蛇 6
「左後ろ、俺の首根っこ」
蛇腹剣の風切り音を聞いた俺はキーシャにそう指示し、彼女が再び血晶剣を振り回して蛇の鎌首を追い払う。
「ちっ、チョロチョロ逃げまわってぇ!」
「大人しく狩られろよぉ!」
「やだよバァーカ。キーシャ、右後ろ、右足」
中指をおっ立てたままあかんべえしつつ、キーシャへの指示は途切れさせない。
蛇共は性格こそ腐りきった糞餓鬼だが、その実力はまごうことなき本物だ。
挑発してリズムを乱している今ならともかく、油断も慢心も無い状態で襲いかかられちゃギリギリの勝負を強いられる。
キーシャが戦略を無視してでも俺を見捨てないと言い切った以上、俺もそれに応えにゃなるまいよ。
それに。
「……ソード・スレイヴ!」
「っ!」
時間稼ぎも間に合ったみたいだしな。
鎖に繋がれた七振りの血晶剣が俺達と蛇共を分断する様に家屋の屋根に突き刺さる。
……あ、後日家主に謝っとかねーと。
俺の愚考を余所に、俺達を護るように白金色の鎧を着た少女が屋根の上に降り立つ。
「お待たせ、ビットさん、キーシャ」
「おー、ご苦労さん。嬢がこっちに来たって事は向こうの準備は…」
「万全よ」
乱入したアルカ嬢はそう言って俺達にウィンクする。
やれやれ、いい女ってな何やっても様になるもんだね。
「…へー、吸血姫じゃなぁい?」
「まさか本当に裏切ってたとはね、化け猫ィ」
「貴様らよりも金払いが良かったのでな」
嬢の姿を認めた蛇共は舌舐めずりして蛇腹剣を構える。
それと相対する様に嬢達もまた構えをとった。
やる気満々なのはいいけど、嬢達の準備が整ったんなら、こいつらを釘付けにする必要はもうないだろ。
「嬢、キーシャ。作戦の第二段階だ。連中をあの場所に誘い込むぞ」
「承知した」
「任せて」
俺の指示に二人は頷き、蛇共から背を向けて走りだした。
「また逃げるのかぁい!」
「この腰抜けぇ!」
再び逃走を図る俺達を蛇共が恫喝しながら追いかけてくる。
わざわざテメェ等の土俵で戦ってやる義理はねぇよ。
「嬢、左後方からあんたの首を狙ってる。ソード・スレイヴで対応してくれ。キーシャ、右上、お前の脇腹」
「え、わ!」
「はっ!」
俺の指示を聞いた嬢はおっかなびっくりながらも蛇腹剣に対応し、キーシャは然程慌てた様子も無く剣を振るう。
ちっ。やっぱりキーシャが特別ってだけで連携には難があったか。
とりあえず連中をあそこに誘い込むまでは保たせねぇと。
屋根を2つの影を跳びつたい、もう2つの影がそれを追いかける。
戦いの場は娼館街の屋根に移っていた。
眼下の街路には派手な女と女を求めるゴロツキが闊歩する様が浮かんでいて、屋根の上の戦禍など目に入っていないようだ。
時折響く血晶剣がぶつかり合う音も、娼婦や客のざわめきや娼館から響く楽器の音に掻き消されている。
「――――!」
蛇王が何か叫んでいるものの、下の喧騒が邪魔をして何を言っているのか聞き取ることは難しいがそれも当然。
今の時間は娼館街に取ってかき入れ時。一秒でも早く客を取らないと商売上がったりなので、客引きの声がひどく喧しいのだ。
例え向こうに俺達が何を言っても聞き取られることは無いだろう。
まずは『耳』を奪った、次は『目』と『鼻』だ。
「……見えた。あそこだ」
熱暴走寸前の頭で思考を巡らせながら、俺は前方にある三階建ての建物を指差す。
目が痛いほどの光を放つ娼館街の中で、一切の光源が無い石造りの建造物は一際異彩を放っていた。
他の娼館から放たれる光を受けたそれは、最上階の一つを残してすべての窓が鉄板で塞がれている。
思考加速した状態で見てもほぼ完全に密閉されているのがわかった。
「キーシャ、嬢、あそこまで跳べるな?」
「ええ、大丈夫」
「当然だ」
俺の言葉に二人が頷く。
「そんじゃ、害獣駆除の時間だ」
俺の合図で二人は屋根から跳躍し、その建物で一つだけ開け放たれた窓へと飛び込んだ。
「……ぶはぁ…!」
窓から屋内に転がり込んだ直後、キーシャから抱き上げられていた俺は先程よりも更に体を弛緩させて頭を垂れる。
丁度思考加速の時間切れだ。身体がひどく熱い。
多分今の俺の顔、汗とか血でひっでぇ事になってんな。
「ビットさん!?」
「心配いらん。ただの知恵熱だ」
慌てて駆け寄る嬢に対し、キーシャは俺を担いだまま彼女を制止した。
その頬や額にはじっとりとした汗が滲んでいる。
俺の発した熱を直に受けているのだから当然だけど、無理して抱え続ける事はねぇだろ。
「キーシャ…もう降ろしてくれ。肩を貸してくれりゃいい」
「わかった」
キーシャは俺を床に降ろし、熱いのか寒いのかよくわからない体調の俺は肩を借りながらなんとか立ち上がった。
「急ごう…早くしないと奴らが追いついてくる」
『待ぁてぇぇぇ!』
窓の外から聞こえてくる蛇王の声。
それを聞いた二人も俺の言葉に同意し、奥の扉へ急いだ。
「逃がすとおもってるのお~!?」
それから十数秒の間を置いて、二匹の蛇が彼らの飛び込んだ建物に飛び込んでくる。
「……居ないねぇ~」
蛇王エイガンは周囲を見回すが、奥に扉が一つだけある薄暗い部屋にビット達の姿はない。
二人は彼らが建物の奥に逃げ込んだと考えた。
「鬼ごっこの次は隠れんぼかぁ」
「まだまだ遊べそうねぇ」
蛇姫アメイルはその異名を指し示す通り、蛇のようににやりと笑ってドアに手をかける。
開け放たれたドアの先には一切の光が無く、完全な暗闇が二人の目に飛び込んできた。
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