蛇 3
なんか蛇達が子供っぽくなった。
「化け猫ィ。人嫌いの引き篭もりちゃんのあんたが、なぁんでそんな常人種と一緒にいるのかしらぁ?」
艶のある唇を蛇のように大きく歪ませ、爬虫類を思わせる瞳でキーシャを射抜きながらそう言葉を吐く女。
砂糖菓子の様に甘ったるい喋り方、一つ一つの動作に劣情を催させる挙動は男を溶かす娼婦を思わせるが、それらはその奥にあるものを隠すためのカモフラージュだと、長年娼婦の相手をしてきた俺の勘が警鐘を鳴らす。
あれは男を誘う娼婦の『技』と似て非なる『毒』。
一度とぐろに飛び込んだが最後、一息で丸呑みにされる蛇の毒だ。
「貴様に答える義理は無いな、蛇姫」
キーシャは険しい顔で蛇姫、アメイルを睨みつける。
自らの犬歯で親指の腹を噛み切り、右手に血晶の剣を創りだして切っ先を蛇姫に向けた。
「ビット・フェン、傷の再生にあとどれほど掛かる?」
蛇姫の様子を見ているキーシャは、奴に聞こえない様に声を落として俺にそういった。
「……少なくとも五分、ハラワタ持ってかれてるから下手すりゃ倍以上掛かるかも」
腹の傷を押さえてそう答えると、彼女は『ギリギリだな』と渋い顔で呟く。
「貴様が回復するまで時間を稼ぐ。それ次第で第二段階に移行するぞ」
「おいおい、お前昨日二対一じゃ分が悪いって言ってただろうが。俺を捨て置いて嬢の方に行けよ。そんで助けてくださいお願いします」
俺がそう言うと、キーシャは呆れと諦めの混じった顔で俺を見て、小さくため息を吐いた。
「本当に、どこまでも締まらんな貴様は。………断る」
「え?」
そして俺の言葉に否定の声を返す。
「確かに普通に戦うには分が悪い。貴様を庇いながらだと殊更にな。だが貴様は私に『護衛』を命じた。ならばその命令に応えねば、傭兵としての私のプライドが許さん。それに…」
血に汚れるのも厭わずに、キーシャは左腕で俺の身体を抱え上げる。
「カネを受け取って、服まで新調してもらって、それで貴様を見捨てる様な真似をしたら、私は傭兵どころかひとでなしだ」
「………くく」
俺なんかよりもずっと男前な彼女の姿に俺は思わずぷっと吹き出した。
「おい、今は笑っていられる状況じゃあないだろうが」
「くははは、悪い悪い…優しいな、お前」
「やさっ…!?」
蛇姫を睨んでいたキーシャが、その発言を聞くとぎょっとして俺を見る。
暗くて表情が少し分かりづらいが、その頬はトマトみたいに真っ赤に染まってんだろうな。
「こ、こら!今はフザケている場合じゃ…!」
「落ち着けよ。ヘビ子ちゃんが待ちくたびれてるみたいだぜ?」
そう言いながら蛇姫に目を向けると、対岸の屋根で此方を見ている奴さんの気配が、俺の言葉で身体を揺らすのが分かった。
「あぁら、作戦会議はもう終わりぃ?」
右手の剣を弄んでいた蛇姫が甘ったるい口調でそう言葉を吐く。
………この女、完全に俺らのこと舐めきってんな。
「随分緊張感が無いみたいだけどぉ、そっちの美形ちゃん、エイガンにやられたんじゃなぁい?」
「さて、どうだかね」
軽い口調ではぐらかして見せるが、漂う血の匂いは誤魔化しようがない。
やっぱりあの浮浪者は蛇王の変装だったか。
未だに俺達の前に姿を現さないのは、俺かキーシャを確実に仕留める為だろうな。
正直なところ、俺は足手まといにしかならんが、キーシャの意思を尊重するとしよう。
「……頼むぜ、キーシャ」
「了解した!」
俺を抱えたままキーシャは蛇姫に背を向け、屋根の上を駆ける。
「アハハハハハハ!鬼ごっこかしらぁ?…逃がさないよぉ!」
脱兎の如く駆け出す俺達を蛇姫は笑いながら追ってきた。
人ひとり抱えている差か、徐々に距離を詰めつつ蛇姫が剣を振るう。
「シャァッ!!」
