マイナスからゼロ
出てきてすぐだが、俺はキーシャに連れられて自分の部屋に戻ってきた。
「…で、なんの用だ?」
「先程の試合は見ていただろう?」
キーシャは椅子に座って靴を脱ぎ、綺麗な足先を俺の目に晒す。
……うむ、相変わらずいい脚だ。
「ああ…あれがどうした?」
「蛇王との戦いから、長靴を履いた猫が使えない」
「……使えない?」
俺はキーシャの言葉に首を傾げた。
話を聞くと、何度長靴を履いた猫を創ろうとしても、その度に先程の様な中途半端な形にしかならないらしい。
一体どういうことだ?
「……少し、試しておきたい事がある」
?
キーシャにしては珍しく、少し遠慮がちにそう言ってきた。
試しておきたい事ってなんぞ?
「手を出せ」
「は?なんで?」
「いいから、出せっ」
無理矢理手首を掴まれる。
って痛い痛い痛い!吸血種の握力だと俺の手首もげる!!
「………はむ」
「いででで…あ?」
俺の手首を掴んで顔の前まで持ってきたキーシャは、そのまま俺の指先を口に突っ込んだ。
「痛ッ…!」
直後に俺の指先にチクリとした痛みが走る。
僅かに魔力が抜ける感覚。
「ぷはっ…」
「……なんだよ。血が飲みてぇならハナからそう言えよ…」
「うるさい。………言っておくが、女の吸血種に取って吸血行為はあまりヒトに見られて心地良いものではないんだ。覚えておけ」
あ、そう。
呆れる俺を余所に、キーシャは自らの太腿に爪を立てて傷つける。
四条の傷から溢れる血が脚全体にまとわり付き、以前に見た血晶のブーツを形作った。
「なんだよ、作れてんじゃねぇの」
「……やはり、な」
キーシャは俺の言葉を聞いちゃいねぇのか、出来上がった長靴を履いた猫をすぐに塵に還し、一人で勝手に納得している。
「おい、ヒトを実験に巻き込んどいて一人で結論出してんなよ。……一体どういうことだ?」
「長靴を履いた猫は、貴様の内に宿るアルヴィラの魔力でなければ創り出せない、ということだ。貴様やアルヴィラの言葉を借りるなら、資格者としての証の様なものなのだろう」
考えを纏めているのか、キーシャはこめかみ辺りを人差し指で叩きながらそう言った。
「今にして思えば、長靴を履いた猫は異質すぎる。アレは『私の特性と相性が良すぎた』。そして『洗練されすぎていた』」
まるで武器ではなく、初めから身体の一部だったかのように。
キーシャの特性はネコ科動物の様なその脚力。
指摘されれば確かに、その脚力を活かし切るような形状、特徴を持つ長靴を履いた猫は明らかに嬢やジャコが用いる血晶武器とは一線を画する。
………うん?
「………ちょっと待て。だったら嬢のソード・スレイヴはどうなる?あの娘は俺の血を飲まなくても普通に使えてるぞ?」
「そこは私も気になっていた」
靴を履きながらキーシャも同意の言葉を返した。
「……思ったのだが、アルカのソード・スレイヴは、私の長靴を履いた猫とは違い、ただの血晶武器なのではないか?」
「………」
俺が目を細め、キーシャは言葉を続ける。
「アルカは元々血を飲んだことが無い。吸血種が血を飲まなければ、保持できる魔力にも限界がある。………恐らく、アルカは貴様の血で自らの魔力を補填しただけなのだろう」
空だったグラスに水を満たす様に。
マイナスの状態からパフォーマンス能力を100%発揮できるようになっただけ。
……なる程な。
確かにキーシャの言い分には納得だ。
「貴様のことだ、この事をアルカに言うつもりはあるまい?」
「……よくおわかりで」
俺は苦笑しながら肩を竦める。
どうやらキーシャは俺の考えを見透かしていたようだ。
これはあくまでも仮説に過ぎない。
前例となる資格者が嬢とキーシャしかいない現時点では、今の仮説を立証しようもない。
俺の魔力を取り込んで保持し続けているアルカ嬢に更に魔力を上乗せするとなると、一体どうなるか分かったもんじゃねぇ。
リスクとメリットを天秤に掛けて、リスクの方が重いのは確実だ。
「役に立ったか?」
「おう、ありがとよ、キーシャ」
なんにせよ、まだ見ぬ三人目の資格者を探さなければ、この仮説の立証は難しい。
……なんとかして手がかりを見つけねぇと。
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