スパイ疑惑
トゥゼンはトゥゼンなりに穏健派の事を考えています。ただ短慮すぎるだけで。
俺達はトゥゼンとサーミャを連れて宿に戻ってきた。
気絶しているトゥゼンを俺の部屋に寝かせる合間にレイラちゃんに客が増えたことを伝えると、彼女は収入の追加にスキップを踏んでいた。
現金な娘である。俺が女連れこむと怒るくせに。
「うちは健全、安全がモットーなのよ、不健全人間」
「ひでぇ」
容赦のない物言いに思わず苦笑した。
起きてすぐに暴れられちゃ面倒なのでキーシャ、それと情報交換の為に嬢とサーミャ某にも部屋を出てもらい、俺とジャコで簡単な手当てだけ済ませておく。
「………うぅ…はっ!?」
冷やした濡れタオルを殴られた後頭部に当ててしばらく寝かせていると、程なくしてトゥゼンは目を覚ました。
「お、おれ…は?」
「すげーな、ジャコ。割と強めにイッたはずなのにピンピンしてるぞ」
「オツム空っぽですからね」
俺がトゥゼンの頑丈さに感嘆すると、ジャコは遠慮ない物言いで肩をすくめる。
どうやら早とちりして誰彼構わず噛みつくのが日常茶飯事、というのは紛れも無い真実だったらしい。
「ジャコ…と、ビット、だっけ?」
「おう、改めてよろしく」
まだ寝ぼけているのか、トゥゼンは半開きの瞼で俺を見たので、手を挙げて返事をしてやる。
「トゥゼン坊っちゃん、取り敢えず謝っとく。すまん」
「……あ?」
そして俺が頭を下げると、トゥゼンは寝ぼけた頭を掻いて首を傾げた。
「…なんであんたに謝られなきゃいけないんだ?」
「お前の誤解の原因は、キーシャを味方に引き込んだ俺だからな。だから謝らにゃならん」
「キーシャ…化け猫!!」
気絶する直前の出来事を思い出したのか、トゥゼンはガバッとベッドから飛び降りる。
「あの女はどこだ!」
「落ち着いてくださいお猿様」
「ぶはっ!!!」
直後、再びジャコが血晶の小槌で側頭部を殴りつけた。
うっわぁ…いい音。
「いてて…」
「今の話を聞いていましたか?化け猫は確かに敵でしたが、今は私達の味方だと言ったじゃないですか」
「うぐ…」
ジャコから淡々と事実を告げられ、トゥゼンは押し黙る。
「け、けどよぉ…もしかしたら排斥派のスパイかも…」
「そりゃねぇな」
反論しようとしたトゥゼンへ、俺が否定の言葉を投げかけた。
するとトゥゼンは疑わしげに俺に目を向ける。
「………なんでそう思うんだ?」
「お前さんは知らんだろうが、キーシャは既に排斥派の部隊長を手に掛けてる。本当にスパイならそんな真似出来ねーだろうよ」
だからこそキーシャは信頼できる。
素直じゃねぇし、俺の金払いが良かったからとかなんとか言ってたが、あいつは損得勘定じゃなく、俺が話を持ちかけたからこっち側に付いてくれたと思っていた。
俺の人生を追体験したあいつだからこそ、な。
「論より証拠。あいつがあんたらの仲間だって証拠を見せてやるよ」
「あっ、おい…」
「話は後です。行きますよお猿様」
ゴチャゴチャ話すよりもこっちの方が手っ取り早い。
俺とジャコは未だに疑っているトゥゼンを連れて部屋を出た。
俺達はトゥゼンを宿の裏庭に連れて来た。
そこそこ広いその場所には、嬢とキーシャが対峙、そして赤いツンツン髪のモノクル執事、サーミャ某が端の方に控えている。
「アルカ…化け猫と何を…」
状況が飲み込めていないトゥゼンを余所に、嬢は自らの手を傷つけ、ソード・スレイヴを作り出す。
そしてキーシャも靴を脱いで足の甲を傷つけると、脛まで覆われた血晶のブーツを創りだした。
…あれ、長靴を履いた猫じゃねぇの?
