盛り上がった。
こいつは酒が更に美味くなる。
30杯目。
あれから3瓶空いた。
比較的小さめの杯だが、やはり二人で飲むと減りが早いな。
続いてはスタンダードなラム酒。今日のタルトの香り付けにも使った。
「……あー…美味い…」
「ははぁ…まーだまだ…」
流石に30杯ともなると結構酔いが回ってきたらしいな。
それでもペースが落ちていないのは十分感嘆に値するけど。
俺は更に熱を上げる勝負にグイグイ杯を煽った。
40杯目。
「ふぅー…まらのむのかー?」
「はぁー…ぎ、ぎぶあっぷしても…いいんらえ?」
流石に9本も飲めば相当ベロベロだな。
二人の顔は火が点いたかのように赤く染まり、まともに呂律も回っていない。
今まで軒並み強い酒ばっかりだったし、しかたねーか。
10本目の酒は………。
「………!やば、全員火気厳禁!」
俺はレイラちゃんが持ってきた瓶のラベルを見て慌てて叫んだ。
蒸留回数脅威の70回以上、アルコール度数95%超え、俺が以前キーシャを治療した時にも消毒薬代わりに使用したもの。
…………最強の蒸留酒のお出ましだ。
「………へっ…ここれ、トドメをさしてやらぁ」
「ふっ……くく…返り討ちにしてくれる…」
おいおい、息巻いちゃいるが、泥酔した状態で、ストレートでこんなん飲んだら死ぬぞ。
俺の懸念など知ったこっちゃない二人は酒を注ぎ、ごくりと一度唾を飲む。
「……いざ」
「……勝負!」
そして互いに半分を煽った。
「…………」
「…………」
お互い無言で杯を交換、そして。
「………んっ!」
「……もう…ダメだ…!」
その杯をキーシャは気合いで飲み干し、トゥゼンは杯を取り落としてテーブルに突っ伏した。
「………くっ…はぁぁぁぁ~~~~…!」
「うおぉぉぉぉぉっ!!!」
勝者であるキーシャは杯を掲げ、野次馬連中のテンションが最高潮に達する。
あぁ、面白かった。
俺は残っていた酒を一気に飲み干す。
「………ねぇ、ビットさん」
「うん?」
タルトを食べ終え、勝負の行方に手に汗を握っていたアルカ嬢に怖ず怖ずと声を掛けられた。
「えっと…そのお酒、何本目?」
「あー?………げ」
嬢の指差した先。
そこには二人が飲んだ量を遥かに越える本数の空瓶が綺麗に並んでいた。
どうやら二人の飲み比べに熱中しすぎて、気付かない内に相当飲んでいた様だ。
最初の蒸留酒が7本、醸造酒が6本、ブランデーが8本、ラム酒13本。
そして今開けたスピリタス。
「……35本目、だな」
「…………」
飲んだ量を聞いてアルカ嬢が絶句している。
イカンなぁ、他に興味が移るとすぐこれだ。
俺は基本的に泥酔しない。
正確には、不死人としての性質を持ったこの体が、アルコールの毒素を非致死レベルまですぐに分解してしまうので、ほろ酔い程度にしか酩酊しないのだ。
なので水や茶みたいにすいすいと飲めてしまう。
人間だった頃みたいに、二日酔いに悩まされないのは嬉しいがな。
「もしかして、ビットさんが飲み比べに参加しなかった理由って…」
「そ。俺が一人勝ちしちまうから、勝負にならねぇんだわ」
杯に酒を注ぎながらケラケラと笑う。
いやぁ、参った参った。
「はー…ねむい…」
「……んがぁぁぁぁぁ」
勝負が終わって気が抜けたか、それとも一気に酔いが回ったか、うつらうつらと船を漕ぐキーシャと、既に酔い潰れて爆睡しているトゥゼン。
それを横目に苦笑しながら、俺はスピリタスの入った杯を再び飲み干した。
穀物系の醸造酒=日本酒
リンゴが丸ごと入ったブランデー=カルヴァドス
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