蛇 7
気が付けば200ポイント。
ありがとうございます。
一寸先は闇。
そう形容するしかない扉の向こう。
「暗闇の中なら逃げ切れると思ってるのかしらぁ~」
「甘いよねぇ~」
ケタケタと双子の蛇は笑い合う。
明らかな余裕を滲ませている二人だが、その実彼らは然程夜目が効く訳ではない。
だが彼らにはもう一つの『目』があった。
その『目』を用いて二人は臆することもなく暗転した廊下へ足を踏み入れた。
「………!」
「これは…」
暗闇を歩いて数分。
淀みなく歩を進めていた双子は違和感に足を止める。
「く、臭い!」
「この臭い…腐った卵!」
強烈な異臭に闇の中で鼻をつまむ。
エイガンが腐った卵と形容したが、臭いの原因は違う。
それは火山地帯で採れたクズ鉄から出る硫化水素、所謂硫黄臭の原因だ。
ビットが昼間の内に鍛冶屋に届けさせたものだが、それを水で溶かして床に撒き散らしていた。
密閉された空間に広がる臭気は二人の嗅覚を相当に刺激し、目から涙が溢れるほど強烈なものであった。
「め、目の次は鼻を潰してやり過ごそうってのぉ!?」
「む、無駄なのにぃ~!」
しかし、その臭気の中でも二人は迷うことなく歩を進める。
彼らの『目』は鼻に非ず。
双子は確実にビット達へと近づいていた。
「……く、くひゃい…」
「我慢しろ…これも作戦だ」
硫黄臭さに鼻をつまむキーシャへ俺はそう言葉を返す。
硫化水素は有毒性の物質だが、吸血種の二人には然程問題にはなっていない様だ。
蛇共を誘い込んだ俺達は、既に建物の一階部分にまで降りてきていた。
この建物は、使わなくなった娼館をギンの許可を得て対蛇共用に改造した迎撃トラップだ。
俺とキーシャが囮になっている間、嬢とジャコとギン達にこっちの改造を任せていたが、見た感じ不具合はなさそう。
俺の仮説が正しいんなら、これで作戦は上手く行くはずだ。
「嬢、作戦ポイントの位置は?」
「大丈夫。構造は頭に入れてるからまっすぐ着くわ」
ランタンを持って先導する嬢は自信満々にそう言ってのける。
頼もしいね全く。
建物はギンの魔法で簡易的な迷宮になっているが、嬢の記憶力を頼りに俺達は迷いなく奥を目指す。
この建物の目的は連中の五感を奪うこと、そして時間稼ぎだ。
作戦の肝が完全な一発勝負。恐らく二度目は通じない。
だが俺の読みが正しけりゃ大当たりは確実だ。
だから出来るだけ蛇共には目や鼻以外を用いてこっちに来てもらう必要がある。
「……着いたわ、ここよ」
「あ…うん、案内ありがとさん」
嬢が開けたドアから漏れる光に目を細める。
作戦の確認をしている内に作戦ポイントに到着していた様だ。
「アルカ様、ビットさん、お疲れ様でした。……化け猫もご苦労でしたね」
「……ああ。貴様もな、化け提灯」
「あーあー、またアンタはそんなに血まみれになって」
「るせぃ。正直甘く見てたんだよ」
明かりの点いた部屋でギンとジャコが出迎えた。
俺は肩を借りていたキーシャからずるりと身体を降ろしてその場に尻餅をつく。
「……限界か」
「おー…駄目だ、もう立てん」
大の字に寝そべって床の冷たさを感じながらキーシャへ手を振ると、彼女は仕方ないと溜息をついた。
多少身体の熱は下がったが、あくまでも多少だ。未だにまともに動くのは無理だな。
様子を見ていたギンが側に屈み込み、俺の額に手を当てる。
「……使ったね?」
「おう。退っ引きならなかった」
異常な体温を発する俺の身体に手を触れ、状況を察したギンは魔法で氷の山を出し、俺の服の中に突っ込んだ。
氷は俺の熱で直ぐに溶けてしまうが、同時に俺の身体から熱を吸い取っていく。
流石付き合いが長いだけに対応が適切だ。
「っと、時間がねぇ。ギン、用意は出来てるな?」
「当たり前さね。だからお嬢ちゃんをそっちに寄越したんだ」
俺の言葉にギンはコクリと頷く。
仕込みは済んだ。
あとは蛇が穴に落ちるのを祈るだけだ。
それから10分ほど経ち、エイガン達二人はビット達を追って建物の最奥、彼らが逃げ込んだ部屋に辿り着いた。
硫黄の臭気に当てられた二人はひどい顔色で脂汗を滲ませている。
「よ…ようやく見つけたよ…!」
アメイルが光源のない部屋を見回しながら低くそう言うと、エイガンが蛇腹剣を構えて振りかぶる。
「まだ隠れんぼを続けるつもりかぁぃ!?」
そして無造作に蛇腹剣を振り回し、部屋に乱雑に積まれた木箱を叩き切った。
彼らの『目』には、ビット達の姿が視えている。
「馬鹿よねぇ!奥に行けば行くほど袋小路だってんだから!」
「化け猫もカネに目がくらんで裏切るから死ぬようなことになるんだよぉ!」
相手の焦燥を掻き立てるように徐々に声を荒立てながら木箱の山を切り刻んでいく。
粉々になっていく木箱の残骸の奥に、丁度人間が三人収まりそうな大きさの木箱。
「ヒヒッ…」
「これで終わりだよぉ!」
二匹の蛇が鎌首を躊躇いなく振るう。
瞬間、一切の光がない部屋が、強烈に白く染まった。
「っ!?」
「なんの光!?」
暗闇に慣れきった二人の視覚はその閃光に目を眩ませる。
『今だ!キーシャ!』
その直後、視力を失った二人の耳にその声が響いた。
その言葉と同時に蛇の頭上から人影が飛び降りてくる。
「ちぃ!伏兵だって!?」
「甘いよぉ!」
しかし、視力を失ってもなお、蛇の『目』は生きていた。
上から迫ってくる影へ、アメイルは正確に蛇腹剣を巻きつけ、切り裂く。
それだけで人影は真っ二つに裂け、生暖かい液体と塊が蛇姫の全身に降り注いだ。
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