猫は語らず、世界は変わる
「………12か……。」
ウィンドウを睨むようにして視る。
表示されているのは、残りのSP。
ぴったり――12。
脳裏に浮かぶのは、さっきの戦闘。
そして、あの“空想”。
十二の席に選ばれなかった存在。
間に合わなかった、それだけで弾かれたもの。
その代わりに与えられた役割。
――見守る者。
「……は。」
鼻で笑う。
「SPまで、それに合わせる必要はねえだろうに。」
出来すぎている。
まるで、“そう使え”と言われているみたいだ。
「……ちょうど、残ってやがる。」
視線を横に滑らせる。
武技スキル。強化スキル。
どちらも“new”が並んでいる。
「……普通に考えりゃ、こっちだろ。」
即戦力。確実な強化。
選ぶ理由はいくらでもある。
――本来なら。
「…………。」
だが、指は動かない。
|番外{猫}[猫に小判] SP12
“番外”。
十二の外側にあるもの。
「……ボス報酬、これか?」
宝箱もなかった。ドロップもなかった。
その代わりに、ここにある。
「……対価、重そうだな。」
制御不能。強化も不明。
普通に考えれば、外れだ。
なのに。
「……気になるな。」
理由は、はっきりしない。
ただ一つ。
“繋がってる”。そういう感覚だけが、ある。
「……まぁ、いいか。」
指を、伸ばす。
「どうせ、普通には終わらねぇんだろ。」
半ば投げるように。
けど、その奥に、わずかに混じるのは――
確信に近い、興味。
「……選んでやるよ。」
__ふみ、ふみ。
頭上で、小さな圧がかかる。
「ええと、スキル詳細は…………。」
|番外{猫}[猫に小判] SP12
|番外の獣。猫を召喚する。
|
|猫は、装備されたスキルまたはアイテムを最大3つまで保持する。
|それらは、設定された順序に従ってのみ発動される。
|
|※猫はプレイヤーの操作を受け付けない。
|※発動のタイミングは猫の判断に委ねられる。
|
|ステータス上昇値
|STR(筋力):10, DEX(器用):10, INT(知力):10
__ぺち、ぺち。
頭頂部を軽く叩かれる。
「……尖った性能しやがって……。」
吐き捨てるように言いながらも、目は真剣だ。
まず引っかかるのは――
“スキルまたはアイテムを最大3つまで保持する”。
「……これ、どういう意味だ?」
眉を寄せる。
「このスキルとは別に、さらに3つ持てるってことか……?」
一瞬、思考が止まる。
「……いや、待て。それ、普通におかしくねぇか?」
もしそうなら。
スキル枠+3。単純計算で、手数が増える。
「……神スキルじゃねぇか。」
__ペシッペシッ。
次に目がいくのは、ステータス。
STR、DEX、INT――それぞれ+10。
「他のスキル、10が上限だったよな……?」
合計で、30もステータスが増えている。分散されているから、特化されているスキルで組めば、大したこと無いかもしれない。
「……いや。」
小さく首を振る。
「これ単体で見るもんじゃねぇな。」
こいつの本体は、“3つ持てる”方だ。
出来ることが増える。選択肢が増える。
つまり、
スキルコネクトの幅が増えるかもしれないってことだろ!これだけでも、このスキルがヤバいことが伝わる。
――ふみ、ふみ。ふみふみ。
さっきより少し強く踏まれる。
「よっしゃ!いっちょ試してみるか!」
顔を上げ、軽く肩を回す。
検証は、いつも通り。
「スキルコネクト。」
選ぶのは決まっている。
最初の一手は、俺の中で、万能のイメージが定着し始めているこいつだ。
「[猫に小判]×[疾走]。」
言った瞬間――
すっと、力が抜ける感覚。
そして。[疾走]のクールタイムが回る。
「……あれ?」
静寂。何も、起きない。
「……不発か。」
これは知っている。スキルコネクト失敗時の反応だ。
「かぁー……マジか……。」
頭をかく。
「ってことは……。」
視線が、もう一度スキル説明に戻る。
“プレイヤーの操作を受け付けない。”
“発動のタイミングは猫の判断に委ねられる。”
「……あー。」
理解が、繋がる。
「これ、俺が使うスキルじゃねぇな。」
コネクトできない。
タイミングも指定できない。
つまり――
「土台、か。」
ぽつりと呟く。
スキルコネクトはピラミッドみたいなもの。
土台に、あるスキルを組み合わせるから、段差の高い位置を作れるのであって、
その土台が組み合わされない形をしていた場合。高い位置のスキルは作れない。
つまり、この[猫に小判]ってスキルは、土台を増やすスキルってことか。
__ペシッン!ペシッン!
いい加減無視もできないか…………。
さすがに視線を上げる。
黒い猫が、当然のように頭に乗っていた。
「お前……さっきから何してんだよ。」
じっとこちらを見下ろす細い瞳。
反省の色は、ない。
いつの間にか、当たり前のように乗っていた。
「痛えよ。お前。」
細い瞳。戦っていた時と同じ色。
俺の頭にふてぶてしく座っている。
先程、戦っていたあいつなのかはわからない。
けど、
「……あのなぁ。」
少しだけ笑いながら。
「激戦繰り広げた、言わば“強敵”だろ?」
軽く指を差す。
「仲良くしていこうぜ。」
__フン。
露骨にそっぽを向かれる。
「……マジかよ。」
肩が落ちる。
「大丈夫かなぁ……。」
ぼそりと呟く。
スキルは制御不能。
猫は言うこと聞かない。
「……先が思いやられるな。」
けど。
その口元は、ほんの少しだけ――楽しそうに、歪んでいた。
ある程度、検証を終えたところで、塔を出ることにした。
いつまでもここにいても、欲しいアイテムは手に入らない。
「……まぁ、また来ればいいか。」
小さく呟き、踵を返す。
エレベーターに乗り込み、下層へ。
静かに扉が閉まり、ゆっくりと降下が始まる。
「また、あのモンスター地帯を通るのか………。」
渓谷。
この塔の入口に広がる、天然のフィールド。
地面には、うねるように這う蛇型のモンスター。岩陰から飛び出してくる、あの嫌な速度。
空には、旋回しながら隙を狙う鳥型。タイミングを誤れば、一方的に削られる。
「……面倒なんだよな、あそこ。」
リスポーンが自由になったとはいえ、スタート地点があそこなのは変わらない。
つまり――
「毎回あれ通るってことだろ……。」
防げる事故は、防ぐに越したことはない。
塔の下層。
そのまま歩き、外へ続く扉の前に立つ。
「……よし。」
軽く肩を回し、手を伸ばす。
塔の扉に手を掛ける。
重い感触。
開く。
外の光が、差し込む――はずだった。
「……あ?」
違和感。
視界が、止まる。
光が、弱い。いや、違う。
“遮られている”。
渓谷。だが、その景色が――
「…………え?」
埋まっている。
地面が見えない。岩肌が見えない。
代わりにあるのは――蠢く影。うごめく塊。重なり合う輪郭。
「……なんだ、あれ……。」
数が多すぎる。密度が、おかしい。
一体や二体じゃない。十でも、足りない。
視界の端から端まで。埋め尽くしている。
耳を澄ます。
ざわざわと、何かが擦れる音。
低く、濁った声。
規則性のない、気配の波。
「……は?」
理解が、追いつかない。
ここは、蛇と鳥のフィールドのはずだ。
こんな光景は、予想してない。
そして。ようやく、それを“認識”する。
小柄な体躯。歪んだ顔。鈍い色の武器。
「……嘘だろ。」
渓谷が――
ゴブリンに、占領されていた。




