現状整理
次回辺りから状況が動く………といいなぁ。
アルカ嬢達が青猫亭に宿を移した翌日。
「ふあ…あぁぁ…あふ」
俺は昼ごろに目を覚まし、欠伸を噛み殺しながら部屋を出てきた。
バリバリと頭を掻きながら下階へ降りると、アルカ嬢達が食事をとっている。
お、今日の昼飯はサーモンのソテーか、美味そう。
「おはようさん」
「ええ、おはよ…!?」
「お早うございま…っ」
二人が俺に目を向けると、ぎょっと俺を見た。
「んん?どしたん?」
「……ビットさん、前はだけてる」
俺から視線を外しながら怖ず怖ずとアルカ嬢が指摘する。
視線を下ろせば、シャツのボタンが外れて鎖骨とか胸元がセクスィーな事になっていた。
いやん。
「あらいやだ。アタシったら」
「気持ち悪いわよバカビット」
「いったぁ!?」
飲み屋のオネエ様っぽくおちゃらけながらボタンを留めると、レイラちゃんの投げたトレーがこめかみにクリーンヒット。
うう、ちょっとした冗談なのに…。
「ふぁ……あふ。ジェエエェェイク。飯ぃー」
「………あいよ」
欠伸をしながらいつものやりとりを済ませ、俺はアルカ嬢達の前の席に座る。
他の宿泊客達は既に仕事に出ている様だ。
「よう、昨日はぐっすり眠れたかい?」
「ええ、お陰様で」
俺の言葉にアルカ嬢は頷き、ソテーの一欠片を口に放り込む。
いちいち動作が様になるなぁ。ホントにどっかのお貴族様か?
煙草に火を点けて血の巡りが悪い頭にニコチンを補給しながら、そんな事を思う。
しかし、千年を超える俺の記憶の中には『ドリィ』という姓の家系は存在しなかった筈だ。
………十中八九偽名かな、こりゃ。
ま、そっちに関しちゃ追々探りを入れるとして。
「お待ち遠様。アンタの分のご飯」
「イヤッホゥ!」
まずは飯だぁ!
「……げふっ。ごっそさん」
たらふく食い終えた俺は膨れた腹を軽く撫ぜる。
その様子にアルカ嬢はいつもの様にぷっと吹き出した。
「おっと、悪いね、毎度毎度」
「ううん、見ていて気持ちいいくらいの食べっぷりだったわよ」
クツクツと笑いながらアルカ嬢はその金の目を細める。
俺が道化を演じている理由を探ってるみたいね。
懐疑の視線を冷ややかに受け流しながら、俺は親指を階段へ向ける。
「さて、飯が済んだら昨日の話の続きと行こうか」
俺たち3人は昨日と同じく俺の部屋に集まっている。
「んじゃま、色々すっ飛ばして本題に入ろうか」
脚を組んで椅子に座る俺は、ベッドに腰掛けるアルカ嬢とその横に立つジャコへ話を促す。
前置きもへったくれもないが、昨日の時点である程度話をしたのだからする必要もないだろう。
「ええ、そうね」
俺の意図を察したアルカ嬢も俺の言葉にコクリと頷く。
「そんじゃあ、まずはあんたら穏健派と排斥派の組織的な規模、具体的な人数、そんでもって、あんたらのトップについてを聞こうか」
つらつらと一息に訊きたいことを言い並べると、最後の項目を口にした辺りでアルカ嬢の目が少し細まった。
「………規模としては穏健派よりも排斥派の方が圧倒的に勝っているわ。穏健派の人数は凡そ1000人、排斥派はその10倍といった所かしら」
アルカ嬢はそこまで言って一度言葉を切る。
10:1か…圧倒的に排斥派が有利だな。
それだけ反吸血種思想の被害者が多いと言えるのか。それとも排斥派の頭のカリスマ性の成せる業か。
どちらにせよ、嬢達の状況が思った以上に切迫していると改めて理解した俺は、顎をしゃくって嬢に続きを促した。
「………私達のリーダーについてだけど、それが一体誰なのかは、分からないのよ」
「………へぇ。素性も知れない奴にあんたらは従ってんのか。意外と頭軽いのな」
その発言を聞いた俺は敢えてアルカ嬢を見下す様に肩を竦める。
次の瞬間、俺の全身が殺気を向けられて総毛立った。
「!!!」
「ジャコ!」
「ッ……申し訳ありません。出過ぎた真似を」
秒と待たずアルカ嬢に諌められ、張本人であるジャコが俺への殺気を収める。
右手には紅い血が血晶魔法でナイフ状に固めて握られていた。どうやら親指の爪で人差し指を切って創ったらしい。
怖い怖い。やっぱり昨日の大立ち回りは手ぇ抜いてやがったな?
