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漆黒の綴改 ―彩られた世界の余白で、俺は今日も昼寝をする― 平穏を愛する最強のエラー、なぜか各属性のトップ女子に囲まれて安眠できません  作者: yura


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第七章「合同試験と、石の弾道」

学園では年に一度、「統合評価試験」が行われる。各派閥の学生が混合チームを組んで対抗戦に挑み、実技と知識の両方を教官が採点する。上位チームには派閥内での発言権が増える、学園内の政治そのものの行事だ。


スクラップ・ヤードはこれまでずっと参加対象外だった。だから俺には関係ない話のはずだった。


「……のはずだったんですが」


俺は告示板の前でその一行を読み返した。


「今年度より、全クラスを対象に参加枠を開放する。成績優秀者には等級再審査の機会を与える」


「えー、新しい制度だねこれ」ルシアが後ろから覗き込んだ。


「先日の演習場の件と関係あると思いますか」


「うーん、たぶんね。先輩が教官と話したこと、覚えてる? 『スクラップ・ヤードと合同演習の機会を増やしてほしい』って、一等の五人が揃って言ったんだよ。今回の措置はその流れだと思う」


「……なんで全員同じことを言ったんですか」


「そりゃ、クロハ先輩と正式に組めたら有利になるからだよ。」


「やめてください。目立ちたくないです」


「もう遅い気がするけど」


「遅くない。まだ間に合う」


そこにソルが来て、告示板を読みながら言った。


「でもクロハ、これ出ないとスクラップ・ヤード全体に影響あるぞ。今まで対象外だったから実績ゼロだったけど、参加できるのに参加しなかったら、今後さらに設備を削られるかもしれない」


「……それは困るな」


「困るだろ。購買と休憩室は俺たちの命綱だし」


そういうことか。俺が出なければ、スクラップ・ヤードは「参加しなかった」という実績を残すだけになり、扱いはさらに悪くなる。逆に俺が出て無難に終われば、多少の予算が戻ってくるかもしれない。


「……仕方ない。参加するか」


「絶対目立つよ、先輩」ルシアが言った。「先輩の行動は予測できないけど、ボクの演算だと高確率で何かが起きる」


「高確率って何パーセントだよ」


「先輩相手に確率計算が出ないのは知ってるでしょ。むしろ『確率が出ない=何かが起きる』ってことなんだよ」


「……それは、かなり困った予測方法だな」


告示板を離れながら、試験の概要を確認した。チーム構成は自由。一チーム三名から六名。当日発表の対戦形式で、直接勝敗を決めていく方式らしい。


まずソルは確実に入れたい。情報分析と術式理論は学年トップだ。もう一人は、できれば戦闘要素が少ない人材がいい――そう考えていたところに、エリスが現れた。


「クロハ。私のチームに入りなさい。もう申し込んだわ」


「俺を入れて申し込んだのか」


「そう。あなたとソルくんを入れたら最強じゃない。私の戦闘力、ソルくんの術式理論、あなたの……あなたのなんか」


「石つぶてです」


「……それ」エリスが顔をしかめた。「とにかく、スクラップ・ヤードと一等が同じチームって前例はないけど、ルールには違反しない」


「ソルが同意すれば」


「ソルくーん」


エリスが振り返ると、廊下の先でソルが「えっ、ぼ、僕?」と驚いた顔をした。


「私のチームに入って。クロハと三人で」


「……い、いいんですか、一等の方のチームに五等が」


「いい。私が申し込んだから」


「え、あ……ありがとうございます」


こうして、俺とソルとエリスの三人チームが決まった。



統合評価試験当日。課題が発表された。


「学園敷地内に、六つの対戦区画を設置する。各区画には、あらかじめ組まれた相手チームが待機している。区画に入り、相手チームとの試合に勝利すること。決着は昏倒・降参・場外のいずれか。致死禁止。六区画すべてを突破したのち、中央広場の決勝区画で最後の相手に勝利すること。制限時間は一時間」


「要は勝ち抜き戦ね」とエリスが言った。


「区画の順番に意味があるはずです」ソルが言った。「先にどの相手と当たるかで、後の相手の情報がどれだけ読めるかが変わります。弱い相手を後回しにすると時間を食うので、当たった順に素早く決めていくのが基本方針になります」


