壊れゆく鬼ごっこ
奴の、皮膚の下で蠢いていた“何か”が、ついに堰を切ったように溢れ出す。
青黒い肉片と砕けた骨が、湿った音を立てて飛散しながら、こちらへ襲いかかってきた。
|スキル発動 [ハイジャンプ]。
逃げる。
まずは距離だ。あの腕の間合いにいる限り、死ぬ。
地面を強く踏み込み、木々より高く跳躍しようとした瞬間――
青鬼の身体の向きが、変わっていることに気づく。
反射で踏み込みを殺し、横へ滑るように足をスライドさせる。
上には跳ばない。
あの腕は、空中の逃げ場を潰すために振られている。
跳んだら、死ぬ。
斜めに身体が浮いた、その刹那。
髪を掠めるように、青黒い腕が風を裂いて通り過ぎた。
皮膚がひりつくほどの圧。
ほんの数センチずれていたら、頭ごと持っていかれていた。
難を逃れたが、踏み込みが浅い。
距離は、ほとんど開いていない。
「次の回避は、スキルがねえぞ。」
青鬼面のゴブリン。いや。違う。
青鬼が、何かを投げるように、腕を振る。
その動きに合わせて、皮膚の下から肉と骨が噴き出す。
飛来する血肉の弾丸を、両手に持っている2本のナイフで、叩き落としながら前を見ると――
青鬼の身体の奥から、さらに大量の肉片が押し寄せてくる。
密度が、さっきとは違う。
“壁”だった。
”点”の雑多な攻撃から、”面”を捉えた攻撃に。
「ショットガンかよ。お前は!」
捌ききれない。と判断した瞬間。
背後に、青黒い__影。
掴み攻撃。
気づいた時には、腕が四方から迫り、歪んだ笑顔が目の前にあった。
皮膚の下で蠢く“何か”が、こちらを見て笑っているように錯覚する。
背筋が、氷みたいに冷たくなる。
けど、
「[投擲]は、もうしてあるんだよ……。」
包囲していた青黒い腕の一つが、内側から貫かれる。
戻ってきたナイフが、青鬼の腕を裂き、わずかに隙間を作る。
その一瞬を逃さず、3本目のナイフを掴み、
潜り抜けるように包囲から脱出し――
全力で距離を取る。
青鬼の攻撃が怖いわけじゃない。怖いのは、黒猫__閏尾を巻き込むことだ。
視線を閏尾に向けると、
巨大な水球が、こちらへ向けて放たれる。
背中に衝撃。
視界が揺れる。
吹き飛ばされながら、文句を叫ぶ。
「こら!閏尾ぇ!少し背中に当たったぞ!」
__ナーォ。
生返事しやがって………。
でも、その声に、少しだけ心が軽くなる。
視線を、青鬼に向ける。
「これでも、倒れないか。」
青黒い身体から、ボトボトと血肉を滴らせながら、立っている。
第二形態。
継ぎ接ぎの青鬼面のゴブリンから、一遍。身体を全身、青黒く染め上げてから。
自身の肉体を壊しながら、戦い続ける怪物。
皮膚の下で蠢く“何か”が、今はもう隠そうともしていない。
肉の裂け目から覗くそれは、まるで別の生き物だ。
「壊れてるのは、それだけじゃないか。」
ディレイ攻撃はもうしてこない。
いや、通常攻撃そのものが“二段攻撃”に変質している。
腕を振るたびに血肉を撒き散らし、
遅れて体内の“何か”が追撃してくる。
スキルのクールタイムがバグってるとしか思えない。
だが、こいつは行動するたびに、体積を減らしている。
つまり__制限時間付き。
自壊しながら、攻撃してる。
なら、こいつの体が壊れるまで逃げ切れば倒せるわけだ。
「……要は、鬼ごっこをすればいい。」
掴み攻撃の体勢から身体を戻した青鬼が、
空になった目でこちらを見据える。
青鬼が動き出す。
地面が沈むほどの踏み込み。
同時に、腕を振りかぶる。
投擲だ。
肉片と骨を撒き散らすたびに、奴の体積は最も減っていた。
つまり、最も“自壊”を伴う技は、
「やっぱり、投擲だろ…………。」
戻ってくるナイフの方じゃない。
奴自身が使う、あの狂った投擲の方だ。
第二形態になった時に使い始めた。自壊覚悟の技。
「こいつに、覚悟ってものが残っているのは、疑問だが。」
流石に、今回はさっきのようにはいかない。
十分な距離を稼げたってのは、障害物が多いということでもある。
ここは、森の中。
木の陰に隠れるように回避する。
これだけで、ショットガンのような”面”を捉える攻撃も対処できる。
「木を貫くほどの破壊力がないのは、わかっていた。」
ナイフで、弾き落とせるくらいだ。
だが、この投擲も“二段攻撃”。
木々にぶつかる肉片の音を聞きながら、
思考はすでに次の行動へ移っている。
敵が、遠距離攻撃を外した時――次に来るのは、決まっている。
背後に影が現れる。
「ワンパターンだな。流石にわかって来たぞ。」
スキルのクールタイムは、もう上がっている。
|スキル発動 [疾走]。
青鬼の抱き込む包囲から抜け、距離を開ける。
指に挟むナイフへ力がこもる。
4本に増えた。ナイフを投擲する。
4本同時に、軌道が曲がり、青黒い肌を貫きながら、旋回し、手元へ戻ってくる。
飛来してくるナイフを掴みながら、青鬼を見る。
青鬼の体積が、見る見るうちに削れていく。
滴り落ちる血肉が、地面に落ちるたびに“寿命”が減っていくのがわかる。
あと、何回で__お前は倒れる?
こいつのその目は、もう“誰かを守るための目”じゃない。
ただ、空虚な穴だ。
そこに映るのは、俺と――閏尾だけ。
だから、
余裕の笑みが、自然と漏れた。
握るナイフが、光を返す。
獲物を定める、その瞬間――
俺の中で、何かが静かに“決まった”。




