逃げるな!卑怯者ぉ!
寸でのところで、寅の嚙みつきを避ける。
視界の端を、牙がかすめた。
「――っ!」
反射で体を捻る。
その瞬間、背後に気配。
振り向くより先に、
爪が、背中を裂いた。
「ぐっ……!」
とっさに武器で受ける。
だが、勢いを殺しきれない。
体勢が、崩れる。
「ッ――!」
踏ん張ろうとして、足がもつれる。
そのまま、尻もちをついた。
視界が、下がる。最悪の姿勢。
「……見えねぇ。」
虎の姿が、消える。
いや、違う。
捉えきれていない。
さっきの一撃。あれは回り込まれていた。
正面にいたはずの相手が、いつの間にか背後にいる。
認識と、現実がズレている。自分の理解よりも先に、敵が動いている。
脳裏に、一つのスキルが浮かぶ。
単純な移動速度の上昇。
だが、使い手次第で――認識の外に出る。
これを行えるスキルを、
俺は知っている。
「…………[疾走]。」
次の瞬間。ゾクリ、と背筋が粟立つ。
衝撃。
視界が、赤に染まる。何をされたのか、わからない。
HPゲージがゼロになった。その、結果だけが突きつけられる。
意識が落ちる。
最後に。荒い息遣いだけが、耳に残った。
――獲物を仕留めた獣の、それが。
「………だはぁっ!」
肺に空気が流れ込む。喉が焼けるようだ。
視界が、白から現実へと引き戻される。
「……っ、は……。」
数秒遅れて、呼吸が整ってくる。立っている。
12の扉の前。
――リスポーン地点。
その事実を、目の前のウィンドウが突きつけてくる。
|リスポーンしました。
|残りリスポーン回数:2
初めての“死”。痛みはない。
だが。……気分悪い。
やられた瞬間は、ほとんどわからなかった。
気づいたら終わっていた。それが、余計に腹立たしい。
「…………残り、2。」
小さく、繰り返す。
そして、
「…………わかってるよ。」
吐き捨てるように呟く。
丑の部屋からアイテムを取ったが、欲しかったものは出なかった。
その後、不貞腐れるように寅の部屋に突入し、惨敗してきたところだ。
ここでやられたのは盲点だったが、
まぁ、十二支のうち、2体撃破。子と丑は攻略済み。
スキル頼りな部分はあったがそれでも、ノーダメージで戦えてたことは事実だし、少しくらい自分を褒めたっていいだろ。
「……やれることは、やってる」
自分に言い聞かせるように呟く。
そして。
顔を上げる。
「それに…………。」
口元が、わずかに歪む。
「ここからが本番だ。」
視線の先。
スキルウィンドウ。
「ここからはスキルコネクトの解禁だ!」
これまで、使わなかった。いや、使えなかった。
理由は単純。スキルコネクトのリスクを気にして使うことができなかった。
[過剰適応]あの暴発。あれがもう一度出たら、対処できない。だから、避けていた。
だが、一度死んでHPゲージは満タンだ。たとえ自爆のリスクでも少しなら多めに見るさ。
今なら、試せる。
今しか、試せない。
そう考え、スキルコネクトの検証をする。
寅の扉を、ゆっくりと開ける。
一歩、踏み込む。床を踏む音が、やけに響いた。
「ガルァァ……!」
虎の咆哮が響いた、その瞬間。
視界から、消えた。
「――っ!」
反射で体を捻る。
横を、何かが通り抜ける。
遅れて、風が頬を打った。
目で追えないわけじゃない。だが、捉えきれない。
次の瞬間。背後に、気配。
「後ろ――!」
振り向く。
間に合わない。
爪が振り抜かれる。咄嗟に棍棒で受ける。
「ぐっ……!」
重い。速さだけじゃない。
一撃が、重い。
弾かれ、距離を取られる。
――いや、違う。
「……離されたか」
自分が後退したんじゃない。あっちが、引いた。
そして。次の瞬間には――もう、いない。
視線を走らせる。
右。左。上。
気配が、散る。フェイント混ぜてやがる。
ただ速いだけじゃない。
「ふぅぅっ…………。」
呼吸を整える。
軽く構えを変える。重心を落とす。
いつでも動けるように。
呼吸が、合ってきている。
動きの癖。
踏み込みのリズム。
完全じゃない。だが――追える。
その瞬間。
空気が、変わる。
「……来たか。」
肌でわかる。さっきまでとは違う圧。
脳裏に浮かぶ。あのスキル。
「――[疾走]」
寅の姿が、ぶれる。
構えを変え、言葉を紡ぐ。
「スキルコネクト!
[水球]×[核震破]。」
|スキルコネクト[属性付与]を発動。
その瞬間。
右手の棍棒に、変化が走る。
シャボン玉のようなものが巻き付く。
ただの水じゃない。薄く、広がり、重なり――刃のように流れる水。
まるで、空間を削るように。水の膜が、棍棒の表面を覆っていく。
少し振るうだけで、水が後を追うように付いてくる。
遅延。残像。いや、軌跡。
その水を纏った棍棒を横に振るう。
すると、軌跡が、その場に“残った”。水流が、空間に張り付くように留まる。
揺らぎながら、そこに在る。まるで、水の壁。
気配が、走る。視えない。
だが――軌道は、読める。
その壁は、[疾走]の軌道上に出来上がる。
次の瞬間。
ズドンッ!!
鈍い衝撃。空気が、歪む。
水の壁に、何かがぶつかった。
輪郭が、浮かび上がる。
寅だ。
高速に動いたまま、壁に突っ込んだ。
その一瞬。
“止まる”。
「――終わりだ。」
踏み込む。
迷いはない。
振りかぶる。
水を纏った棍棒が、重く唸る。
動きの止まった虎に[属性付与]を施した棍棒で止めをさす。
寅の体が、大きく揺れる。
崩れる。光に変わる。粒子となり、ほどけていく。
「……はぁ。」
息を吐く。
肩の力が抜ける。
「……やっと、捕まえた。」
ぽつりと呟く。
速さには、速さじゃない。
道を潰す。
それが答えだった。
書いてて思ったのが、どこぞの呼吸でした。怒られたら表現変えます。
水の呼吸!一の型!