だが、今ので確信が持てた。
多分アルカ嬢は穏健派のトップ、あるいはそれに準ずる地位に居る人間だ。
それが周囲にバレれば、彼女はただの吸血種以上の脅迫材料になり得る。
常人種との共存という青臭い思想を本気で抱いているのも、組織を立ち上げた当人と言うのならば納得できる。
……ま、本人が自分から打ち明けるまで知らん振りするがね。
「ごめんなさいビットさん」
「構わないさ。知らんことを教えられる道理も無い。……そんじゃ、相手方のリーダーについて何か知ってることは?」
「…………ごめんなさい」
アルカ嬢は俺の問いに目を伏せる。
………ふぅん、こっちの方は本当に知らないみたいだな。
まあ、幾ら数の少ない吸血種とはいえ、穏健派に比べて排斥派の規模は大きく上回ってるのなら、トップの特定は難しいか。
「………今までの話を聞いた俺の出した結論だが、あくまでも俺の主観に基づくモノだし、場合によってはあんたらの気分を害する事になると思うが、聞くかい?」
「………いいわ。聞かせて」
アルカ嬢は俺の言葉に固唾を呑んで頷く。
「とりあえず結論から言わせてもらうと、今のあんたらじゃ排斥派をどうにかするのは無理だな」
そう言った瞬間、ジャコの瞳がギラリと光った。比喩じゃなくぐぽーんと物理的に。
うん、いきなり無理って断じられたら怒るよな。
でも事実だから仕方ねーだろ。
あ、嬢のひと睨みで光が消えた。
「……理由を聞いてもいい?」
「まず単純に数の差で負けてる。シンプルだが分かりやすいだろ」
俺は右手の人差し指を立てる。
数の差というのは分かりやすい力の差だ。ちょっとやそっとでひっくり返すのは難しい。
俺の言葉の意味を理解したらしく、アルカ嬢は重々しく頷いた。
「次に、あんたらの『敵』は排斥派だけじゃないこと。意味は分かるかい?」
「………いいえ」
アルカ嬢は俺の問いに首を横に振る。
意外と気付かないもんかね。
「答えは、常人種だ」
俺が中指を立ててそう言うと、嬢もジャコも目を見開いた。
「な、何故?私達は彼らとの敵対意思は無いのに」
「ンなモン、向こうに取っちゃ関係ないやね。未だに吸血種は常人種から色眼鏡で見られてる。健派と排斥派の争いも、所詮はバケモン同士の内輪揉めと思われるのが関の山。上手いこと取り入っても、利用するだけ利用してポイだろうな」
立てた人差し指と中指を閉じて開いてハサミを作る。
蜥蜴の尻尾切りなんてのはよくある話だ。
しかも切るのは吸血種。
吸血種相手なら良心の呵責なんぞありゃせんわな。
最悪一網打尽で奴隷行きもあり得る。
「他にも理由は色々あるが、とりあえず挙げられるだけでもこの2つで致命傷、俺に言わせりゃ今まで生き残ってたのが不思議なくらいだ」
「…………………………」
俺の見解にアルカ嬢はがっくりと項垂れた。
今までの努力を一気にブチ折る発言を聞かれりゃ、どんなに芯が強くても流石に落ちるか。
だが気付かなかったとは言え、ここまで不利な状況でも諦めなかった彼女の胆力は評価に値する。
………やっぱり、永いこと生きてると面白い人間に出会えるもんだ。
「ま、致命傷っつっても、打つ手が無い訳じゃない」
「本当!?」
俺の言葉にアルカ嬢が身を乗り出す。
おお、さっきまでの落ち込みが嘘みたいな食付き。いや、落ち込んでいたからか。
「まま、ちょい落ち着いて。俺の言う『打つ手』も、色々準備が必要なもんでね」
「で、でも…」
アルカ嬢は少し不安そうに目を泳がせている。
あー…現状を伝えるにしても、もうちょいボカして言うべきだったか。
己の配慮の無さに少し苛立ちながら、俺は頭を掻く。
「大丈夫、あんたらのボスが無事なら、穏健派も息を吹き返すって」
ボスはあんただろうけど、と心の中で付け加えながら俺はアルカ嬢をたしなめた。
そしてこれからどうするかと切り出そうとしたその時、コンコンとドアが叩かれる。
「ビット、ギンさんの使いの人が来たよ。…………仕事だって」
「…………バッドタイミング」
ドアの外に居るレイラちゃんの言葉に、俺はがくんと頭を落とす。
本腰を入れて話そうとすればこれだ。
「不安にさせて悪いけど、これから仕事だ。詳しく話を詰めるのは明日だな」
「え…あ、ええ、分かった」
俺が手を挙げて謝意を示すと、アルカ嬢がひとつ頷く。
そして上着を羽織る俺に声を掛けた。
「……そう言えば、ビットさんの仕事って?」
「あー?男娼だよ」
娼婦専門の、と肩を竦める。
「………………え?」
俺の返答に、ジャコの目の光が点になる。
「…だん…しょう?」
アルカ嬢の顔が徐々に真っ赤に染まる。
「そ。酒盛りの相手から夜のお供まで、お手軽プランで貴女も満足。………お嬢ちゃんにゃ刺激的すぎたか?」
ドアを出る間際、パチリと軽くウィンクする。
部屋を出てドアを閉める際、ボンッと二人が赤面するのが見て取れた。
ははは、ウブだこと。
読者様の声が私のガソリンです。
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