資格ありしモノ
「オォォォオオオォォオォオォオオオォオォオォオォォォォォォ!!!!!」
怪物が血晶の手を広げて周囲にあるものを手当たり次第に破壊する。
「くっ…これは…!?」
「変身…いや、異形化の暴走!?蛇王にこんな能力があったのか…!?」
咄嗟の出来事ではあったが、嬢とキーシャが血晶剣で奴の手を防いでくれたので俺達に怪我はない。
俺は噛みつかれた肩口を押さえながら、噴き出す血を一瞥する。
「………原因は、俺か」
「状況を考えればそうだろうね」
俺がそう口走ると、俺を支えるギンが同意する。
仮説は立てていた。
『器』を手にする資格者が俺の血を飲めば、吸血種の力を強化する事が出来る。
では、資格なきモノが俺の血を飲めばどうなるか。
その答えが今の蛇王だ。
吸血種の力が暴走し、急激な異形化はその肉体を変異させる。
人間としてのカタチを維持できず、理性を失った怪物と化す。
資格ありしモノには更なる力を、資格なきモノには重い罰を。
『器』の内に流れるアルヴィラの魔力がする資格者の選別方法は、何処までも残酷なものだった。
「どうする、ビット・フェン!」
「ビットさん!」
「ガァァァァァァァ!!!」
暴走する蛇王の破壊行為に応戦する嬢とキーシャが俺に指示を求める。
「………っ」
「……ビットさん!早くしないとアルカ様が!」
だが、俺はそれに答えることが出来なかった。
打てる最善手を全て打ったつもりだったが、一手足りなかった。
嬢に殺し合いの自覚を持たせようと蛇王にトドメを刺さなかったのがそもそもの間違い。
最後の詰めで油断し、血を飲ませてしまった俺の落ち度だ。
「………」
嬢達にその凶爪を向ける蛇王の様子を観察する。
キーシャの剣閃を受けた蛇王のウロコには殆ど傷が無い。
嬢がソード・スレイヴを纏めて大剣のカタチにし、真正面から振り下ろしてなんとか傷を負わせるが、その傷口もすぐにぐちゃぐちゃと肉が埋まって元通り。
再生速度は俺並み、しかも未だに肉体の肥大化が続いてやがる。
徐々にだが嬢達も奴の暴走に対応し切れなくなってきた。
巨体は遅ぇ、なんて通説は真っ赤な嘘だ。
肉体のサイズは筋肉の太さ、骨格の太さ。
筋力、イコール瞬発力、イコール持久力だ。
デカい分身体に相応の負担はかかるが、今の蛇王にリスクを考慮する理性なんざありゃしねぇだろう。
つまり、蛇王の暴力は奴の息の根を完全に止めるか、奴自身が完全にブッ壊れるまで止まらない。しかし奴は俺並みの再生力を持っている。
考えられる手段は再生が追いつかない位の粗挽き肉にするか、再生が完全に頭打ちになるまでチクチク削り切るか。
だがその為には蛇王の動きを止める方法を考えなければならない。
だが動きを止める為にはどうすれば…。
………あ゛ー!ややこしいなコンチクショウ!!
そもそも俺が奴の吸血を防がなかったのが事の発端じゃねぇか!
「………ん?………吸血?」
俺は堂々巡りに陥りかけた自分の思考に引っ掛かりを覚える。
なんだ、何が引っ掛かってる?
俺は塞がりかけの肩に手を置き、血のついた手のひらを眺める。
吸血…血を飲む…舐める…?
「…あ」
そこまで考えて腑に落ちた。
アルカ嬢と蛇王以外で俺の血を飲んだ者が居たことに。
「……ジャコ、ギン、頼みがある」
俺はギンとジャコへ目を向ける。
「なにか思いついた様だね」
「アルカ様の助けになるのであれば」
俺の目を見た二人は心強く頷いてくれた。
「アアアアアァァァァアァァァ!!!」
「ちぃ!」
蛇王が救い上げる様に振るった右腕を私は地面すれすれを滑ってやり過ごす。
「アルカ!」
「はぁっ!」
振るった腕が伸び切った瞬間、私の合図で蛇王の頭上に跳躍したアルカが肘の内側を狙って血晶剣を突き立てた。
べき、ぐちゅ、という嫌な音と共に、血晶剣が肘を貫通し、アルカはそのまま体重を掛けて梃子の原理で蛇王の腕を捩じ切る。
「ギャアアアアアアアアアァァァァァァ!!!」
腕を千切られ、蛇王が残った左腕をアルカへ振り下ろした。
アルカは持ち前の身のこなしでそれを躱し、蛇王から距離を取る。
「……えっ!?」
離れた場所で蛇王の全容を見たアルカの目が大きく見開かれた。
「…これは…」
態勢を整えた私もその異様さに目を見張る。
捩じ切った筈の蛇王の右腕。
その切断面から筋繊維が、神経が両側から伸び、プチプチと繋がっていく。
剥き出しの筋繊維が全て繋がり、元の長さに縮んで逆再生の早回しの様に元通りになる。
あの再生力は、ビット・フェンを彷彿とさせた。
「…うそ」
折角与えた重傷も直ぐに治癒するのであれば意味が無い。
身体欠損すら再生する蛇王の様を見たアルカは、呆然として剣を取り落とす。
…拙い、いま心が折れてしまえばそのままやられる!