「分析はソルに任せる」俺は言った。「俺は決着をつける役です」


「どうやって」


「石を当てます」


「……分かった」


出発した。


最初の区画は北棟の外壁。相手は二人チームで、動きが揃っていなかった。ソルが陣形の穴を見抜き、エリスがそのまま押し切って、三分で決着がついた。


「次は南棟の地下です。相手は防御中心の一人だそうです。エリス様、お願いできますか」


「任せて」


エリスが前に出て、相手の守りごと力押しでねじ伏せた。地下の区画への扉が開く。


「速い」とソルが言った。


「当然よ」


地下の区画も片づけ、三つ目に向かう途中、曲がり角で別のチームと鉢合わせした。三等の四人チームで、全員が励起魔力を纏っている。


「スクラップ・ヤードが参加してるのか」その一人があからさまに軽蔑した声で言った。


「そこを通りますよ」


「無駄だぞ。この時期の組み合わせは毎年似たパターンなんだ。お前らみたいな落ちこぼれには、その情報もないだろ」


「組み合わせのパターン、というのは?」


「過去三年、対戦相手の並びには傾向がある。序盤に弱いチームを固めて、後半に強豪をぶつける組み方だ。それを分析していれば、次に誰が来るか読める」


「ありがとう」


「……え?」


「情報をありがとうございました」


俺がソルを見ると、すでにメモを取り出していた。


「去年までの対戦ログ、確かに持ってきました。……分かった。次の区画、東棟の裏に強めの相手が来る番みたいです。ここを先に抜けておけば、後半が楽になります」


「では東棟を先に」


三等のチームを尻目に、俺たちは曲がった。背後で「なんで教えたんだよ」「俺たちの情報をスクラップにくれてやったのか」という声が遠ざかっていった。


「なんで情報を引き出せたんですか?」ソルが聞いた。


「言いたそうにしていたので、言わせただけです」


エリスが半歩後ろから小声で言った。


「……お前、そういうとこある」


「何がですか」


「人の心の読み方が、なんか変に上手い」


「上手くないです。面倒な状況を早く終わらせたいだけです」


「それを上手いって言うのよ」



東棟の裏、四つ目の区画で待っていたのは、一人の上級生だった。


「複数の型を使い分けてくる相手ですね」ソルが確認した。「攻め、受け、返しと、構えを次々に切り替えてきます。一つの読みだけでは対応できない設計です」


「私が押しても、受けに回られたら押し切れないわね」エリスが言った。「アイリスがいれば」


「いませんね」


俺は相手の動きを見た。構えを変えるたびに、隙の位置も変わる。だが、切り替えの一瞬だけ、必ず同じ場所に力が集まる。そこを断てば、型そのものが崩れるはずだ。


「ソル、あの人の構え、切り替えの瞬間に共通する癖はあるか」


「少し待ってて」ソルが観察して言った。「……あった。型を変えるたびに、右肩の動きだけは変わっている。あそこが起点だね」


「位置は?」


「右肩、ちょうど……この高さかな」ソルが指で示した。


俺は足元の石を拾った。


「待って、それ投げても構えを変えられて避けられるんじゃ」


「試してみる」


「試してみるって」


「外れたら別の方法を考えるよ」


ソルが「外れないと思います」と小声で言った。「あの人の石、狙った場所を外さないので」


俺は石を弾いた。相手が構えを変えようとした瞬間、石が右肩に当たる。音は小さかった。しかし、そこで型の切り替えが一拍遅れた。その隙に距離を詰め、断界を乗せた拳を当てる。接触した瞬間、相手の技の繋がりが断ち切れ、三つの型がまとめて崩れた。