「……では、そちらから来い」
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
キーシャが人差し指を曲げて迎撃宣言、アルカ嬢はその誘いに乗って突っ込んだ。
「はっ!」
「っ!」
両手に構えたソード・スレイヴを交差させて振り下ろす。
しかし、その一撃はキーシャが上げた右足に防がれた。
そのままつま先を振り上げて弾き飛ばし、バク転から前に飛び出したキーシャは嬢の脇腹へ拳を叩き付ける。
「かはっ…!?」
「野郎っ…!」
「トゥゼン様」
思わず間に入ろうとした坊っちゃんをジャコが制する。
おいおい、いい所で茶々入れるんじゃないよ。
嬢が脇腹の痛みに態勢を崩した隙を見逃さず、キーシャは嬢の鎧の隙間に手を突っ込み、そのまま仰向けに引き倒した。
倒れた嬢の喉元にキーシャが爪を押し付ける。
「うっ…!」
「一本。…教科書通りの剣術の上、少々力任せすぎだ。幾ら吸血種と言えど、お前は禄に血を飲まん上に若いのだから、どうしても腕力では排斥派の者共を下回る。お前の強みは、蛇王達の蛇腹剣の様に、相手の血晶武器を模倣する学習能力だ。だからソード・スレイヴのバリエーションと、己の疾さで相手を制せ」
キーシャは喉元から手を引き、冷静に今の試合の改善点を指摘する。
「ありがとうございました…うぐぐ…」
嬢はその言葉に頷きながら、脇腹の痛みとあっさり負けてしまった悔しさに顔をしかめていた。
「最初に戦った時は勝てたのに…」
「当然だ。あの時は私がビット・フェンの行動に動揺したのと、お前の戦術がただ血晶剣を振り回すだけだったものから、ソード・スレイヴを使った奇襲戦法に変化した結果だからな。一度見られてしまえば対策は取られやすい」
血晶のブーツを塵に還し、靴を履きながらキーシャは俺を睨む。
ああ、こっちに気付いてたのね。
確かに、あの時のキーシャは俺の記憶見たり、俺が首なしで走ったり、嬢がソード・スレイヴ発現させたりでめちゃくちゃ焦ってたからな。あんだけ引っ掻き回されりゃあ勝てるもんも勝てまいよ。
……って、半分以上俺の所為だったわ。
俺はヘラヘラしながら嬢たちへひらひら手を振り、トゥゼンに話しかける。
「ああやって、キーシャは嬢に戦いの手解きをしてやったり、冒険者の先生になってやったりしてる。わざわざ敵に塩送るスパイが居ると思うか?」
「………」
トゥゼン坊っちゃんは渋い顔で押し黙っていた。
………頭じゃ分かっていても、納得は出来ない、か。
どうしたもんかと考えていると、キーシャがこっちに歩み寄ってきた。
「ビット・フェン、少し話したいことがある」
「あ?何よ?」
俺が問い返すと、キーシャはキャスケットをかぶり直してつばの下からじっと俺を見る。
何、秘密の話?やれやれ、モテル男は辛いねぇ。
「潰すぞ」
「ごめんなさい」
手をグッパグッパしながら脅されて即座に謝る。
冗談が通じないニャア。
「全く…おい、トゥゼン・ウィノーヴ」
「……ああ?」
キーシャに声を掛けられた坊っちゃんは目を向けられて不満気に睨み返す。
しばらくトゥゼンの顔を見つめたキーシャは一度ため息を吐き、口を開いた。
「貴様が私を疑うのは仕方がない。だが、後ろから斬るような真似はしないと誓おう、お互いにな」
「…………………ちっ…裏切るなら、容赦はしねぇぞ」
「安心しろ。雇用主の支払った金額に見合った仕事はするさ」
そう言ってキーシャは宿の中に戻っていき、トゥゼンは苛ついた様子で小石を蹴飛ばした。
………こりゃしばらくこじれたまんまだな…。
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