「アルカ!」
「………あ」
私が声を上げてアルカの名を呼ぶが、奴が気を取り直すよりも速く蛇王が動いた。
元通り繋がった右腕を振り上げ、アルカへと迫る。
「おイタはそこまでにしときな、小僧」
バキン!と金属音。
今まさにアルカを屠ろうと振り下ろした蛇王の血晶の手が、アルカの眼前で止まっていた。
いや、違う。よく見れば蛇王とアルカを阻む半透明の赤い壁がある。
そしてその壁は。
「……ギン、さん?」
「しゃんとおし。ビットに笑われるよ」
アルカの背後から手を伸ばすギン・ヴィレの創りだした結界だった。
呆けていたアルカは和装の女に叱咤されて顔を上げる。
「ぐりゅぶぶ…おマえ、じゃばずるなぁぁぁぁぁ!!!!」
「黙んな」
「がぇぇぇぇ!?」
轟、と破裂音。
ヴィレが軽く手を振っただけで、蛇王の巨体はあっさりと吹き飛んだ。
あれは…念動力、か?
念動力は魔力そのものを手の延長として操作する、全ての魔法の基礎。
使いこなせば使いこなす程、使い手の魔法の汎用性、精密な魔力操作を養えるが、目算5メートルは下らないあの大質量を吹き飛ばすとは、あの女、相当の熟練者か。
「ごご…おば…おマえぇぇぇ!!!」
「………ふぅっ」
怒り狂って咆哮を上げる蛇王。
だがヴィレはそれを意に介する事なく、紫煙を燻らせる煙管を一飲し、口から煙を吹き出した。
その煙は奴の吸い上げた分を大きく上回る量で蛇王を包み隠してしまう。
……あれも奴の魔法か。
「ぎゅるぶぅ…目眩まジなんデつうジりゅガァァァァァァァ!!!!」
ヴィレの創りだした煙幕を物ともせずに蛇王がまっすぐ二人へと迫る。
「おっと、こりゃいかんね。『役物・赤短』」
「ぐ……ぶがぁっ!?」
ばきん、と再び金属音。
再びヴィレの展開した結界に蛇王は真正面から突っ込み、暴走して更に蛇じみた顔面を思い切りぶつけた。
「まだピット器官は生きてたかい。だったらもっと手数が要るねぇ。……『火蝶』『風猪』『水鹿』」
そう呟いたヴィレの周囲に3つの魔力が渦巻く。
一つは炎、一つは風、一つは水。
一つは蝶、一つは猪、一つは鹿。
「『役物・猪鹿蝶』」
あの魔法…いや、違う!?
今ヴィレがやっていることは、魔法ではない。
魔法の術式が全く読み取れない。
可能性があるとすれば、ひとつ。
………魔法ではなく、魔力そのものに属性付与を掛けた上で生物を象形させた、だと!?
そんな芸当、何処ぞの国のお抱え魔術師でも不可能だぞ!?
「ギン・ヴィレ…貴様、一体!?」
「ま、あたしにも色々あんのさ。そら、ここはあたしが時間稼ぎしといてやるから、あんたはあっちに行ってな」
そう言うとヴィレが軽く手を振る。
「ぬ、わぁぁぁ!?」
その動作で発動した念動力が私の身体を持ち上げ、私は後方へと吹っ飛ばされた。
そして私が吹っ飛ばされた先には。
「バッチコイ」
「びっ…痛ッ!?」
「ブっ!」
身構えたビット・フェンが待ち構えており、飛んできた私を体全体で受け止めた。
「う、おぉっ!?」
飛んできたキーシャを受け止めたは良いが、やはり俺の筋力じゃ踏ん張りが利かず、そのまま二人まとめて後ろに吹っ飛ぶ。
そのまま地面に背中を紅葉おろしされるかと思ったが、直前に青い半透明の壁が俺達の背後に現れ、むにゃっとマシュマロみたいに包み込んだ。
「……ってて、ナイスだぜ、ギン」
俺達を受け止めた壁は攻撃を弾く『役物・赤短』の対になる結界、『役物・青短』。
衝撃をクッションする変わり種の魔法だが、恐らくギンの奴が時間差で発動するようにしてたんだろう。
ホント、出来る女だわアイツ。
「よう、大丈夫か」
「だ、大丈夫だ。………鼻血出てるぞ」
「お前の後頭部が思いっきりぶつかったんだよ。ってかいい加減どけ。重いぶはっ!?」
減らず口を叩くと俺の顔面に裏拳がめり込んだ。
ああ、うん、女性に重いは禁句だったな、うん。
「貴様…」
「す、すまん。謝るからもう殴るな」
青短のモニモニした感触の上で土下座。
ってこんな茶番やってる場合じゃねぇ。
「……キーシャ、このまま戦って蛇王に勝てると思うか?」
「………………厳しい、な。ギン・ヴィレがどれ程の実力者か分からんが、奴と化け提灯が参戦したとて、今の蛇王を下せるかどうかだ」
キーシャの言葉に俺も首肯して同意見だと示す。
「キーシャ」
「なんだ?」
「勝つためにリスクを背負う覚悟、あるか?」
「…………」
俺の口にした事にキーシャは目を細める。
そのまま一度目を閉じ、再び開いて答えた。
「………このままでは全滅だ。貴様が私を雇ったんだ。思う存分使い潰せ」
上等。
俺の望んだ以上の啖呵を切ったキーシャ。
俺はそれに頷き、上着とシャツの襟を伸ばして自らの首筋を晒す。
「じゃあ、俺の血を飲め」
「…………」
その一言を聞いたキーシャは、僅かに目を見開いた。
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