「五つ目」


エリスがため息をついた。


「……クロハの石つぶて、わりとなんでも当てるよね」


「そんなことない」


「狙った場所に吸い込まれていくんだけど?」


「調子が良かっただけだ」


「調子のいい日だけで試験を乗り越えようとしてるの?」


「だいたい調子がいいので」


ソルが笑っていた。



六つ目の区画は西棟抑制棟にあった。合同演習の本番より狭い試験用簡易区画だ。結界が一枚、教官が一人。細則には条件が書いてあった。


「三分以内。術式書第五章の抑制手順――合同演習の午後と同じルールですね」


「見学席にいた俺には関係ないと思っていたが」


「今日は関係あります、先輩」


相手は重装備型の上級生だった。全身を薄い金属の鎧術式で覆い、防御に特化している。攻撃はせず、区画の中央を守るだけの構えだ。


「硬いです。正面からの一撃は効きにくいと思います」ソルが言った。


エリスが大剣を構えたので、俺は止めた。


「待て。力押しで行くな。合同演習で使った誘導と同じだ。誘い込め」


「……分かってるわ」


エリスが地面に沿う細い熱の帯だけを走らせ、相手の重心をずらした。ソルが観察して叫ぶ。


「左肩、鎧の継ぎ目! 魔力を載せない打撃が有効です!」


「石だな」


石つぶてが継ぎ目に当たり、鎧が一瞬開いた。そこに俺の断界を合わせる。防御の術式への接続が一瞬乱れ、相手が体勢を崩して膝をついた。


「制圧確認、一分五秒。区画の突破を認める」


教官の合図で、六つ目の区画を突破した。


「……試験でも、やるんだな」エリスが肩を回した。「統合評価は実技の総合よ。勝ち抜くだけじゃ、各国の視察官に見せられない」


「あなたの石、また使われたわね」


「使わせてもらっただけです」



中央広場へ向かう途中、廊下を曲がったところで二等の三人組に前を塞がれた。


「止まれ」


「道をあけてください」


「嫌だ」男子生徒が腕を組んだ。「お前らが東棟で四つ目を突破したのは見てた。あのペースだと、俺たちより先に行く」


「それが試験ですね」


「競争なら妨害もありだ。禁止事項は確認した。他チームへの物理的妨害は禁止されていない」


エリスが前に出ようとしたので、俺は止めた。


「俺がやります」


「え、でも」


「エリスが動くと廊下が焼けます」


「それはそうだけど……お前一人で三人か?」


先頭の男子が励起魔力を纏った。二等か三等程度、一等には遠いが、それなりの濃度はある。


「笑えるな。スクラップ・ヤードが一人で出てくるか?」


「面倒なので早めに終わらせます。身体強化――起動」


男子の全身に赤みがかった魔法陣が展開し、赤い魔力が皮膚に沿って走った。瞬きの間に消え、代わりに体全体が赤く発光する。男子が踏み込み、右拳を繰り出した。身体強化を乗せたコード強化打撃だ。普通の人間なら確実に吹き飛ぶ。


俺は右に半歩ずれて、拳の軌道の外に出た。それだけだった。


「……速いな」


「もう一発いきます」


男子が連続で打ち込んできたが、俺は前にも後ろにも動かず、必要最小限だけずれ続けた。ソルが背後で「……省エネすぎる」と呟いた。


「逃げてるだけか!」


「逃げてませんよ」


「だったら返してみろ!」


俺は右の拳に魔力を通し、そこに断界を乗せた。男子の次の打撃が来た瞬間、横から合わせるようにカウンターで当てる。接触した瞬間、男子の魔力強化が崩れ、強化の消えた拳を素の返しが上回った。男子が三歩後ろに滑った。


「……なんだ、今の」


「石の方が楽なので普段は使いません」


「詠唱が……なかった」後ろの一人が呟いた。「魔法陣も出てない。無詠唱どころか、魔法陣すら展開してないぞ」


「一等でも必ず魔法陣は出る。術式じゃないのか。じゃあ何だ、あれは」


「術式じゃないんで」


残り二人が顔を見合わせたまま動かなかった。


「もう終わりですか」


「……通っていい」


礼を言って通り過ぎると、エリスが小声で言った。


「……学園内の試験で素手格闘始めるやつ初めて見た」


「相手が始めた格闘でした」


「石は試験場では使いにくいので。なくしたら次が拾えない」


「省エネの理由が石の節約か……」


ソルが「だとしたら計算が合ってると思います」と言った。



中央広場へ向かう途中、爆音が聞こえた。曲がり角の先で、赤と黄の魔力が噴き上がっている。先に到着したチームが、決勝区画の手前で最後の相手に挑んでいたのだ。


二等の三人組。赤が連続で炎を放ち、黄が雷を走らせ、緑が回復で前線を維持する、典型的な攻撃特化の編成だ。しかし相手は一人、防御と反撃だけで受け続けている。炎を受け流し、雷を弾き、隙を見て軽く打ち返すだけで、三人がかりでも押し切れない。


「……ダメだ、抜けない!」赤の生徒が叫んだ。消耗戦に入って五分、三人とも息が荒い。相手は汗一つかいていなかった。


そこへ三等の四人組が加わり、全員で身体強化を重ねがけして同時に踏み込んだ。だが相手は最小限の動きで四人分の攻撃を捌き、一人が体勢を崩されて肩を痛めた。緑が回復しようとしても、相手がその隙にまた一人を沈める。


