過呼吸のコンビネーション
異形の腕が、目の間に迫っている。
回避を行う、スペースがない。
逃げ場が、ない。
黒猫__閏尾には、頼れない。
攻撃を受けるしか、ない。
だが、
「無償で、もらうほど貧乏じゃないんだ!」
インベントリを開く。
取り出したのは、厚い皮。
硬質な毛並みの丑の皮。
《輪廻を巡る十二象》。
第二象――丑からのドロップ品。
防具素材。
本来なら加工して使うようなアイテム。
だが、今は違う。
こいつを取り出し、皮を体に纏って、そのまま。皮ごと、異形へ突っ込む。
__体当たり。
下手な抵抗。無茶な攻撃に見えるかもしれない。
異形が、腕を閉じる。抱き潰そうとしてくる。抱き込むように。逃がさないように。優しく、壊すみたいに。
青黒い腕が、丑の皮ごと締め上げた。
だが__。
丑の皮、を残してキクシオの身体が、
__消える。
「逃げ場がないなら__作るまで!」
異形の股下。
滑り込むようにして、身体が抜ける。
地面へ転がり、そのまま距離を取った。
「っぶねぇ……。」
冷や汗が出そうだ。まともに食らえば終わってた。
体当たりをしたその反動で、股下に潜り回避を行った。
ほとんど、賭けに近い回避方法。
異形の抱き潰そうとしてくる腕が、一瞬でも早ければ、成立しない。
抱き締めるみたいな動き。なのに、中身は完全に圧殺。
木をへし折る腕だ。捕まれば、人間なんか簡単に潰れる。
けど、これで少しわかった。
「もしかしたらと、思ったが、攻撃じゃないのかもな。」
すごい音を立てながら、今なお、丑の皮を抱き潰しているが、
元々は、庇うため、”守る”ための行動だったのかもしれない。
だけど、壊れた。
何者かに歪められた。
その結果。
守るはずの力で、潰している。
異形を見る。
困ったように笑う、青い鬼面。
優しい顔だった。
”優しいまま”、
壊れている。
「こいつはまだ、”守っている”つもりなのかもな。」
可哀想だと思えばいいのか。
それとも。こんな身体にされても、まだ、誰かを守ろうとしているその行動に感服すればいいのか、
わからない。
けど、
「その優しく笑っている仮面の下、”困ったような表情”だけは、取り除いた方が良さそうだ。」
この異形。
こいつを倒す。覚悟が決まった。
異形が、ゆっくりと顔を上げる。
抱き潰していた“偽物”が、本物じゃないと気づいたのか。
青鬼面の視線が、こちらへ向く。
視線が、交差した。
森が、静かになる。
まともに相手するだけ無駄だと思っていた。
時間をかけず、
抜けるべき敵だと。
けど――。
「……やめだ。」
相手を射抜くように、見て。
「こいつは、俺が倒す。」
その瞬間。
頭の上から、
重みが消えた。
黒猫__閏尾の声が鳴き。
その合わせる視線が、1つ増える。
閏尾が、するりと頭から飛び降りる。
軽い音。
そのまま、青鬼面の前へ。
逃げない。
威嚇もしない。
ただ、
真っ直ぐ見上げていた。
「ちょっ!」
驚いて視線を、閏尾に向けるが、
黒猫は、振り返らない。
その瞳は、青鬼面のゴブリンしか映っていない。
閏尾がダメージをもらうと、どうなるのかまだ未知数だ。
そして、周りにはゴブリンが溢れている。
だから、俺が、回避に徹していれば、俺に乗っている閏尾は、攻撃を受けないだろうと思って乗せていたんだが、
「……お前も戦いたいってか。」
過保護なのが、バレてたか。
ナイフを握り直す。
視線を前へ。
異形。青鬼面。歪んだ守護者。
その奥。
こちらを見つめる、優しい目。
「なら――今度こそ。」
黒猫と、
同じ方向を向く。
「連携ってのを見せてやる。」
青黒い腕が、ゆっくりと振りかぶられる。
関節が、ぎちりと軋んでいる。
「これは、普通の攻撃。」
瞬間。
半拍遅れて、回避行動をする。
「これで、間に合う。」
身体を流すように横へずらす。
直後。
空間が、遅れて抉れた。
木々が揺れる。衝撃だけで、背後の枝葉が吹き飛んだ。
こいつとの戦闘で、防戦一方にされていた理由。
それは、閏尾が気まぐれだから――だけじゃない。
振り終えたはずの攻撃が、遅れて、“もう一度”肉体だけ追いかけてくる。2段階攻撃。
背後へ回り込み、抱き潰してくる。掴み攻撃。
この2つのスキルに合わせて、
「ディレイ攻撃。」
攻撃タイミングを、“ズラす”。
本来避けたはずの場所へ、遅れて攻撃を置いてくる。回避の感覚を狂わせる、厄介極まりない攻撃。
