仲間《チーム》
やはり決着はあっさり。
「ご…オゲェェェ…!」
「っと、汚いな」
腹を蹴り上げられ、胃の腑にあるものをブチ撒けた蛇王からキーシャは慌てて離れる。
軽快なステップを踏むその足には、膝まで覆われた血晶のブーツ。
「………長靴を履いた猫、自分で名づけといてなんだが、見たまんまだな」
いやホント、センスねぇわ俺。
「ビットさん…アレは?」
俺は塞がりかけの首元の傷を押さえながら嬢達の背後にやってきた。
こちらを振り返り、見開かれた嬢の瞳に宿る疑問に俺は頷く。
「ああ、アイツもまた、俺の血を飲んで力を得た『資格者』の1人。あんたと同じさ」
嬢の疑問を氷解させながら、俺は数分前の出来事を思い出していた。
「………貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
キーシャは胡乱げに俺を見て、責めるようにそう言った。
それに対し、俺は自らの首筋を晒したまま頷く。
「分かってるよ。お前が暴走するかも知れねぇってんだろ?」
「では…」
「もしお前が暴走するってんなら、嬢達はとっくに死んでる」
キーシャの反論に被せながら確信とともに否定の言葉を吐く。
「だってお前、一度俺の血飲んでんじゃん」
「…!」
その言葉でキーシャも気付いた様だ。
俺達が初めてあった時、キーシャは俺の記憶を読み取るために俺の血を飲んだ。
キーシャ自身は読み取った俺の記憶に印象がこびり付いていた様だが、もしこいつが資格者じゃないのなら、血を飲んだ時点で記憶を見るどころか、今の蛇王の様に暴走していたはずだ。
そして嬢達はそのまま為す術なくブチ殺されていただろう。
結果論になるが、俺の血を飲んで暴走しなかったキーシャは、『器』を手にする資格者の1人だったというわけだ。いや、マジで偶然って怖い。
「資格者とそうでない者、その違いが実証されたんなら、俺らの取るべき選択はひとつ」
だろ?とキーシャに肩をすくめた。
「………やむを得ん、か」
キーシャは渋々頷き、襟を持つ俺の手に自らの手を重ねる。
「……出来るだけ持って行きすぎないように注意する」
「おう」
交わす言葉は少なく、間を置かずに俺の首筋にチクリと痛みが走った。
「ん…ちゅ…んく…」
「…っ」
俺の内に宿る魔力が吸い上げられていく。
こうして比べてみると、蛇王とは吸い上げる効率がまるで違う。
蛇王から血を吸われた時、何層にも重なったタオル越しに無理矢理水を吸い上げる感覚だったが、キーシャや嬢が俺の血を飲む際は、乾いた土に撒かれた水の様にするすると魔力が向こうに流れていく。
あ、やばい、考え事してたら余計に魔力持ってかれる。
「キーシャ、ストップ。それ以上は俺が動けなくなる」
「んっ…こく…ぷぁ」
軽く背中をタップして首からキーシャの口を離す。
嬢の時程酷くは無さそうだが、魔力酔いの影響で少し顔が紅い。
「行けるか?」
「ああ、直ぐにでも戦わないと、爆発しそうだ」
高濃度の魔力に浮かされながらもキーシャはしっかりと立ち上がり、まるでそうすることが当然とでも言うように、履いていた靴と靴下を脱いで裸足になる。
「………何してんだ?」
「靴が邪魔だ」
俺の懐疑の目を余所に、キーシャは自らの両腿に爪を立て、四条の引っかき傷を付けた。
傷から流れ出る血が足を伝い、つま先まで到達する。
その血がパキパキと固まり、カタチを変え、膝まで覆うロングブーツとなった。
「………ビット・フェン、貴様なら、これをなんと呼ぶ?」
今までの血晶魔法とは一線を画す、洗練された形状のそれを見てキーシャが俺に問う。
俺はそのブーツとキーシャの耳を見て、ある言葉が自然と頭に浮かんだ。
「そうだな………安直かも知れねぇけど、『長靴を履いた猫』、なんてどうだ?」
俺の考えた名前に、キーシャはフッと笑う。
「悪くない。その名に恥じない働きをして見せよう」
そう言ってキーシャはぐっと身体を伏せ、両足に力を込める。
「往くぞ、長靴を履いた猫!!」
ブーツのふくらはぎから踵に掛けての装甲がバガっと開き、中から発条仕掛けの様に大型のスパイクが飛び出した。
その勢いとキーシャ持ち前の脚力で爆発的なスピードを実現し、一瞬でアルカ嬢達を追い抜き、水鹿の霧の中へ突っ込んでいく。
次の瞬間には霧は晴れ、キーシャは怪物と化した蛇王の腹をブーツで蹴り上げていた。
「ゲゴ…ゲッど、ジィィィィぃ!!!!」
「黙れ、息が臭い」
拘束されてロクに動けない蛇王へキーシャは跳びかかり、頭上から両足で顔面を踏み付ける。
「ベグぅっ!?」
ズドン!と再び破砕音。
足裏がぶつかった瞬間、再び踵からスパイクが飛び出して蛇のように変形した顔を一撃で粉砕した。
反動でキーシャはくるくると宙返りして着地し、既に再生した顔を再び狙って回し蹴りを叩き込む。
「アガッ!ベグ、バボォォォォ!?」
再生しては顔を破壊され、再生しては破壊され、痛みだけが長引いている蛇王の悲鳴が響く。
うーわ。えげつなっ。
顔面は人間にとってわかりやすい急所の一つだ。
なにせ痛点の数が他の部位の比じゃない位多い。
その痛覚の集合体みたいな顔面を再生する度に執拗に蹴り潰されたとあっちゃ、蛇王の精神がまともなら発狂してるぞあれ。
「げっド、ジィぃぃぁああああ!!!」
「むっ…!」
キーシャが再び踏みつけようと飛び上がれば、キレていた蛇王が更に怒り狂ってその大口を広げる。
落ちてきた所を丸呑みにでもするつもりか?
