NPCは唐突に
NPC。
ノンプレイヤーキャラクターの略称。
本来はプレイヤーによって操作されず、AIやプログラムによって行動するキャラクターを指す言葉であり、街の住人など、ゲーム世界を彩る存在として扱われる。
だが、この世界におけるNPCは、一般的なゲームを彩る存在とは大きく異なる。
彼らは単なる背景ではない。
一人ひとりが固有の人生を持ち、それぞれの目的や悩みを抱えて生きている。
そして、その人生はプレイヤーの知らない場所でも進み続ける。彼らの物語は常に存在しており、プレイヤーが関わることで初めて表面化する。
そのため、この世界では些細な会話や何気ない行動からクエストが発生することも珍しくない。
ゆえに、いつ、何処で、どんなクエストが起こるのか、発生するのかわからず、四苦八苦しているプレイヤーばっかりだという。俺にはまだ先だと、チュートリアルが先だと考えていただけに、身構えてすらいなかった。
だから、まさか、こんな形で遭遇するとは思わなかった。
「……本当に、助かりましたわ。何とお礼を申し上げればよいのか……。」
ビヨンビヨン。と、ばねの様に跳ねる物に目を奪われる。
「……わたくし、よく分からない方々に突然気絶させられてしまいまして……気が付けば、このような場所へ連れて来られておりましたの。何が起きたのかも分からず、不安でいっぱいでしたわ。そうしましたら、今度はいきなり耳をつんざくような轟音が響き渡りまして……。」
金色のそれは、猫じゃらしのような挙動をして、揺れている。
「……どうやら、その衝撃で気を失っていたわたくしも目を覚ましたようですの。けれど、周囲は崩れておりますし、状況はまるで理解できませんし、このままでは危険だと思いまして、とにかく脱出しなければと考えましたの。幸い、壁の一部が壊れておりましたから、あちらから外へ出られるのではないかと思ったのですけれど……。」
現に、閏尾の目はその動きに釣られて体まで動いてる始末。
「……不慣れなことをしたものですから、途中で瓦礫に足を取られてしまいまして……。まったく、お恥ずかしい限りですわね。でも、後悔はしておりませんのよ。取り乱しても状況は変わりませんもの。できることをしようと思いましたの……。」
俺の目も、閏尾と一緒にその金髪を追いかけている。
「ここで、会ったのも何かの縁。わたくしの探し物を手伝ってくださらないかしら。申し遅れましたわ。わたくし、…………。あら、失礼…………。今、わたくし、お忍びで外に出ているのでしたわ。名乗ることができませんの。好きに呼んで頂いても構いませんわよ。」
本物は初めて見た。存在自体は知っていた。漫画とかアニメとかで。
自身の目は、顔に行かず、その髪に目を向けながら、
「………………それじゃあ………『壁尻令嬢』で、」
「何だか、侮辱されてる気分ですの、別の名がいいですわ。」
あっ、NGワード判定くらった。こういうのちゃんとしてるのな。
でも、他に印象的な物なんて、
「……あっ。これで、いいじゃん。」
今、ずっと目で追いかけてるし、これを見たの初めてで、感動したし。
「……それなら、『縦ロールさん』で、よろしく、です……。」
その人物。”金髪の縦ロール”をたなびかせ、あれだけの長セリフをした人物が、黙ったままその名前に、微妙そうな顔をしている。
|クエスト<金髪縦ロールの探し物>が発生しました。
NPC___縦ロールさんから、クエストが発生した。
場所は、変わって瓦礫地帯。
縦ロールさんに、無理言って先に、こっちの探し物見つけてもらおうとしてるわけだ。
俺が、金髪縦ロールに夢中になっている間に、話が勝手に進んでいた事だが、まあいいや、今のところ。鬼の紋章の検証をしようとしてただけだし、ちょうどいい。これには、敵対する奴が必要だったから、場所を移動するのもやぶさかではない。どうせ、その道中で何かと戦うことになるだろうからな。
「それで、何を、探してるんですか?」
閏尾を撫でようとして、手を引っ叩かれている。縦ロールさんに、話を聞く。
こいつを撫でようなんて100年早い。肉球に踏まれるようになってから出直してくるんだな。
「そうですわね。わたくし、実物を見たことがありませんの。」
いきなり、出鼻を挫かれたな。探し物を探すための物を探しに行くっていう、RPGのよくあるお使いゲームの連鎖が起きそうだ。ゲームを途中で止めると何が何だか分からなくなる奴だ。
「ですけれど、とあるモンスターからの希少な物と言うことは、知ってますわ。」
まさかの、レアドロップですか。ワタクシは、リアルラックは低いんです。
「モンスターの名前は知ってるんですか?」
「知らないですわ!」
自信たっぷりに、言われても…………。
「でも、そのアイテムの効果は知ってますの。」
そりゃそうでしょうよ。何のために、探してんのかって話になってくる。あれ?聞いてもいいのか?
