騙された”獣”
さて、状況を整理しよう。
十二支のモンスターをすべて倒した。
本来なら、そのまま次の階層へ進む――はずだった。
だが俺は、それを全部拒否した。
理由は単純。宝箱だ。
欲しいものがある。それが出るまで、進む気はなかった。
……結果は、全滅。
「はぁ……。」
思い出すだけで、ため息が出る。
結局、欲しかったアイテムは一つも出なかった。そのまま不貞腐れて部屋を出たら、
――エレベーターが、起動していた。
思わず天井を見上げる。
各部屋にあった“次の階層へ進む選択肢”。あれは何だったのか。
全部スルーした俺が、結果的に進めている。
「……まぁ、いいか。」
今さら考えても仕方ない。確認する術もない。
このダンジョンは、最初からずっとそうだ。
“意味がありそうで、説明はしない”。
なら――
「進めってことなんだろ。」
小さく呟いて、思考を切り替える。
自分の状態も確認する。
ウィンドウを開く。
スキル構成は――
[水球]、[疾走]、[ハイジャンプ]。
回避寄りの構成。亥戦のために組んだものだ。
「……結局、水球使わなかったな。」
苦笑が漏れる。
突進の軌道を遮るために置くつもりだった。だが、あの速度。あの圧。そんな余裕は、一切なかった。
「まぁ、結果オーライか。」
指でスキル欄をなぞる。変更するか――少し迷う。
だが、やめた。
未知の相手に対しては、まず“生き残ること”。
それが最優先だ。
視線をステータスに移す。
レベルは、
「……お、17か。」
さっきの戦闘で、また一つ上がっている。
HPは問題なし。MPは半分程度。スタミナは、すでに全回復している。
「……悪くない。」
武器を軽く振る。
空気を切る感触。だが、わずかに違和感がある。
耐久度。
「……あと1、2戦ってところか。」
心もとない。
だが、ここまで来て引き返す選択肢はない。
顔を上げる。
天井。その向こう。
さらに上へと続く階層。
このダンジョンの名前は、
「輪廻を巡る十二象」
十二の獣。
それを、すべて倒した。
なら――
「この先にいるのは……まぁ、決まってるよな」
ボス。
それも、ただのボスじゃない。
ここまでの流れからして、
“まとめ役”か、あるいは――
「……外れ者、か。」
なぜか、そんな言葉が頭をよぎる。
理由は、わからない。
だが妙に、引っかかった。
「…………よし!行くか。」
基礎ステータスを振り分けて、立ち上がる。
右手に棍棒を握る。左手には杖を。
足を踏み出す。光の中心へ。
その瞬間。
――ぞわり、と。
背筋を、何かが撫でた。
「……っ?」
振り返る。
誰もいない。気配も、ない。
だが。確かに、今。
「……見られた?」
小さく、呟く。
返事は、ない。
ただ。
エレベーターの光だけが、
静かに脈打っていた。
光の中心に、足を踏み入れる。足裏に、わずかな浮遊感。
次の瞬間、ふっと、体が持ち上がる。
「……っ」
視界が、ゆっくりと上昇していく。音はない。機械音も、駆動音も。
ただ、静かに――
世界そのものが、下へ流れていく。
さっきまでいたフロア。十二の扉。
それらが、徐々に遠ざかる。
「……ほんと、ゲームっぽくねぇな。」
誰に言うでもなく、呟く。
普通なら、演出があるはずだ。効果音だとか、ガイドだとか。
だが、ここにはそれがない。
あるのは、“進むという事実”だけ。
上昇が続く。
時間の感覚が、曖昧になる。
数秒なのか、数分なのか。わからない。
ただ、妙に長く感じた。
その途中で。
「……また、か。」
ぽつりと漏れる。
背中。首筋。視界の外。
“何か”が、いる気がする。
振り返る。
誰もいない。気配も、ない。
だが――
「……気のせい、じゃねえよな。」
小さく、呟く。
その時。ピタリと、上昇が止まった。
一瞬の、無音。そして、浮遊感がなくなる。
「……着いた、か。」
視界が、開ける。
そこは――広い。
何もない空間。壁も、柱もない。
ただ、床が、どこまでも続いている。
天井は、見えない。光源も、わからない。
だが、明るい。影が、薄い。
「……なんだ、ここ。」
思わず、周囲を見回す。
音が、反響しない。足音すら、吸われる。
中央。そこに、何かがある。ぽつん、と。小さく。
黒い影。
「……?」
目を細める。ゆっくりと、歩み寄る。
距離が、縮まる。
輪郭が、はっきりしていく。
「……猫?」
小さく、呟く。
黒い毛並み。細い体。座っている。
こちらに背を向けて。じっと、動かない。
「……ん?」
警戒よりも先に、困惑が来る。
ボス。
そう思っていた。だが、目の前にいるのは、ただの猫にしか見えない。
「……いや、まさか。」
足を止め。距離を取る。視線を逸らさず、観察する。
動きはない。
呼吸すら、感じない。
その時。ぴくり、と。
猫の耳が、動いた。
「……っ」
反射的に、構える。
ゆっくりと。本当に、ゆっくりと。
猫が、立ち上がる。
そして。振り向いた。
目が、合う。
その瞳。
暗い光。
黒い眼。
だが、奥に、何かがある。
“見ている”目だ。
ただそこにいるのではない。
さっきから、
ずっと――
「……見てたのか?」
思わず、口から出る。
沈黙。
猫は、何も答えない。
ただ、こちらを見ている。
一歩。
猫が、前に出る。
足音は、しない。
「……ボス、か?」
問いかける。
その瞬間。空気が、変わる。
さっきまでの静けさが、
“張り詰めた何か”に変わる。
ぞわり、と。全身に鳥肌が立つ。
その瞬間。ウィンドウが、強制的に開く。
インベントリ。十二支のドロップアイテムが一斉に光る。
「……は?」
アイテムが視界の端で、震えて、揺れて、浮き。
”猫”のもとへ引かれる。
「……っ!?」
止まらない。奪われる。
猫が、嗤う。
|「十二の席を狙うもの」との戦闘を開始します。
姿が、ぶれる。
一歩、踏み込んでくる。圧が、来る。空間が、軋む。
――戦闘が、始まる。




