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……記入欄は一つを除いて依然白紙のままだった。
きっと全てを埋めれば、私は全てを思い出す。或いは、現実の方で忘れていた記憶すらも、思い出してしまう。
「――それが嫌なら、捨ててしまえばいいのよ。あなたには簡単なことでしょう? もちろん、私は絶対に許さないけれど、でも死人に口なんてないからね。どちらが利口かなんてわかりきってる」
首筋に細い腕をからみつけて、耳元でシズカが囁く。
甘く嗜虐的な声で、くすくすと彼女は嗤う。
凄まじい憎しみが、そこには滲んでいるようだった。同じ痛みを味わえと、叫んでいるようでもあった。
当然だと思う。
私はそれだけ彼女に押し付けてきたのだ。
ずっと、ずっと。
そして、そのツケが――
「――ここが現実なら、一度で済んだのにね。何度も殺さなきゃダメなんて、本当に面倒。でも、いいわ。何度だって殺してあげる。何度だって何度だって殺してやる!」
今度は頭の中にシズカの声が響いた。
傍にいる彼女ではない、別の彼女の声。
「――あの子を傷つける奴は、私が全部殺してやるっ! なにもかも、全部っ!」
狂おしいほどの憎悪と、悲壮ともいえる決意を孕んだ叫び。
それで、当たり前の事に気付いた。
シズカは実在しているのだ。この世界の呪いの主と同じで、私の願望や罪悪感、歪んだ記憶から生まれた幻影ではなくこの世界にいて、そして、いつものように私の傍にいてくれた。
ついさっきまで、そうだったのだ。
「……本当、最低だな。こんなに違うのに。なんで、こんな当たり前の事まで忘れていたんだろう?」
呟き、私は席を立つ。
つまらない葛藤はもう終わり。私はようやく答えに踏み出す事が出来た。
絡みついていた彼女はもういない。きっと、それが偽物だと気付いてしまったからだろう。
まあ、別に問題はない。
呼吸を一つ整えてから、私は彼女が去っていった扉を潜る。
するとそこには、床に背中を押し付けられながら、大きな鉈を手にしたナイフでなんとか受け止めているシズカの姿があって――瞬間、それは悍ましいあの男に首を絞められているアカリの姿へと切り替わった。
以前、見た事がある光景。
私の手にも、以前と同じように、いつのまにか折り畳み式のナイフが握られていた。
……あぁ、そうだね、そうだった。
音を殺して二人の元に近づいていき、私は逆手に持ったナイフを躊躇わずに奴の首筋に突き立てる。
鮮血が噴き、男が倒れた。
シズカは驚いたような表情を浮かべていた。
「変な反応だね。二度目なんだから、上手くやれるよ」
「あなた……」
「思い出したよ。あれは私達でやったんだ。あの時は、君独りの力じゃ届かなかったから。でも、そのあたりの事を全部、私は忘れていた。この夢の中に落ちるまで」
男の幻影が消える。
私は空いている方の手を彼女に差し出す。彼女は怯えたような表情を浮かべる。
「……いいの? ……もう、一人で帰れるでしょう?」
「あぁ、そうだね。だからここに来たんじゃないか。私だけでは一人未満なんだから」
自分とまったく同じ姿をしている彼女。
脆弱なこの心を守るために生まれてくれた奇跡のような半身に、私は微笑む。
「それに、実はまだ自分の名前が思い出せなくてね。だからさシズカ、私の名前を呼んでよ。いつものように」
「……嘘つけ、答えはもう解ってるでしょう?」
そう言いながら、彼女は私の手を掴んだ。




