刹那の間合い
折れた柱、崩れた壁、砕けた石片。瓦礫が積み上がる場所。
そのすべてが、キクシオにとっては“盾”であり“武器”であり“逃げ道”だ。
この場所での戦闘は2度目だが、これ程までの障害物があるのなら、”鬼”との戦闘ではもっと楽だったのかもなと思う。
黒い髪をたなびかせ、槍が一閃する。そのたび、空気が悲鳴を上げる。
圧縮された風が瓦礫を吹き飛ばし、砂埃が舞い上がる。
咄嗟に横へ飛ぶと、一瞬前まで立っていた場所を槍が通過する。
直撃も、掠ってもすらいないが、それなのに身体が揺れる。
風圧。ただ槍を振っただけで発生した衝撃が瓦礫を巻き込み、吹き飛ばしてる。
瓦礫を掴み、反射的に投げつける。
拳大の石が弾丸のように飛ぶが──
黒髪のPKは笑った。
槍の柄で軽く弾く。それだけで、石は粉々に砕け、砂のように散った。
そのまま、黒髪のPKは瓦礫の山を蹴って跳ぶ。軽々と、まるで重力が存在しないかのように。
踏み込みの瞬間、地面が沈むが、ステータスの暴力が、足元の瓦礫を砕きながら迫ってくる。
「__逃げるの、上手いじゃない。」
声が近い。
キクシオは反射的に横へ転がり、崩れた壁の影へ滑り込む。
直後、壁の中心に槍が突き刺さる。槍の一撃だけで、石壁が紙のように裂ける。
「……まっ………!」
今度はナイフを掴み、投擲。視界を潰すように、目を狙って、3連投。
黒髪のPKは一歩も止まらない。瓦礫の破片を踏み砕きながら、槍を回転させ、風圧だけでナイフを弾き飛ばす。
「__もっと楽しませなさい。」
黒髪のPKの姿が、瓦礫の向こうで揺らぐ。
速すぎて、残像が生まれる。[疾走] が2つ重ね掛けしているようなものなんだ。捉えきれる気がしない。
キクシオは瓦礫の山を蹴り、上へ跳ぶ。崩れた建物の梁に手をかけ、身体を引き上げようとする。
だが──
「上?」
黒髪のPKは、すでにそこにいた。
瓦礫を蹴って跳んだのではない。風圧で身体を押し上げて飛んでいた。
槍の穂先が、キクシオの喉元へ滑り込む。
「……っ!」
ギリギリで梁を蹴り、後方へ飛ぶ。空中で身体を捻り、落下しながら瓦礫を掴んで投げる。
黒髪のPKは笑う。“狩り”を楽しんでいる笑み。
「__逃げるの、ほんと上手わね。」
槍が振るわれる。瓦礫が粉砕され、破片が雨のように降る。
キクシオは地面に転がり、瓦礫の影へ滑り込む。
呼吸が荒い。足が震える。
…………やばい。追いつかれる。
黒髪PKの足音が、瓦礫を踏み砕きながら近づく。
軽い音が響く。楽しんでいる余裕の足取りだ。
走れば、直ぐに追いつかれるものをわざわざ、歩いて来るとは…………余裕だな。
崩れた建物の残骸に回り込み、瓦礫を蹴飛ばしながら、相手の視界妨害に努める。
投擲。落石。砂かけ。ついでにナイフも投げる。
全部、時間稼ぎのための行動。ダメージは期待していない。ただ、相手の一秒。一歩の時間を稼ぐ。
背後に影が差す。反射的に振り返れば、そこにいる。
さっきまで数十メートル以上離れていたはずの黒髪が。すぐ後ろに。
大きな瓦礫を両手で持ち上げ、振り返りながら、投げつける。
黒髪のPKは槍を構え──
「__遅い。」
瓦礫が真っ二つに割れた。粉塵が爆ぜ、視界が白く染まる。
衝撃。
身体ごと吹き飛び、瓦礫の山へ突っ込む。
肺の空気が抜ける。息ができない。スタミナが切れた。
それでも立つ。立って走る。走りながら瓦礫を掴み、投げる。また投げる。更に投げる。
石。瓦礫。残骸。手当たり次第に。
視界を塞ぐように。射線を切るように。壁を作るように。
粉塵が切れれば、視界が開ければ、槍に捕らわれる。
風が裂ける音。槍の穂先が、粉塵を切り裂き、巻き上げ振り払われる。
轟音が響き。壁代わりに積み上げた瓦礫も、粉塵も投げ続けた物も吹き飛ぶ。
槍の一振り。それだけ。
「はは。」
乾いた笑いが漏れる。
駄目だ。話にならない。壁にならない。障害物にならない。全部壊される。
ステータスの暴力。たったそれだけなのに、たった一人だけなのに、それだけで圧倒されている。
なら、もう一度、”鬼”へやったように、もっと大きいものを。
視線を走らせれば、折れた黒塔。巨大な残骸。
あれなら__。
そう思った瞬間だった。
視界の端に、黒い影。
黒髪は既に塔の残骸の上に立っていた。
いつ移動した。全く見えなかった。
槍を肩へ担ぎ。そして、見下ろしてくる。
笑顔で。
「__見つけたわ。」
背筋が凍る。
身体が動く。だが__動いた先には。
瓦礫。残骸。崩れた壁。
全部、自分が投げていたもので、逃げ道を塞いでいた。
時間稼ぎのために。射線を切るために。追跡を妨害するために。自分で置いた障害物。
それが今、檻になっている。
「あ。」
気付いた時には遅い。踏み出した足が瓦礫へ引っ掛かる。
ほんの一瞬。ほんの僅かな硬直。
だが、目の前の怪物がそれを見逃すはずがなかった。
黒髪が消える。影が、近づいている。
目の前。槍の穂先。避けられない。
そう理解した瞬間だった。
|スキル発動…………
槍の穂先は、”氷”の柱に突き刺さる。
「[氷柱]。」
幾重にも結晶を重ねながら、鋭利な槍のように、巨大な牙のように。地面から逆さのつららが生え出したかのような氷柱が、一直線に空へと突き上がる。
その先端。
氷柱を踏み台に、キクシオが立っていた。
「素手での魔法は……遅すぎるな。」
息を荒げながら、ギリギリの生還者は愚痴を零す。
氷柱の上で、冷気が足元を包む。
黒髪PKの槍は、氷に深々と突き刺さったまま。
「……やっと、使えるよ。」
氷柱の上で、キクシオの声が震えながらも確かに響いた。




