空白の報酬と、番外の席。
戻って来た。
猫を倒し、あの“空想”を見せられた場所へ。
足裏に、床の感触がある。
重力がある。
呼吸が、ちゃんと肺に落ちる。
「……スキル使えてよかった。」
ぽつりと、漏れる。
思い出すのは――
いきなり引きずり込まれた、あの空間。
崩壊した都市。
雲の上みたいな足場。
音の消えた世界。
「……全く、何なんだよ。」
連れてこられて、
「__まだ、だめ。」とか言われて。
挙げ句、説明もなしに落とされる。
「普通、順番あるだろ……。」
肩で息をしながら、天井もない空間を見上げる。
けど。――戻ってこれた。
だが、脳裏に残る。
あの少女の顔。
「……あんな顔、ガキがするもんじゃねぇだろ。」
寂しそう、なんて言葉じゃ足りない。
“残された側”の顔だ。
あの落とされた瞬間。
無理やり、スキルを“繋いで”。
座標もクソもない場所に、ねじ込んで少女のもとに戻ってやった。
鳩が豆鉄砲食った顔をしてたが、そっちの方が、まだマシだ。
偶然か、仕様かは知らない。
「……まぁ、帰ってこれたならいいか。」
軽く首を鳴らす。
戻って来た瞬間。あれはただの驚きだが――あっちは違う。
どんな理由があるのかは、知らないが「__まだ、だめ。」で、「__ここだけ、じゃない。」らしい。
今は、無理なんだろう。教えてくれそうになかった。
「……ったく。」
小さく舌打ちする。
「要するに、まだ終わってねぇってことかよ。」
視線を巡らせる。
静まり返ったフロア。もう敵はいない。圧もない。
――そして。
道も、ない。
「……マジで最上階か、ここ。」
出口も、次の階層もない。
ただの“終点”。
けど、あの言葉が引っかかる。
「”ここだけ、じゃない”……ね。」
つまり。
同じ“塔”が、他にもある。
同じ構造。同じ試練。
同じ――“何か”。
「気になるな……。」
考え込みそうになった、その時。
視界の端に、光が走る。
ウィンドウが、開く。
|「十二の席を狙うもの」ボス撃破を確認しました。
|ダンジョン「輪廻を巡る十二象」のクリアをお知らせします。
|
|これより、このダンジョンへ
|リスポーンを行えるようになりました。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「リスポーン……?」
眉をひそめる。
「いや、待て。」
普通に考えておかしい。
「クリアしたダンジョンに、“戻る”必要あるか……?」
報酬回収?
いや、それなら転送機能でいい。
再戦用?
それにしては、“常時解放”はやりすぎだ。
「……わざわざ“リスポーン地点”として固定する意味がない。」
視線が、ゆっくりと床をなぞる。
ここは、もう攻略済みの場所だ。
敵もいない。仕掛けも終わっている。
――“終わった場所”だ。
なのに。
「……なんで、“終わった場所に戻らせる”?」
言葉にした瞬間、引っかかる。
――わざわざ“戻れるようにする”理由。
「……まさか。」
頭の奥で、さっきの光景が浮かぶ。
崩壊した都市。あの空間。
そして――あの少女。
「……繋がってんのか?」
ぽつり、と。
確証はない。
けど、妙にしっくり来る。
あそこは“演出”じゃない。
あれは――
「…………どこ、だ?」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
このゲームの本筋は、
何処にあるのかわからなかったが、なるほど、
「……また来いってか。」
小さく、笑う。
呆れと、少しの興味が混じった笑い。
「いいぜ。」
軽く肩を回す。
視線を上げる。
何もない天井。
だが、その先に“何か”がある気がした。
「もう一回、登ってやるよ。」
あの言葉に、返すみたいに。
そういや――と、辺りを見回す。
視界に入るのは、戦闘の余韻。
削れた床。砕けた痕跡。
そして――散らばったままのアイテム。
「…………拾うの、忘れてた。」
思わず、間の抜けた声が漏れる。
一歩、踏み出す。
さっきまで命の取り合いをしていた場所とは思えないほど、静かだった。
しゃがみ込み、ひとつずつ拾い上げる。
寅と卯、亥のアイテムをインベントリに入れ、
「………これで、十二支そろった、か。」
長かった。
いや、実際の時間はそこまでじゃないのかもしれないが――
体感は、妙に濃い。
「……ん?」
ふと、手が止まる。
「……あれ?」
違和感。
「……そういや、ボス報酬は?」
数秒。
思考が、空転する。
「おいおい。待てよ。」
立ち上がり、周囲を見渡す。
念入りに、隅まで。
宝箱。ドロップ品。光るエフェクト。
――何も、ない。
「いやいやいやいや。」
インベントリを開く。
探すが、ボスドロップが入った痕跡など無い。
「……ないな。」
沈黙。
「……は?」
膝から、崩れ落ちる。
「マジでか…………。」
乾いた声が、床に落ちる。
「現物支給なしですか……?」
天井もない空間を仰ぐ。
誰に文句を言えばいいのかも分からない。
「何のために来たと思ってんだよ……。」
顔を隠すアイテム。
そのためにここまで来たはずなのに。
「……はぁ…………。」
深く、息を吐く。
しばらくそのまま固まって――
やがて、ゆっくり立ち上がる。
「……まぁ。」
頭をかきながら、呟く。
「リスポーン制限がなくなっただけでも、マシ……か。」
完全に納得したわけじゃない。
むしろ、不満の方が大きい。
だが。
「……プラスに考えなきゃな……。」
そう割り切ろうとした、その時。
視界の端に、光が走る。
ウィンドウが、静かに開いた。
__スキル一覧。
その中に――見覚えのない項目が、増えている。
|[武技スキル]new [魔法スキル] [強化スキル]new [十二支]new
「……なんだ、これ。」
思わず、眉をひそめる。
新スキルの追加。
それ自体は珍しくない。
だが。
「……いや。」
視線が、そこに釘付けになる。
“スキル”とは違う。
技でも、魔法でも、強化でもない。
もっと――“枠の外にある何か”に見えた。
ゆっくりと、指を伸ばす。
一瞬だけ、躊躇して――
押す。
表示が、切り替わる。
|・[十二支](SP;12)
|
|番外{猫}[猫に小判] SP12
「………なに?……これ。」
喉が、わずかに鳴る。
“番外”。
十二の外にあるはずのもの。
さっき、見たもの。
――選ばれなかった存在。
脳裏に、よぎる。__あの瞳。
「……猫、か。」
小さく、呟く。
その瞬間。
視界の奥が、わずかに“ずれる”。
ほんの一瞬だけ。
自分のものじゃない“視点”が、重なった気がした。
高い場所から、見下ろすような。
何もかもを、距離を置いて“観ている”感覚。
「……っ。」
すぐに、元に戻る。だが、消えない。
確かに、残っている。
「……なんだよ、これ……。」
理解はできない。
だが、感覚だけが告げてくる。
これは、単なる“スキル”じゃない。
“見守る側の、視点”が。
――そこに、“ある”。




