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長靴を履いた猫《ル・シャット・ブーティ》

またしても短め。

次回決着です。

 火の蝶が舞い、鱗粉を思わせる火の粉を撒き散らす。

 散った火の粉を風の猪が鼻息で更に吹き散らす。


「……ふぅっ」


 黒い和服を着崩した美女はそれに紫煙を燻らせ、水の鹿が霧を作り出して更に視界を曇らせる。

 水気に晒された火の粉だが、その火は絶えず煌々と周囲に舞っている。


「ヴヴヴヴヴ……どぉぉごぉぉダァァァァァああああァァ!!!!」


 火の粉と煙幕で視界を塞がれたその中で蛇王ナーガだった怪物が吠えた。

 周囲にやたらめったらに腕を振り、壁や木箱の残骸を破壊しているが、その手はギンとアルカに届いていない。


「な、蛇王ナーガは…こっちに気付いていない?」


「当然さ、今の奴にゃぁ目の前が真っ白、ピット器官もまともに機能してないだろうからね」


 困惑するアルカを余所に、ギンはクツクツと煙管を咥えて笑う。

 そしてその言葉が真実であることを今の蛇王が体現していた。

 何故蛇王は二人を見失ったのか。

 それはギンの吐き出した煙と『水鹿すいか』の霧は勿論のこと、『火蝶かちょう』と『風猪ふうちょ』が撒いた火の粉にある。

 この火はギンの魔力に寄って作られたそれであり、ギンの魔力で作られた水鹿の水や風猪の風で消えることは無いが、性質は本来のそれとさしたる違いはない。

 つまり、火の持つ熱も同じく再現されている。

 その、消えることのない火の粉が霧に混じって満遍なく撒かれている今の状況では、蛇王のピット器官は周囲の情報をまともに把握することはほぼ不可能。

 卓越した魔術師であるギン・ヴィレは、己の魔力のみを用いて赤外線妨害フレアを完全に再現していた。


「さて、次はあんたの番だよ、お嬢ちゃん」


「は、はい?」


 ギンに促され、蛇王の様子を見ていたアルカは気の抜けた返事をする。


「こいつも所詮は目眩まし、然程時間を稼げる訳じゃないよ。あの小僧が混乱してる隙に動きを止めにゃあ、いずれは抜けられるさね」


 煙管を一飲ひとのみして煙を追加しながら、ギンはそう言った。


「ギンさん、アルカ様、お待たせしました」


「ん、カボチャのお嬢ちゃんも来たかい」


「ジャコ?」


 ギンとアルカが後ろを見れば、ジャコがパタパタと二人の元へ駆け寄ってくる。

 その両手にはジャコ自身の血晶魔法ブラッドアーツで作られたと思われる、棘付きの長い鎖が一本。


「その鎖は…」


「蛇王を拘束するために作るようビットさんに頼まれました。強度を上げるためにかなりの血を消費したので貧血寸前です…」


 そう言うジャコのカボチャ頭から覗く口元は、やや青白く、唇も紫がかっている。

 普段ジャコが作る血晶よりも幾分深い色の紅い鎖を見て、これには相当量の血液が練りこまれているというのが、アルカの目にも見て取れた。


「ご苦労さん、あとはあたしとお嬢ちゃんでなんとかするから、ゆっくりおやすみ」


「達?……って重っ…!」


 ふらふらのジャコから鎖を受け取ったアルカはギンの言葉に首を傾げる。


「事が運びゃ分かるさ。ほれ、あたしは目眩ましの維持で手一杯だから、蛇小僧の拘束は任せるよ」


 更に煙を追加し、ギンは肩をすくめた。

 それを見たアルカは気を取り直し、八振りのソード・スレイヴの刀身を鎖の穴に通す。


「ビットさんは、あと30秒動きを止めれば十分だと仰っていました…アルカ様、申し訳ありません…お願いします」


「…ええ、お疲れ様、ジャコ」


 ぺたんとその場に座り込んだジャコを労いながらアルカは、鎖を通した剣を構えた。


「そのまま真っすぐ。火の粉が濃い所を狙いな」


「………行けっ!」


 じゃらららららっ!とけたたましい音を響かせながら剣が飛ぶ。


「グェ!?ガァァァァァァァッッ!!!!」


 鎖は寸分違わず蛇王を捉え、その身体に鎖の棘が食い込む。

 アルカの指揮で剣が蛇王の周囲を回り、深く絡み付く。


「グガグググ…ごンナもノぉぉぉぉぉぉ!」


「ソード・スレイヴ、『蛇咬バイパー』!!!」


 鎖を引き千切ろうとした蛇王に対し、それをさせまいとアルカは叫ぶ。

 するとソード・スレイヴの刀身が何分割にも割れ、ワイヤーで連なった形状になって床や壁に突き刺さった。

 絡みついた鎖が固定され、無秩序に暴れていた蛇王の動きが遂に止まる。


「ごが…ごれ…俺のガリアンゾォドォォォォォ!?!?!?」


 そう、ソード・スレイヴの取った形状は、蛇王自身が使っていた『蛇腹剣ガリアンソード』。

 アルカは数合打ち合わせただけのそれを観察し、既に自らの武器として模倣していた。


「膨れ上がる自分の身体で押しつぶされなさい!」


「アガァァァァァ!!!!」


 アルカの言葉に従うように蛇王の身体に鎖が深く食い込んでいく。

 暴走による肉体の肥大化で強力な力を得た蛇王だが、今はそれが完全に足を引っ張っていた。


「よし…これで動きは止めた!」


 ソード・スレイヴの拘束を緩めぬように気を張り詰めながら、アルカは手応えを感じ取る。


「…よくやった、アルカ」


 その時、再び背後から声が掛かった。


「!…キー…」


 声の主へ応えようとアルカは身体を反転させる。

 その時、彼女の横を一陣の風がすれ違った。


「あとは、任せろ」


 ズドン!!!と後ろを向いたアルカの背後……つまり蛇王が居るはずの方向から鈍い音が響く。

 衝撃、そして突風。

 次の瞬間、ギンが目眩ましに張っていた煙が一気に晴れる。


「ガガ…ひゅっ…!?」


 そこには、腹を蹴り上げられて痙攣する蛇王と。


「貴様に見せてやろう………長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティ、その真価を」


 血晶によって形作られた靴を履いた、キーシャ・トレインの姿があった。

長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティ、読みは一応フランス語です。

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