猫ババの目は移ろう
相手の”姿”が、ぶれる。
小さな黒猫だった輪郭が、歪む。膨張する。
引き伸ばされるように、影が広がり――
次の瞬間。
そこにいたのは、“巨大な化け猫”。
体毛は光を拒むような漆黒。だが、その奥で、爪と瞳だけが、異様に光を反射している。
ぎらり、と。
明確な敵意が、こちらに突き刺さる。
空間が軋む。床が、わずかに沈むような錯覚。
圧力が、段階を上げるように増していく。
そして、猫の背後。
奪われたアイテムたちが、円を描くように浮かび上がる。
ゆっくりと、回転する。まるで、“選別”するかのように。
その中から、一つ。
猫が、口で咥える。
不釣り合いなほど、小さな武器。
ナイフ。
「……それ。」
視線が、自然と引き寄せられる。
見覚えがある。あれは、
子の部屋で手に入れた武器。
脳裏に、情報が浮かぶ。
ネズミの能力。
“増殖”。
思い出すのと、
猫がナイフを掲げるのは、ほぼ同時だった。
その瞬間。
アイテムが光を放ち。
ぶれる。
像が、重なり、分裂する。
猫の姿が――
“2匹”になる。
「――っ!」
反射的に、スキルを叩き込む。
|スキル発動 [疾走]
地面を蹴り。一気に距離を取る。
考えるより先に、体が動いていた。
あのサイズで、あの速度で、さらに数まで増やされたら――終わる。
部屋が埋まる。押し潰される。
あの速度で、数を増やされたらこの部屋が埋まる。
とにかく距離を――
「……ん?」
視界の端で、異変に気づく。
増えたはずの猫。
2匹。
その片方が、揺らぐ。
輪郭が、わずかに遅れる。
そして
3匹目。
現れる。
「……遅い?」
足を止めかけて、踏みとどまる。
違和感。ネズミの時と、明らかに違う。
あの時は一瞬で、倍々に増えていた。
視認した時点で、もう手遅れだった。
だが、これは違う。
2匹。そして、3匹。
“段階”がある。
「……完全再現じゃ、ない?」
低く、呟く。
その瞬間。
2匹の猫が、同時にこちらを見る。
そして、もう一匹。
遅れて現れた影が、別の動きをしていた。
視線を向ける。
その個体だけが、違う。
ゆっくりと。背後に浮かぶアイテムの円から、一つを選び取る。
咥えて、“掲げる”。
その動作は、どこか“選択”に近かった。
掲げられたそれが、光を放つ。
次の瞬間。
3匹すべての猫に、
“外殻”がまとわりついた。
黒の上から、さらに重ねられるような質感。鈍い光沢。
金属にも似た、異質な防護。
「…………ああ。」
短く、息が漏れる。理解が、追いつく。
「…………そうゆうことしてくんのね。」
視線が、アイテムへと向く。丑の皮。
あの時、何度叩いても通らなかった、あの異常な耐久。
それを、“全個体に共有している”。
ただの再現じゃない。
これは――
“組み合わせてる”。
「……めんどくせぇな。」
苦笑が漏れる。
棍棒を握る手に、力が入る。
あの外殻。生半可な攻撃は通用しない。
それは、もう知っている。
だが。
「……逆に言えば。」
視線を細める。“外殻を張らせたまま”でいる必要はない。
選択している。なら――
「……選ばせなきゃ、いい。」
猫たちが、同時に動く。
圧が、来る。
「……来いよ。」
低く、吐き捨てる。
言うは易く行うは難し。それが、今の俺の現状だ。
また一匹。猫が、背後の円からアイテムを咥え、掲げる。
反射で、水球を撃ち出す。
狙いは一点。掲げられたアイテム。
だが。黒い影が、割り込む。外殻を纏った別個体が、庇うように前に出る。
鈍い音。
水球は、弾かれた。
「くそっ……また弾かれた。」
その一瞬の遅れ。それだけで、十分だった。
掲げられたアイテムが、光を放つ。
次の瞬間。猫たちの姿が、ぶれる。
「――速っ。」
加速。一段階、いや、それ以上。
視界に捉えていたはずの位置が、意味をなさなくなる。
この状態に入ると、防戦一方だ。
何度目だ。
アイテムを撃ち落とそうとして、
防がれて、強化を通される。その繰り返し。
「……チッ。」
息を整えながら、視線を走らせる。
その時。違和感。
猫の一体から、何かが“剥がれる”。
背後の円へと戻っていく。
目を細める。
思考が、噛み合い始める。
「…………気づいたことがある。」
低く、呟く。
掲げたアイテム。その組み合わせは、無限じゃない。
そして――使う順番にも、“縛り”がある。
二匹の猫が、同時に踏み込んでくる。
左右からの挟撃。
「――ッ!」
|スキル発動 [疾走]
ギリギリで躱す。
足元を削るような爪を、紙一重で外す。転がるように距離を取るが。
その間にも。もう一匹が、アイテムへと口を伸ばす。
「来る……!」
構える。だが。
次の瞬間。
増えていたはずの個体が、影に沈むように消えていく。
2匹。
1匹。
数が、減る。
最終的に、残るのは、
1匹。
だが。圧は、消えない。
外殻も、加速も、そのまま。さらに。
体の周囲に、揺らぐ“何か”が纏わりつく。
空気が、流れている。
……風。違う。
あの時の戦闘。触れられない動き。すり抜けるような回避。
「あれは………。」
卯の因子。
こちらの攻撃すべてを避ける。[回避]の能力。
あの時は[属性付与]を檻のように使い攻略した。
だが、今は違う。あの巨体。あの速度。
それを囲う?
「……現実的じゃねぇなぁ。」
舌打ちする。
その時。
猫に変化が起こる。
卯の因子を掲げ、能力を宿したと思ったら、子のナイフが、背後に浮かぶ円に戻る。
猫の扱えるもの。それは、“全て”じゃない。
同時に使えるのは、
3つまで。
そして、その使用順。
アイテムは”十二支”の順番でしか使うことができない。
「……なるほどな。」
自由に使っているように見えて、
実際は。
“決められた順”に従っている。
だから。一つ進めば、前の一つは、外れる。
「………攻略が見えてきた。」
息を吐く。
理解した。制限がある。ルールがある。
そして、それは――
崩せる。
アイテムを庇ったのがその証拠だ。
だが。目の前の猫は、動じない。
ただ、こちらを見ている。
まるで。“それも、知っている”かのように。




