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 あらためて、私は真っ白な部屋に戻り机の前に腰かけた。

 昏睡する前の私よりも、今の私は多くの事を思い出している。シズカを見つけた事で、多分必要なことは全て取り戻せたのだと思う。

「ねぇ、本当にいいの? 今ならさ、私を――」

「莫迦だな。起きた時に君がいなかったら、誰が危機的状況にいるであろう私を助けられるんだい?」

 傍らにいる彼女の戯言を呆れ交じりに流して、ボールペンを手に取り記入欄にあった疑問を順番に埋めていくことにする。

 思い出す事が目覚めには重要なようなので、多少は詳細に語った方が良いのだろうか。それも意識しつつ答えを出していく。


『あなたの名前はなんですか?』

 私の名前は神薙イズミだ。

 漢字で表記した場合、静、と書くので大抵の人はシズカと読み間違える。……あぁ、そういえば、セイ、と読み間違えた教師も一人いたな。なかなかない間違えだったので、今でも覚えている。


『あなたの年齢はいくつでしょう?』 

 私の年齢は二十五歳だ。現実世界の今日が、私が意識を手放した12月24日ではなく5月12日にでもなっていない限りはそうなる。


『あなたの性別はどちらでしたか?』

 すでに記入済みだし、他に書く事もない気がするが、もちろん私は女性だ。男なんて悍ましい化物であるはずがない。


『あなたの家族構成はどのようなものだったかな?』

 この質問の答えは時期によって多少変わる。けれど、少なくとも生まれてから今の今まで、私には姉も妹もいなかった。

 八歳の時までは実父と実母と私の三人。

 十歳以降は、実母と私の二人という事になるのだろうか。

 今母がどこに居るのかは知らない。公園で死体が見つかってから一月も経たずに出て行って、それきり会っていないから。

 まあ、一応、私が高校を卒業するまでは毎月お金は振り込んできていたので、その時期までなら生きていたことが確認されてはいるのかな。

 出来ればもう死んでいて欲しいけれど、生きているにしても、子供だけは産んでいなければいいと思う。


『あなたにとって最も大切な他人は誰ですか?』

 当然、アカリだ。

 彼女は私達の全て。彼女がいなければ、私達はきっと今生きていない。

 明るくて優しくて、少し無鉄砲で、正義感が強くて、だからずっと私達に囚われている愛しい幼馴染。

 彼女さえいれば、他人なんてもう要らない。

 ……でも、幸せになって欲しいとも思うんだ。これも、本当の気持ち。多分、私だけじゃなくて、シズカもそうだと思う。


『あなたの今の恋人は誰?』

 マイだ。獅子谷マイ。最近になって付き合い始めた。

 もちろん、ランと別れてからの事だ。私の方が浮気をしたことは、これまで一度だってありはしなかったからね。

 ちなみにランと別れた理由は、怖くなったから。

 化粧の仕方とか口紅とか時計とか、そういう部分の真似事くらいなら別に気にならなかったんだけど、先月私と同じ身長にするために両足の骨を切断したのが判明した時に無理だと思った。

 そもそも、最初に身長を揃えようとしたのも理解できない。普通、完璧に誰かに成りたいという願望があったとしても、最初に弄るのって顔とかじゃないの? まあ、整形までして私の顔を真似られても、それはそれで無理だけど。


『あなたが今も隠し続けている罪は何ですか?』

 十歳の時に人を殺した事、になるのかな。

 私達は、その罪を当時巷を賑わせていた猟奇殺人鬼に押し付けた。顎をのこぎりで切断し、口の一部を攫ってから、公園のトイレに捨てたのだ。

 もちろん、子供の私達の力では死体をそこまで運べなかったので、母にも手伝わせた。これが明るみになれば自分も破滅する事くらいは理解できていたからだろう、従わせるのはそう難しくなかった。

 翌日の深夜、死体から血が抜けきったところで車で公園の前まで移動して、それから三人で死体をそこまで運んで、あとは運に任せた。

 結果、私達は特に疑われる事なく、また猟奇殺人鬼も未だに捕まっていない。

 刑事機関の杜撰さに感謝といったところだが、それ以上に殺人鬼がその時期に大量に死体を拵えてくれたのが幸いしたのだろう。他にリソースを割く余裕がないくらいに刑事機関を忙しくしてくれたから、私達は見落とされたのだ。

 そういう意味でも、殺人鬼の存在は非常に好ましいものだった。事件の背景を追いかける程度には、ファンにもなっていた。


『あなたが最も後悔している事は?』

 後悔している事は山ほどある。今の状況とかもそう。

 でも、一番後悔しているのは、高校時代に同級生の男子を始末しようとした事、なんだと思う。

 百目鬼ナオヤ。

 アカリがもうじき結婚する相手。

 私はその男がどうしても許せなくて、線路に落ちることにした。その男に魔法を使って、衝動的に私を落とさせたのだ。

 生まれて初めて、私は自分の意志で、いつも開きっぱなしでどうしようもない魔法という蛇口を最大にまで開いた。

 効果は抜群だった。普段は私に興味をもっていなかった希少な男ですらも、独占欲に突き動かされて私を線路に落として、落としたところで我に返った。そこで魔法を抑えたからだ。

 そのままただ私を見下ろしているだけだったら突き落とされた事を証言して殺人未遂に仕立てるつもりで、慌てて助けに降りてきた場合はうまい具合にもたついて電車に轢かせるつもりだった。

 どちらにも転ばなかったのは、その前に別の誰かが落ちたから。

 その所為で電車は早い段階でブレーキをかけて、思ったより猶予が出来てしまって、私もまったく想定していなかった事態に動揺していたから、あの男に引っ張られて線路脇の避難スペースまで無駄なく運ばれてしまった。

 そうして生み出された猶予を使ってあの男は落ちた女性の元に駆け寄り、誰も死なない結果を導き出したのだ。

 きっと、普通の人にはできない事。勇敢で冷静で、優しい。

 嫌な奴だったら、良かったのにね。


『あなたが手にする事を永遠に失ってしまった経験は、いったいなんだったかしら?』

 別に、子供を欲しいなんて一度だって思った事ないけれど、妊娠、という事になるのかな。

 なにが直接的な原因だったのかはわからない。乱暴のどれかで壊れた。それだけ。


『あなたは今日、なにをするつもりでしたか?』

 此処に来るまで、私はまだ結論を出せていなかった。

 アカリまで男に穢されたという気持ちを消す事がどうしてもできなくて、祝福するなんて出来そうになかったから。

 けれど、当時の気持ちを思い出して、ようやく選べるようになった気がする。

 あの電車の事件のあと、私とアカリの関係は最悪だった。私の魔法にもある程度察しがついていたのか、私がそれを意図したことに気付かれてしまったからだ。

 だけど、その関係の修復に一役買ったのがあの男だった。

 今でも正直信じられない話だけど、自分を殺そうとした相手と恋人との関係を、あの男は必死になって繋ぎとめてくれた。

 その助力が無かったら、間違いなく今の私とアカリの関係はなかった。きっともっと歪んで、どうしようもないものとなっていたはずだ。

 その点に関しては、本当に感謝している。

 まあ、それでも、男である時点でどうしても怖くて、好きにはなれないけれど。それでもきっと彼女を幸せに出来る特別なヒトだとは思うから。

 だから、私は今日、招待状に〇をつけてポストにそれを投函する。二人を、祝うために。


                §


 ……さて、これで記入欄は全て埋まった。

 はたして私は無事に目覚める事が出来るのか。その答えは、頭上から降りてきた螺旋状の階段が示していた。

 私はシズカの手を取って、一緒にその階段を上り――


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