「回復が追いつかないぞ!」


「一対一なら分の悪い相手じゃないはずです」ソルが小声で言った。「でも複数で同時にかかると、かえって隙を作りやすくなる。あの人は数の多さを逆手に取っています」


俺たちは列の外側を通り過ぎた。相手を待つチームたちが俺たちを見た。


「スクラップ・ヤードが……」


「通ります」


「お前ら、どうするつもりだ」


「試します」


「試す? 俺たち全員ダメだったぞ」


「条件が違うかもしれません」


エリスが小さく笑った。「……期待してるわよ、クロハ」



決勝区画は中央広場にあった。俺たちが着いたとき、すでに三つのチームがそこで足止めされていた。


そこに立っていたのは、三等の徽章をつけた一人の生徒だった。大柄で腕が太く、隙のない自然体で構えている。


「あれ、一人で受けきってるのか」エリスが目を細めた。「三等にしては場慣れしてる」


「防御と反撃に絞った戦い方です」ソルが補足した。「攻めには出ず、相手の攻撃を受け流して、隙ができたところだけ確実に返す。体力の消費が少ないので、このまま試験終了まで持たせる作戦に見えます」


攻めずに受けきるだけで、他チームを全員足止めできる。地味だが確かに有効な戦い方だ。他の三チームもそれぞれ距離を置いて対策を考えているが、どのチームも決め手を欠いていた。


「勝ち筋はありますか」


「真正面から圧をかけ続けるか、一瞬の隙を確実に突くかです」ソルが少し考えて言った。「前者は体力勝負になって分が悪い。後者は、その一瞬を作れるかどうかです」


「一瞬の隙」


俺は相手の動きを見た。受けと返しのリズムは崩れないが、視線が届かない場所――足元だけは、毎回わずかに反応が遅れる。


「少し待ってください」


「え、何を――」


俺は前に出た。相手が俺を見た。「また一人か。何度来ても――」


足元の小石を指で弾いた。狙いは足元。魔力を乗せてただ弾くだけだ。相手は上体の攻撃には反応が早いが、低い位置からの物には一拍遅れる。石が向こう脛に当たった。


「……っ」


相手がわずかによろめき、重心が崩れた。その一瞬で距離を詰め、拳に断界を乗せて当てる。接触した瞬間、相手の防御の型が崩れ、体勢を立て直す前にもう一発。


相手が片膝をついた。


「……参った」


決勝区画への道が開いた。後ろで沈黙が続いた。


「……足元を狙ったのか、今の」エリスが言った。


「はい」


「……さっきの、もう一回聞きたくなったわ。誰も崩せなかった人を、石一個で崩すの?」


俺は前に進んだ。決勝の光が灯る。


「……通っていいか」後ろで別のチームのリーダーが言った。


「どうぞ」


三チームが続いて決勝区画に入った。


エリスが隣を歩きながら聞いた。


「……なんで足元だと分かったの。もっと安全な狙い方もあったんじゃ」


「一番早く終わる方法でした」


「効率?」


「早く帰って昼寝できます」


エリスが少し間を置いて、それから声を出して笑った。


「……本当に最悪な動機だわ、相変わらず」


「ありがとう」


「誉めてない」


ソルがこっそり俺に言った。


「クロハ、なんか今日はっきり分かった気がする。お前って、面倒くさいって言いながら、一番ちゃんと周りを見てる」


「そんなことないです」


「あると思う。俺はお前と同じクラスで良かった、本当に」


俺は何も言えなかった。ソルはそのまま結果確認に行った。中央広場の午後の光が、複数のチームの上に降り注いでいた。


俺はベンチを探した。昼寝するには少し遅い時間だが、今日は特別疲れた。


「座る?」


隣にエリスが来た。


「座る」


「私も座る」


「どうぞ」


エリスが隣に座り、しばらく沈黙が続いた。


「……クロハ。あなたって、なんで五等なの」


「器官がエラーを出すからです」


「違う意味で聞いてる」


俺は少し考えた。


「俺は、でかいことをするために来たんじゃない。静かに生きたかっただ」


「でも静かに生きてない」


「生きようとしてる」


「……できてない」


「できていませんね」


「なんで」


「エリスたちが、頭のノイズが静かになるって言ってくれるから」


エリスが少し黙った。


「それが理由?」


「それが理由の一つだ」


「他は?」


「他は……まだ、よく分からない」


エリスが前を向いた。夕方の空が赤く染まり始めていた。


「……炉麦包、今日の分はまだ?」


「食べた」


「そう」


「明日も購買に行く」


「一個、分けて」


「……分けます」


「約束ね」


「約束だ」


それきり、二人で黙って夕暮れを見た。遠くでソルが「クロハチーム、決勝区画まで無傷で抜けたって特別評価になったみたいですよ! 等級再審査の可能性があるって!」と叫んでいた。


「……要らない」


「えええ!?」


でもソルの声は、どこか嬉しそうだった。


俺はため息をついて、空を見上げた。夕空が赤く、広かった。


(等級が上がると、スクラップ・ヤードから出なきゃいけなくなる可能性がある)


(それは嫌だ。絶対に嫌だ)


静かな場所は守りたい。それだけは、揺るがない。


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