「っく、はっ!」
ぎん、と血晶がぶつかり合う音。
俺の喉を狙った剣閃をキーシャが辛うじて弾いたのだ。
「ほらほら、上手く防がないと美形ちゃんの綺麗な顔がグチャグチャになっちゃうよぉ!」
「ぬ、ぐ、ちぃっ!」
ぎゃりん、ぎぎんと火花が散る。
次々と振るわれる剣戟を、キーシャは屋根の上で八艘飛びを演じながら的確に防御した。
蛇姫の剣は執拗に俺を狙い続けている。
蛇姫はキーシャが俺を護るため、逃げに徹しているのに気付いているのだ。
裏切り者の粛清とアルカ嬢達の暗殺が主目的の筈なのに、わざわざ嬢の手掛かりである俺を狙うとはこの女、性格が腐ってんな。
恐らく護衛対象である俺を殺すことでキーシャの傭兵としてのプライドをへし折りに掛かってやがる。
俺を殺してからキーシャの動揺を誘い、捕まえて拷問なりなんなりして嬢の居場所を突き止める腹積もりだろう。
そして未だに姿を隠している蛇王の存在。
奴の狙いも蛇姫と同じく俺を殺すことならば、自ずと攻撃するタイミングは見えてくる。
奴が再び手を出してくるとするならば…!
「っ!キーシャ!下っ!」
「!」
「シャァッ!!」
蛇姫の攻撃の隙だっ!
がぃん!と一際大きい音が響く。
屋根を飛び移る瞬間、建物の隙間から飛び出した剣の切っ先を、キーシャが咄嗟にズラして直撃を避けた。
鋭利な血晶の刃が俺の後ろ髪とキーシャの前髪を数本切り取っていく。
それに追従するように、襤褸を纏った男が屋根の上に飛び出してきた。
屋根に着地した男が頭を覆っていた布を外すと、ターバンを頭に巻いている、蛇姫とよく似た顔立ちが顕になる。
「あぁ~あ、ばっちりのタイミングだったんだけどねぇ~」
「もぉ、エイガンったら何やってんのよぉ!」
男、蛇王ことエイガンがニヤけながらごちると、蛇姫が不満気な顔で蛇王の隣に立つ。
こうして見るとそっくりな顔なので、双子の吸血種の名に偽りがない事が見て取れた。
蛇王の手にはウロコ状の刃が何枚も連なった鞭のような血晶剣が握られている。
あれがヘビのように伸びて俺達を狙ったらしい。
「それにしても、俺の蛇腹剣を弾くなんてやるねぇ~、化け猫ィ」
そう言いながら蛇王が軽く剣を振ると、垂れ下がっていた剣の刃が縮こまって湾曲を描いたサーベルの形を取る。
蛇の吸血種だから武器は蛇腹剣とは、徹底してるな。
「ヒヒヒ、そっちの男、まだ生きてたんだぁ~。結構バッサリ行ったんだけどなぁ~」
蛇王は俺の様子を伺いながらサーベルの峰をぬらりと舐める。
その舌は先端が二股に割れて細長く、本物の蛇と錯覚した。
「へぇ~、エイガンが殺ったと思ったのに死んでないなんて、なんでぇ~?」
同じく細長い先の割れた舌で唇を舐める蛇姫。
……あ、なんか嫌な予感。
「その男、ただの常人種じゃぁないねぇ~」
「血の味はどんなだろぉ~?」
蛇の様な緑の瞳が俺を射抜く。
その目は俺のことを、ただのエサとしか見ていない。
二人の蛇は空いている手を血晶剣で傷つけ、もう一振りの剣を作り出す。
「……キーシャ、傷の再生にはもう少し掛かる。………言いたいことは分かるな?」
「……っ」
俺の言葉に、キーシャは瞳に険しいものを宿しつつも一つ頷いた。
「裏切り者の化け猫は吸血姫の居場所を吐かせて殺す」
「男は血を吸い尽くして殺す」
「吸血姫は手足と首をバラして殺す」
「化け提灯は顔のカボチャを剥いで殺す」
「「楽しい狩りの始まりだ」」
蛇達の声が重なる。
そして四振りの蛇腹剣が俺達に襲い掛かった。
蛇腹剣は元々機○界ガ○アンから生まれた武器なので武器名はそのままにしました。
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