「ギン、赤短。ついでに踏み台も作ってやれ」
「はいよ」
俺の指示でギンが赤短を展開する。
「アガッ!?」
………蛇王の顎にな!
お陰で蛇王は開いた口を閉じられず、間抜けた声を上げた。
馬鹿みてぇに大口開けてっからそうなるんだよバァァァーカ!
「キーシャ!そのまま踏み潰せぇ!」
「言われずとも!」
再びキーシャが赤短の上からブーツで踏み付ける。
スパイクが飛び出した反動で蛇王の頭を仰け反らせつつ、ばきんと赤短を踏み砕きながら再び跳躍した。
「ほぉー、赤短を割るたぁ、あの子すごいねぇ」
「暢気に感想漏らしてんなよ。さっさとお膳立てしてやれ」
「はいはい」とギンが紫煙を燻らせながら術式を何重も構築する。
一枚、二枚、三枚、四枚。
次々と蛇王の回りに結界魔法『役物・赤短』が展開されていく。
ギンは俺の言いたいことを100%把握してくれた様だ。
「…これは…!」
キーシャが一瞬此方を見る。
こっちの意図が分かったらしいな。
「こいつなら、あんたの疾さも活きるだろう?」
ギンは煙管から火種を落とし、不敵に笑ってみせる。
「文字通り引っ掻き回してやれ、化け猫ちゃんよ」
俺は煙草に火を点けながら、結果の見えた勝負に肩を竦める。
ジャコの鎖と嬢のソード・スレイヴによる拘束、ギンの赤短、キーシャの長靴を履いた猫。
負ける要素なんざありゃしねぇ。
「………お願い、キーシャ!」
そして最後まで殺し合いに否定的だったアルカ嬢も遂に腹をくくった様だ。
「………任された!」
俺達の言葉を受けたキーシャ四足になって跳ぶ。
空中で態勢を整えた彼女は長靴を履いた猫が赤短の一枚に触れた瞬間、踵のスパイクで赤短を割砕きながらまっすぐに蛇王へ跳んだ。
「ガバッ!!!」
飛び蹴りで蛇王の胸を穿ったと思えば再びスパイクでキーシャは跳び上がり、別の赤短にスパイクを穿って加速しながら跳ぶ。
一度蛇王の背後に着地してそのまま背骨に強烈なドロップキック。
また赤短を踏み台にして加速。蛇王に蹴り。加速。蹴り。
「まだ、まだ、まだ、まだァァァァァァ!!!」
「ガガ、ギ、アアアアアァァァァァァァァァ!!!!!」
赤短を踏み込む反動でキーシャは目に見えて速度を上げ、その攻撃の苛烈さに蛇王の再生が追いついていない。
………決まったな。
「トドメっ!!!血晶脚・くるみ割り人形!!!」
「あべ…………イりゅぶっ!」
全身バキバキになった蛇王の頭へ、キーシャが踵落としを振り下ろす。
くるみ割り人形の名前の通り、スパイクに穿たれた蛇王の頭は粉々に砕け散り、眼球と脳漿が飛び散った。
「…………終わった、か」
頭の吹っ飛んだ蛇王の首から噴き出す返り血を浴びた、キーシャの長靴を履いた猫は役目を終えて砕け散り、塵へと還る。
「期待通り、勝ったぞ」
「おう、ご苦労さん」
ゆっくりとこちらへ歩み寄ったキーシャとそうやり取りし、ばしんと互いの右手を打ち合わせた。
この戦い、俺達全員が引き寄せた勝利だ。
必殺技はバレエ用語。キーシャの技名はフランス語で統一しようかな。
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