『穏健派』
「…穏健派を率いている事や、十二公爵家の人間だって事、漸く話す気になってくれたと思えば、嬢の弟も一枚噛んでたとはな」
「……私が穏健派のリーダーだって、気付いてたの?」
テーブルを挟んだ向こうのソファに座っている嬢が目を見開き、普段通りの格好に着替えた俺は「薄々な」と肩を竦める。
本腰入れて話す事になった俺達は、客人に何時までも自分の趣味を見せつけるのは失礼だと言うヘンリーの気遣いで、俺が監禁されていた部屋からヘンリーの執務室に場所を移していた。
そういう気遣いが出来るんなら、手前の趣味に俺を巻き込むんじゃねぇよ。
「因みに私は何も言っていないぞ」
「キーシャ?」
「お前が嫌がるだろうからな」
アルカ嬢の隣に座っていたキーシャは、使用人が淹れた紅茶を飲みながら何でもない様に言う。
恐らくキーシャ自身も今の穏健派の状態では、嬢の立ち位置が爆弾でしかないと理解していたのだろう。
良い判断だ。俺が同じ立場だったとしてもそうしていた。
「さて。そんじゃあ改めて穏健派リーダー様のご高説を聞こうか」
「言い方を考えな」「茶化すんじゃない」
「へぶっ!ってぎゃぁぁぁ右目がぁぁぁ!!」
右手にいたギンに頭を叩かれ、倒れこんだ先にキーシャが投げた血晶ナイフが右目に刺さる。
なんでお前らそんな無駄に的確なコンビネーション発揮してんの!?
「………えーと、話していいのかしら?」
「あ、うん。よろしく」
「お兄様、どうぞお使いになって」
ズボッと右目からナイフを抜き、ヘンリーから受け取ったハンカチで右目を押さえながら嬢へ話を促す。
あー、眼球が再生する痛みはキッツいわー。
「えっと…どこから話せばいいのかしら…」
「……まずは、穏健派を立ち上げた切っ掛けから話して欲しい」
話の皮切りを選り悩んでいる様子なので助け舟を出してやる。
しばらくして取っ掛かりを見つけたのか、嬢はポツポツと話し始めた。
「…穏健派を立ち上げた切っ掛けは…色々あるけど、やっぱり常人種から排他や、奴隷にされていた吸血種を見たことが大きいわね」
そこから少しずつアルカ嬢は話を続けていく。
自分の周りに居た吸血種の殆どは奴隷、或いはスラムで暮らす孤児ばかりだったこと。
自分や弟は貴族だからというだけで恵まれた環境に置かれ、他の人間は吸血種というだけで過酷な扱いを強いられているのか、という疑問を抱いたこと。
上流貴族の社会に於いては、吸血種とはヒトの生き血を啜る怪物扱いされていること。
それ故に、吸血種である自分や弟が、その正体を隠さねばならなかったこと。
嬢の母親が、それを政治に利用しようとしていること。
様々な軋轢やしがらみに揉まれた結果、アルカ嬢は吸血種の社会的地位に対しての反発心が爆発したらしい。
結果、ジャコと弟と共に家出同然でキュリエ家を出奔し、スラムで出会った吸血種達と穏健派を立ち上げて様々な活動を始めたそうだ。
「…………すげーな、オイ。なんの計画性も無しに組織を立ち上げたのかよ」
「と、当時は右も左も分からない17歳だったのっ。今にして思えば無謀だったって反省してるんだから」
話を聞いてみれば、スラムの仲間の中に吸血種だったことがバレて国を追われた、元文官の男が居たとのこと。
組織の参謀となった彼の尽力で、穏健派は綱渡りながらもこの6年間で組織の輪が広がっていったそうだ。
……そいつ、相当な苦労人だな。
恐らく現在まで、その参謀は胃の痛みと常日頃から戦い続けていたのだろう。涙なしでは語れない。
「本当に彼…サーミャには苦労を掛けたわね…」
「サーミャさん、夜な夜な資金繰りや補給路の確保に泣いていました」
「サーミャ?」
「サーミャ・ピティア。『赤翼鳥』と呼ばれている古の吸血種だ」
俺が参謀と思われる名前をオウム返しすると、キーシャが補足を入れてくる。
流石、元はアルカ嬢を半年も追い続けた傭兵だ、穏健派の情報はある程度自分で調べていたらしい。
「補足説明はありがたいがその情報、排斥派に行っちゃ居ねぇだろうな…」
「アルカとジャクリーン以外の情報はな。元々はアルカを暗殺した後、残党を狩る為の情報として連中へ売り渡すつもりでいた」
俺の質問に淡々と答えるキーシャ。
わー、商売上手。
結果として、嬢とジャコ以外の情報は向こうに行っていないので問題は無いのだが。
「……しかし、弟が居たのは私も初耳だぞ?」
「……あー…その、ね」
キーシャが何気なく放った一言に、アルカ嬢は歯切れの悪い返事を返す。
「ああ、そう言えば世間には『彼』の事は知られてなかったわね」
言葉を濁した嬢を見て、ヘンリーは得心がいったらしい。
「なんだ。なんか知ってんのかヘンリー?」
「ヘレンって呼んで。…貴族界じゃ暗黙の了解なんだけど、アルカちゃんの弟って、実は父親違いなのよ。表舞台には全く顔を出さないから、知らないのも当然ね」
「……ああ、うん。成る程ねぇ」
そりゃ世間に知られちゃ拙い。
この世で最も尊い十二公爵家の当主が、複数の男と関係を持つ尻軽女なんて知れたら、庶民の持つ印象が一気にひっくり返る。
下手すりゃクーデターが起きても何らおかしく無い。
………が、十二公爵家の中でも頭一つ抜けて強大な権力者であるキュリエ家の当主様だ、正面から叩き潰すのは容易だろう。
「……随分奔放な母親だなぁ」
「………ええ、本当に」
俺が感想を漏らすと、嬢は大きくため息を吐いた。
サーミャ某に負けず劣らず、嬢も結構苦労しているようだ。
………っと、アルカ嬢の事情はこれだけ聞けば十分だろう。
「で、ヘンリーよ。どうだ、協力してやる気になったか?」
「……そうねぇ」
腕を組んで頬に手を当て、ヘンリーは熟考している。
そして紅茶の入ったカップを一度傾け、嚥下してから答えを出した。
「…いいわ。あたくしも吸血種の風当たりに関しては思うところがあったし、協力してあげる」
「!ほ、本当ですか!?」
提案を快諾したヘンリーに対してアルカ嬢が目を見開いて喜びを露わにする。
「あたくしも色々準備しなきゃだから、明日にでも排斥派に関して知っていることを纏めておいて頂戴」
「はい!ありがとうございます!ヘレンさん!」
「あら!ヘレンさんだなんて可愛いわぁ!任せて頂戴!」
手を取りあってキャッキャしているオネェと美少女。
微笑ましい絵面………なのか?
……と、兎も角、これで下地は整った。
しばらくは情報収集の結果待ちの時間だな。
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