刺客
夕陽が街に差し込み、石造りの道を紅く染め上げる中を俺は歩く。
やー、二人の赤い顔は眼福でしたな。
痩せぎすでゴロツキにボコられるようなショボい男が、まさか男娼やってるなんて夢にも思っていなかったって顔、愉快痛快不死人くん。
今の今まで黙っていた甲斐があったというもの。これだから女を誑かすのはやめられない。
…………って、いかんいかん、幼気な少女をいじくり回すのは俺の悪い癖だ、自重自重。
この場にギンが居たら、『アンタに取っちゃ大概の女は幼気な少女だろうに』とか言われそうだけど。
そのギンから呼び出し食らって職業教える破目になったんですけどねー。
さーて、仕事仕事っと。
「アンタに取っちゃ大概の女は幼気な少女だろうに」
「うーわー、予想してた回答ど真ん中とかつっまんねー」
俺がそう言った直後、顔面に拳がめり込んだ。
「殴るよ」
「…………殴ってから言うなよ」
打たれた頬を擦りながら、殴ったギンに抗議する。
しかしギンはふんっと鼻を鳴らすだけだった。
うん、俺が悪いもんね。
「で、今日の相手は?」
「あたし」
…………うん?
ギンの返答に俺は耳を疑う。
「ごめん、もっかい」
「あたし」
うん、聞き間違いじゃない。
「お邪魔しました」「待ちな」
踵を返した俺の襟首をギンががっちりと掴む。
「………いっ…」
掴まれた瞬間、俺は全身を引き攣らせて戦慄いた。
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!もう木乃伊になるのは嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
「だー!喧しい!今日はそういうので呼び出したんじゃないから!!」
バタバタと暴れる俺をギンが羽交い締めにする。
俺がここまでギンの相手を嫌がる理由。
それはこいつの底なし加減だ。
こいつが娼婦だった頃、相手にした男が干からびるまで搾り取るなんぞザラ、下手すりゃ腹上死すらあった程。
俺なんて干からびても魔力が補充されるから実質無尽蔵、ギンが本当に満足するまで貪られる。
そういう経験があって俺はギンの相手はトラウマになっていた。
「………じゃ、じゃじゃじゃ…じゃあ、なななんで呼び出した…」
「相も変わらず、小物臭いというか、尻の穴が小さいというか…」
半泣きで壁際にへばりつく俺に、ギンが呆れ顔で頬を掻く。
ギンはため息を吐き、振り返って戸棚を漁り始めると、怯える俺の前にドンッと一本の瓶を置いた。
ちゃぽんと内部の液体が揺れる。
「ただの酒盛りだよ。たまには馴染みと呑みたいと思うもんさ」
そう言ってギンはニカッと笑った。
「ほー、吸血種を匿ってんのかい」
「ああ、見てて面白そうだと思ったんでな」
杯を傾けながらそう言うと、ギンの目に呆れが混じる。
昔から俺がこんなんなので半分諦めてるな。
ギンにアルカ嬢達の事を話した俺だが、ギンから彼女達の事が漏れる危険は考慮していない。
昔からの付き合いだし、コイツはダチを売る真似をする奴じゃない。
口も固いからポロッと零すことも無いだろうしな。
俺は杯の中身を飲み干し、卓の上に杯をカンと鳴らして置く。
「………なあギン、ちょい頼みがあんだけど」
「なんだい、藪から棒に?」
酒に当てられて少し赤くなった頬を撫でながら、ギンは俺に目を向ける。
「もしかしたら、街を出ることになるかもしれん」
「嫌だよ」
内容を話す前に断られた。
「………まだなんも言ってねーだろ」
「大方、『青猫亭の二人を頼む』とかだろう?アンタの言いそうなこったね」
読まれてた。
伊達に長い付き合いじゃないな。
「………駄目か?」
「駄目とかじゃないよ。アンタ自身で折り合いつけなって意味さね。特にレイラちゃんに対しては」
…………。
ギンの忠告に俺は目を伏せる。
脳裏にジェイクとレイラちゃんの顔を思い浮かべた。
確かに、あの子に対しては不義は許されない。
「………とりあえず、話はしてみる」
「それがいい、それでいい。ごちゃごちゃ考えるよりもドタバタしてるアンタの方が、あたしは好きだよ」
煙管を咥えながら、ギンはカラカラと笑った。
それを見て俺も頬が緩む。
「ハハッ、何べん惚れ直した?」
「数えるのも忘れたほどさね」
しばし熱い視線で見つめ合う。
「「………ぷっ……あはははは!」」
軽口の叩き合いに俺達はゲラゲラと笑い合った。
「ふはぁ…」
夜の帳が下りたガルサの街並みを俺はほろ酔い気分で歩いている。
ギンはああ言ってたけど、俺がガルサを去ったらなんだかんだで青猫亭の二人を面倒見てくれるだろう。
酒で火照った身体を秋の夜風が冷ましてくれる。
「……少し近道するか」
あんまり遅いとまたレイラちゃんに怒られる。
俺は大通りから少し逸れて路地裏に足を向けた。
「…………?」
路地裏に入った直後、俺は足を止める。
「…………」
進行方向には人影が立っていた。
全身を真っ黒なマントで覆ったその人物は、俺の行く先を阻むように路地裏の真ん中で仁王立ちしている。
怪訝に思いながらも俺は通り抜けようとその人物に歩み寄った。
「ちょいと悪いね、通してもらえる?」
「…………」
黒マントは少し右にズレて俺に道を譲ってくれる。
手を挙げて謝意を示しながら俺は黒マントとすれ違う。
「……………アルカ・ドリィ、ジャクリーン・ターナ」
「っ」
声の質からして女。
その声から発された名前に、俺は一瞬身体を強張らせた。
「当たりか」
「ッ!ガッ!?」
頭に衝撃。
いつの間にか女が持っていた『紅い棍棒』で、俺は頭を殴られて一瞬で意識を失った。
ご意見ご感想お待ちしております。




