「青」鬼ごっこ
青鬼の笑顔が歪んでいる。
笑顔であるのが不思議なくらい。鬼面も染め上げられた顔の方も。
制限時間が、何分なのか、何秒なのかはわからない。
だが――長くない。
青鬼の身体から滴り落ちる血肉の量が、それを雄弁に物語っていた。
ボト、ボト、と落ちるたびに、奴の体積が目に見えて減っていく。
青鬼の体積は、もう半分も残っていない。
それでも、奴は止まらない。
皮膚の下で蠢く“何か”が、力を振り絞るように暴れている。
青鬼が腕を振りかぶる。
投擲だ。
肉片が弾丸のように飛ぶ――その瞬間。
閏尾が鳴いた。
__ナーッ!
その声に反応して、一歩横へ滑る。
直後、閏尾の水球が木の幹を叩き、飛散した水が視界を遮る“幕”になる。
肉片がその水幕にぶつかり、勢いを削がれて落ちた。
「ナイスだ、閏尾!」
青鬼が二段攻撃を放つ。
遅れて飛んでくる骨片が、水幕を裂いて迫る。
俺は低く潜り、閏尾は逆方向へ跳ぶ。
骨片が二人の間を通り抜け、木に突き刺さる。
青鬼の腕が震える。
体積がさらに減る。
それでも、奴は前へ出る。
掴み攻撃。
青黒い影が一瞬で間合いを詰める。
だが――閏尾が先に動いた。
黒い影が青鬼の足元へ飛び込み、爪で地面を引っ掻く。
土が舞い上がり、青鬼の足元を覆う。
その一瞬の視界の乱れ。
横へ跳び、掴み攻撃の包囲から抜ける。
青鬼の動きが、わずかに遅れ始める。
肉片を飛ばすたびに、身体が崩れていく。
それでも攻撃だけは止めない。
青黒い腕が振りかぶり、投擲が来る。
閏尾が俺の肩に飛び乗り、耳元で鳴く。
__ナーッ!
|スキル発動 [ハイジャンプ]。
その声に合わせて、地面を蹴り、木の上へ。
青鬼の狙いが、ひとまとまりになっている俺たちに向け、肉片の弾丸が襲うが、
俺は木の幹を蹴り、斜め上へ跳ぶ。
閏尾は俺の肩から飛び降り、逆方向へ跳ぶ。
肉片が木を抉り、骨片が空を切る。
青鬼の腕が震え、膝が沈む。
もう限界だ――そう思い。
青鬼の動きが、ふっと止まる。
「……動かなくなった、か?」
一歩、近づこうとした。
次の瞬間。
青鬼の身体が、跳ねた。
崩れかけた肉体とは思えない速度で、
青黒い影が地面を抉りながら迫る。
掴み攻撃。
「っ――!」
心臓が跳ねた。視界の端が暗く沈む。
|スキル発動 [疾走]。
反射で地面を蹴る。
間に合った――!
