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1-14

 ――鈍い頭痛と共に、私は目を覚ました。

 咄嗟に痛む箇所に手を伸ばそうとして、両手が後ろ手に縛られている事に気付く。両足の方もそうだ。紺色の紐できつく縛られている。

 そして馴染みのある匂い。それは、私が最近まで愛用していて、ランと別れてから使わなくなった香水の匂いだった。

 そこで、状況を完全に理解する。

 私は昨日の夜、アカリに呼び出されたと思ってバーに向かって、そこでランに遭遇したのだ。

 彼女はどうしてかアカリの携帯をもっていて、それで私は彼女になにかあったのではないかと思ってランに詰め寄り、そこで側面から誰かに頭を鈍器で殴られた。

 バーには店主以外誰もいなかったから、普通に考えれば店主に殴られたという事になる。初めて訪れた店だったので、本物の店主がたらしこまれたのか、別の誰かが其処に居たのかは不明。

 いずれにしても、あの店はランの息がかかった場所だったのだろう。

 だからおそらく誰にも見られずに、私は裏口あたりから車に乗せられて、今、こうしてアンティークな家具でまとめられた寝室に囚われている。

 右のこめかみの少し上辺りから断続的に続いている痛みの方は、眉間を動かしたりするとズキズキと主張を強めるが、何もしない分には特に問題はなさそう。

 血も乾いていて新たな出血もなし。どうやら思っていたよりはずっと軽傷で済んでいたようだ。

 衣服も昨夜のまま。

 だとしたら…………あった。

 腰のベルトの裏側に仕込んである折り畳み式のナイフの感触に、私は安堵の息を吐く。

 上着の内ポケットに仕舞ってあったスタンガンや催涙スプレーは奪われてしまったようだが、或いはそのおかげで一番のお守りは見逃されたようだ。プライベートで会うとき持ち歩かなかった事も幸いしたのかもしれない。

 なんにせよ、これで拘束は解けるだろう。

 慎重にナイフの刃を取り出し、それを右手にもって、小刻みに右腕だけを上下させ、手首を拘束している紐を切断していく。

 大体、五分くらいで作業が完了した。これが頑丈なロープだったら、そもそも切断もできなかっただろうから、その点も幸運だった。

 ただ、この幸運は同時に、長時間私から眼を離すつもりがない事も意味しているはずなので、あまり楽観はできない。


(――正解ね。外にいるわよ。一匹。あなたを瓶で殴った奴じゃないかしら?)


 頭の中にシズカの聲が響いた。

 現実世界で前に話た時よりも声が柔らかい。という事は、先程まで見ていたあの夢を、私達はちゃんと共有しているという事だ。それは普通の夢では今まで一度もなかった経験なので、やはり私たちは『常夢』の中に居たという認識で良さそうだった。


(代わって、私がやるから)


 平坦なトーン。それで、彼女がドアの先にいる誰かを殺すつもりなのがわかった。

 達成自体は造作もないだろう。彼女は私と違って圧倒的に暴力に愛されているからだ。そういう特別な才能をもって、彼女は生まれてきた。そして幼い頃と違い、その使い方ももう良く判っている。

 けれど、それはあくまで殺す事だけであり、殺人後のリスクまで排除できるものではない。

(そこまでする必要はないよ。多分、携帯を持っているだろうし、それを奪って通報する。それだけで十分だ)

(でも、それをしたら今日一日刑事機関に拘束される事になるわよ? 気持ち悪くてむさくるしい男しかいない空間。嫌じゃない? あなたに耐えられるの?)

(本当にそうだったら、ちょっとわからないけれど。まあ我慢するよ。外で聴取してもらえるようにもする。だから、君は眠っていればいい。……たまにはね)

 そう答えて、私は全ての権限をシズカに預けた。

 瞬間、彼女は脱兎のごとく駆けだして扉を蹴破り、一切の停滞なく壁に背中を預けていた男の急所をその身体が浮かび上がるくらいの勢いで蹴り上げ、両膝が地面についたところで髪を乱暴につかみながら右膝を顔面に叩き込み、ひっくり返って仰向けになった男の脇腹に爪先を突き立てて血反吐を吐かせ、


「殺しはしない。でも、それだけよ。この身体を傷つけたんだもの。一生、苦しんでもらわないとね」


 実にシズカらしい暴力性を発露しながら、艶然と微笑んだ。


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