戦い終えて。
戦いの事後処理。
戦いを終え、俺達はギンの屋敷の先日作戦会議に使った部屋を訪れていた。
部屋の寝台の上には適当に延命措置だけを施した、くたばり損ないの蛇姫が息も絶え絶えに横たわっている。
「さて…そんじゃキーシャ、頼むわ」
「分かった」
俺の言葉にキーシャは頷き、蛇姫の腕に爪を立てて傷を付ける。
傷から流れ出た血を指先に付着させると、その血をぺろりと舐め取った。
以前に俺にした時のように、蛇姫の記憶を読むための準備だ。
吸血種は血晶魔法の応用で記憶を解析する事が出来るのだが、その為にはいくつか条件がある。
ひとつは、身体の外に出てから一分以内の血液でないと効果が無いということ。
今の時代の人間には細胞一つ一つに微量の魔力が宿っており、血液もその例外なく含まれる。
出血して血液が外気に触れると、その血中に含まれる魔力は時間が経つにつれて霧散してしまう。
記憶を読む血晶魔法は相手の血中の魔力を媒介にして用いるのだが、記憶が読み取れる程の魔力を維持されているのはジャスト一分。
それを超えると霧がかかったような映像しかサルベージ出来ないらしい。
そしてもう一つの条件は、対象が生きていること。
記憶解析のプロセスは血中の魔力を介して相手の魂にアクセスする事が前提条件らしく、魂の抜けた死体では記憶そのものが読み取れなくなるそうな。
………成る程、納得。
魂と魔力が密接に関わっているのは、アルヴィラの魔力で魂を現世に縛り付けられた俺自身がよく知っている。
「………」
蛇姫の血を飲んだキーシャは目を閉じて、蛇姫の記憶をじっくりと解析している。
それを見ながら、俺は蛇姫を生かしておいて正解だったと安堵した。
もし延命措置が間に合わなくて蛇姫が死んでたら、なんとかして暴走した蛇王を生け捕る必要があったし、何より俺の血を飲んで暴走した蛇王の体組織がどんな変異を起こしているか分かったもんじゃねぇ。
下手すりゃ暴走した吸血種の血を飲んでミイラ取りがミイラ、なんてこともあったかも知れねぇしな。
「………よし…読み取れたぞ」
「お、待ってました」
目を開けたキーシャがそう言うと、俺は両手を叩き、嬢とジャコは緊張した面持ちで唾を飲む。
「ひどいものだ。記憶の大半が殺人に関するものばかり、100年以上生きていて三桁を超えるほど人を殺めていた」
「うわっ、ひっでーな。その辺は端折っていいから、排斥派に関する記憶を頼む」
「少し待て。整理する」
そう言ってキーシャは椅子に掛けて酒を一杯煽り、再び目を閉じてこめかみを指先でつつく。
「………殆どは私が知っているものと大差無かったな。どうやら部隊長と言っても、殆ど下っ端と変わらない様だ」
5秒ほど経つと再び目を開けてそう言った。
ちっ、収穫なしかよ。
「……だが。私も知らなかった情報が2つほどある」
「…ん?」
俺が落胆を見せると、キーシャはまっすぐに俺を見て、口を開いた。
「どちらも浅い情報ではあるが、一つは十老の1人に関するもの。もう一つは盟主に関するものだ」
「マジで?」
思いの外デカい情報が釣れたらしい。
組織のトップとその補佐の情報が僅かでも知れるんなら、リスクを背負った甲斐があったってもんだ。
「よーしよし、まずは十老の方を教えてくれ」
「ん。十老の1人…第7師団を擁している者だが、『轟父竜』の異名を持つ古の吸血種の1人のようだ」
…………轟父竜、ね。
昔から噂に聞く『竜』の異名を持つ吸血種、しかも相当な古株と来ましたか。
古の吸血種が敵方に居るってのは厄介だな。
連中は吸血種の存在が確認され始めた頃、すなわち反吸血種思想が最も過激だった時代の生き残りだ。その能力も常人種への憎悪も並々ならぬものだろう。
他の十老も轟父竜なる者と同格の古の吸血種だとすりゃ、この戦争、かなり厄介なことになるかも知れん。
「…それで、盟主の事は?」
嬢が思考に埋没する俺から引き継いでキーシャに問う。
「ああ、盟主は十老の意向で姿こそ表に出すことは無いらしいが、連中からは『姫』と呼ばれ、排斥派に取って絶対の存在として扱われているらしい」
「…………」
姫、と来ましたか。
俺はちらりとアルカ嬢を見た。
「えぇっと…ビットさん?」
「ああ、ごめん。あんたの異名と被ってんなと思ってさ」
「そ、そうね。………私じゃないわよ?」
「アルカ様、狼狽えたら逆に怪しいですよ」
しどろもどろになっているアルカ嬢にジャコが突っ込みを入れている様を見て俺は苦笑する。
まだ俺に明言こそしていないが、穏健派を率い、吸血姫の異名を持つアルカ嬢と、排斥派を率い、『姫』と呼ばれている盟主。
偶然にしては出来過ぎてんな。
一度あいつの所に連れて行くか。幾つか聞きたいことも出てきたし。
………その前にやることが一つ。
「………ギン」
「はいよ」
俺が紫煙を燻らせていたギンへ無造作に右手を差し出すと、ギンは着物の袖から一振りの短刀を取り出して俺に投げ渡した。
鞘から白刃を抜き、俺はゆっくりと、死に損なっている蛇姫の元へ歩み寄る。
「………ビットさん、本当に殺してしまうの?」
嬢が怖ず怖ずと問いかけてきた。
この場で蛇姫を殺さにゃならんことは嬢自身も解っちゃいるようだが、訊かずには居られないというのも分からなくはない。
「ああ。このまま放っといたとしても、この女はどっち道死ぬ。引き出せるもんは引き出した。これ以上生き延びさせてもただの拷問と変わりねぇし、休ませてやるもの慈悲だろうよ」
「言い訳がましい詭弁だがね」と自嘲し、くるりと短刀を逆手に持ち直して振り上げる。
そしてまっすぐに蛇姫の胸へ切っ先を振り下ろした。
「あ゛っ…!」
「…………」
心臓を貫かれた蛇姫の身体がビクリと動き、ガクガクと震えだす。
顔に返り血が飛び散ったが、完全に絶命するまで手は離さない。
そうして十数秒。
「……………………」
最後に一度だけ身体を痙攣させて蛇姫は動かなくなる。
蛇王に続いて蛇姫もその命を終えた。
「嬢」
「っ。はい」
血がべっとりと着いた顔で振り返り、嬢の顔を見る。
「腹、括れよ?」
「……はい」
俺の忠告に嬢が頷いた。
ご意見ご感想お待ちしております。