腕が頬を掠め、風圧で少しダメージをもらう。
ギリギリだった。
そう思った――が。
「閏尾ッ!」
閏尾が、青鬼のもう片方の腕に捕まっていた。
青黒い指が小さな身体を包み込む。
黒い毛が、かすかに震えているように見えた。
__潰される――。
その未来が、脳裏に鮮明に浮かんだ瞬間。
__ナーッ!!
閏尾が、短く、鋭く鳴いた。
思考が引き戻される。その声が、合図なんだと理解した。
俺の指が、無意識に動く。ナイフを持つ指に力が宿る。
4本のナイフを挟み、同時に投げ放つ。
「離せッ!!」
ナイフは弧を描き、
青鬼の腕の“関節”へ吸い込まれるように突き刺さる。
一拍。
次の瞬間、
青鬼の腕が、弾け飛ぶ。
閏尾の身体が解放され、空中へ跳ねる。
俺は走り込み、落ちてくる閏尾を抱きとめた。
青鬼の身体が、大きく揺れる。
支えを失ったように膝が沈み――動きが、止まった。
微動だにしない。
皮膚の下で蠢いていた“何か”も、まるで息を潜めたように静まる。
風が止む。
森が黙る。
青鬼の目が、わずかに揺れた。
空虚な穴の奥で、
ほんの一瞬だけ――
“誰か”を探すような光が灯る。
その光は、すぐに崩れた。
青鬼の身体が、支えを失ったように沈む。
裂けた肉の隙間から、黒い液体が溢れ、地面に落ちるたびに煙のように消えていく。
ボト……ボト……
その音が、まるで泣いているように聞こえた。
「……お前……」
言葉が続かない。
青鬼は、最後にこちらを見た。
空虚な穴のはずの目が、どこか寂しげに揺れていた。
閏尾が、小さく鳴く。
__ルァー。
その声に反応するように、青鬼の身体がわずかに震え――
次の瞬間、崩れ落ちた。
音もなく。
ただ、静かに。
まるで、
“守るものを失った守護者”が、ようやく役目を終えたかのように。
「ふうううーー………危ねぇ……。」
俺は息を吐く。
逃げ切った。
閏尾と二人で、攻撃を避け続けて。
青鬼の“寿命”が尽きるまで。
どれくらいの時間、そうしていたのかわからない。
青鬼の身体が完全にポリゴンの光へと還った後も、俺はしばらくその場を見続けていた。
「………結局、何だったのか…。」
青鬼があんな姿になっていた経緯などは、一切わからなかった。
けど、戦っている最中に感じた“違和感”だけは、胸に残っている。
――何かを探していた。
――“誰か”を守ろうとしていた。
そんな気配が、奴の行動の端々にあった。
何が待っているのか。
何者かが、こいつをあんな風に変えてしまったのか。
それが、この先にあるのか……。
気が滅入ればいいのか。
ワクワクすればいいのか。
いや、そもそも――
「こいつ中ボスだよな………。」
十二支よりも強いぞ。
下手したら__黒猫よりも。
__ペシッン!
「ぁ痛った!」
いつの間にか、頭の上に乗っていた黒猫__閏尾に叩かれた。
ごめんって、流石にお前の方が強かったよな。
1デスしたもんな。
閏尾のご機嫌を取りながらも、深く息を吐く。
「とりあえず、休憩!」
流石に疲れた。ゲームアバターだから、肉体の疲れはないに等しいけど。
精神的な疲労は確実に溜まっている。
それでも、倒せたという充足感と解放感がじんわり広がっていた。
休憩と言いながらも、ウィンドウに指を滑らせながら、先ほどの戦闘を振り返る。
最後らへんの戦闘では、完全に閏尾の指示に従っていた状態だったな。
………指示と言うか、鳴いていただけだけど。
大半のスキルの主導権が閏尾にある現状。
戦略の主導権も閏尾に任せるのは、悪くない。いいんだが。
ただ――
最後の掴み攻撃用に、閏尾が狙われるとどうしても、そこが穴になる。
そこをどう対処するか考えないといけない。
と言うか、
「………何で最後にしか狙われなかったんだ?」
攻撃のほとんどは俺が捌いていたし、ターゲットの俺がデカかったか?
それにしては、狙われ過ぎな気がするし、ヘイト管理でいうと、閏尾の水球による、強い攻撃でヘイトが変わっていても変じゃなかった。
最後に青鬼が向けた。
空虚な目から、その奥に灯った“誰か”を探すような光を思い出す。
「…………わかんねぇや。」
思考を追い出す。考えても答えは出ない。
そんなことより、忘れてたアイテムを取らないと。
そう考え、辺りを見回す。
木々に挟まれていた森の中だったが、青鬼が暴れていたおかげで、軽い広場みたいになっている。
そこに、散らばるアイテム。
丑の皮。ナイフが4本。そして__仮面。
あれ?
一種、多いな。
もう一度確認する。
丑の皮。ナイフが4本。
そして__青い仮面。
__ルガァ!
器用に頭の上で毛づくろいをしていた閏尾を引きはがすような速度で。
仮面の場所へ飛び込む。
「きた、きた、きた、っ来た!」
遂に来た。
待ちに待った“顔を隠すアイテム”!
アイテムを手に取り掲げ、勝利宣言を上げる。
「よっしゃー!」
俺の時代が、来た。
これで、白い塔に戻れる!キャラクリし直せるよ~。
よかったーーー。
半泣きの状態になって仮面を見てみると、
”片面”
青い鬼を模っている。
泣いているようにも、笑っているようにも見えるそのお面は。
だが――縦に半分に切り取られたように”片面”しかなかった。
「…………ふうううう。」
まだだ!
まだ、諦めるのは早い。
こいつは中ボスで、出てきた!
ということは――
大ボスは“完全な仮面”を落とす可能性がある。
決めた。
いや、もう決まっていた。
「待ってろ。元凶。必ず俺が倒す!」
まだ見ぬボスへ、宣戦布告する。
青鬼の無念を晴らすために。
そして何より――アイテムドロップのために!