ディレイ攻撃の対処法は、覚えるしかないって言われるほど、厄介な攻撃だが、
「こいつは、通常攻撃がディレイ攻撃。…………覚えやすかったぜ。」
上手いゲーム会社程、このディレイ攻撃の前に、”ヒント”を置く。
片足が浮く。肩が沈む。武器を持つ角度が変わる。
一見わからない“予兆”。
この”ヒント”を読み解くと、驚くほど簡単に相手の次の手がわかるようになり、ダンスを踊っているような気分になる。
ダンスしたことないけど…………。
今回の青鬼面のゴブリンは、逆だ。
ディレイ攻撃以外、スキル使用時。
皮膚の下。
身体から悲鳴が上げるように、肉と骨が蠢く。
身体の奥。
“何か別のもの”が、遅れて動き出す。
それが、合図。
覚えた瞬間。
「こいつは、ただの動く屍だ。」
回避行動のあと、空間が抉れる音を背に、
接近する。
継ぎ接ぎだらけの身体。
その縫い目に沿うように、ナイフを滑らせる。
裂く。ポリゴンの光が散る。
すると。
皮膚の下が、蠢く。
両腕が抱くように広がり、抱き潰してくるが、
|スキル発動 [疾走]。
一歩。
それだけで、距離が開く。
異形の腕が、空を抱いた。
瞬間。
猫が__鳴く。
__ナー。
[猫に小判]。3つ目にセットしておいたスキル。
[投擲]。
そのスキルの力が、手に持っているナイフに宿る。
__投擲。
だが。
投げた先は、敵じゃない。
自分の真下。ただの地面。
当然。そのまま刺さる――はずだった。
だが、ナイフは。
物理的にあり得ない軌道を描く。
上に、急上昇し、青鬼面のゴブリンの身体を貫きながら、円を描くように旋回。
そのまま――
キィン。
手元へ戻ってくる。
「――よし!」
思わず、声が漏れる。
「できた!ぶっつけ本番だったけど。」
投擲スキルは、”狙った場所へ命中する”。
なら、
狙う対象を“自分”に設定し、勢いと回転を加えれば。
一人キャッチボールみたいな芸当も、できる。
ミスれば、自身を貫く刃になるが、決まれば回収不要。軌道操作可能。
実質、戻ってくるナイフ。こんな事も出来る訳だ。
掴み攻撃の後。こいつには、大きな隙が生まれる。
丑の皮を抱き潰していた時と同じだ。“守ろう”とする時間だけ、硬直する。
なら。
「そこが、穴だ。」
疾走。
森を駆ける。
青鬼面のゴブリンを中心に、高速で周回。全身へ、ナイフを刻み込んでいく。
狙うのは――継ぎ接ぎ。
縫い合わされた線。
「わざわざ繋いでるってことは……。」
斬る。
「見せたくないものでも、あるのか。」
裂け目から、光が漏れる。異形が、軋む。
その瞬間。鳴き声。
閏尾が、準備完了の合図のように__鳴く。
__ナーォ!
その口元には――巨大な水球。
大砲が__来る!。
残していたスタミナをフルに使い。
全力で、距離を取る。
そして。
――轟音。
水が、砲弾みたいに森を貫いた。
衝撃。爆風。木々が、まとめて吹き飛ぶ。
まともに直撃した青鬼面のゴブリンは、後ろにあった木々もろとも、吹き飛ばされている。
「……すごい威力。だけど、」
倒れない。
全身、ずぶ濡れ。切り傷だらけ。肉は裂け。骨格は歪み。
それでも。そいつは、立っている。
強い攻撃を、受けた反動か。
動かない。
「…………いや……。」
違う。
先ほどまでと、“雰囲気”が違った。
集まっていたゴブリン達。
周囲を囲んでいたゴブリンたちが、逃げるみたいに散っていく。
その場に居た奴らが、後退るたびに枝が鳴る。
森が、震えている。
そして、鬼面だけが笑っている。
半身。死したゴブリンの肉体がぐずぐずに崩れていく。
それと同時に、青の鬼面。癒着していた解けるように肉に埋まっていたものが、剥がれるんじゃない。
浸食している。
鬼面が。
死体を。
肉を。
骨を。
青黒く、塗り潰していく。
身体が、組み替わる。
継ぎ接ぎだった四肢が、鬼の骨格へ変質していく。
皮膚の下で蠢いていた“何か”が、全身へ広がっていく。
そして。
困ったように。泣きそうに。笑っていた、その顔。
今度は、死したゴブリン側の顔まで。同じ表情へ変わっていく。。
全身が青黒く染まった。
その異形は、ゴブリンではなかった。
__歪んだ青鬼。
青黒い異形が、ゆっくりとこちらを見る。
森の空気が、変わる。
先ほどまでの、“歪まれたもの”じゃない。自ら、”歪んだ者”として。
その瞬間。
青鬼の目が、虚空に変わる。
――再び。
戦闘が、始まる。