何のための探し物なのか。
「それは、あらゆる状態異常を直せる血液。あらゆる難病、呪いすらも打ち勝った、進むものの力の”血清”。でしたわね。」
なるほど、誰かの状態異常を治したいってことか。それなら、お忍びでする必要がなさそうな気がするけど、何か理由があるのかね。けど、関わりたくないな…………。どうせ貴族系のクエストってめんどくさそうだからな。それこそ永遠にお使いクエストされそうだ。
ええと、”血清”だっけ?
そんなアイテムに、心辺りなんて…………………あるな。結構あるぞ。このゲームの初ドロップではないけど。それでも、印象に残ってるアイテムだ。何せ、効果が高いけど汚そうだから使いたくなかったものだ。
インベントリを操作する。ナイフ泥棒をした後のようなインベントリから、取り出されたのは、1つの瓶。
詳細を確認。確かに、このアイテムだと考え、
縦ロールさんに、渡す。
「もしかして、このアイテム?」
表示されたのは、
|《チャージホグの血清》
|チャージホグの血液から作られた粗悪な血清。
|状態異常を回復する。
|
|彼らは立ち止まることを知らない。
|傷も毒も、呪いすらも。
|その身を蝕む全てを引き連れたまま突き進む。
|
|故に、その血は穢れを拒む。
|もっとも、それは治癒ではなく、ただ先送りに過ぎないのだが。
不穏なアイテム説明、フレーバテキスト。
しかし、確かに、そこには状態異常を回復すると表している。
驚いた表情で、固まっている縦ロールさんに、
「いくつ欲しいの?何個かあるんだけど。」
「ひ……1つで、結構ですわ…………。」
慌てたように、返事が返される。
「あっそう。もしかして、これでクエスト完了?」
「は……はい。これで、終わりですわ……。」
気まずい時間が流れる。さあ、これから大冒険だ。っていうテンションだった縦ロールさんが、落ち込んだように黙ってしまった。
お使いクエストでたまにある。先に持っていたってやつが、起きてしまったようだ。今回に限ってはバツが悪い。お忍びで来るようなお転婆な人なんだ。外に出ることがある種の気分転換だったのかもしれない。攫われてるけど。
「ちゃんと、町まで送り届けますから、そんな落ち込込まないで下さ…………。」
言いかけて。違和感を覚えた。縦ロールさんの肩が、小さく震えていた。
縦ロールさんの顔を覗いた時。…………違った。落ち込んでなどいなかった。それとは逆。安心したように、静かに泣いていた。
透明な雫が頬を伝う。声を上げるわけでもなく、顔を歪めるわけでもなく。
ただ、静かに、堰を切ったように涙が零れていた。
「…………様。良かったですわ。これで、良くなりますわ。」
掠れた声が漏れる。聞き取れないけど、誰かの名前。あるいは敬称。
そんな言葉だった。震える指が、血清の瓶を握りしめていた。
まるで、それが消えてしまわないように、失くしてしまわないように。
大事に、本当に大事そうに。
ようやく理解する。
ああ、この人は、自分のために探していたんじゃない。
大切な誰かのためだったんだ。だから焦っていた。だから危険を承知で外へ出た。
だから、攫われてもなお諦めなかった。
探し物が見つかったことが嬉しいんじゃない。
その先にいる誰かが助かることが嬉しいのだ。
「……そっか。」
それ以上、言葉は出なかった。
下手な慰めも、励ましも、今は必要ない気がした。
ただ、その手に握られた瓶だけが。
このクエストが、ちゃんと意味のあるものだったと教えてくれていた。




