7話
平日の放課後。
黒いエプロンを身につけた静は、慣れた手つきでコーヒーカップを棚へ戻した。
「静。これ、三番にお願い」
「はーい」
静の伯母が営む小さなカフェは常連客が多く、放課後のこの時間帯は比較的落ち着いている。
静は平日の放課後、空いてる日にこのカフェでアルバイトをしていた。
「いらっしゃいませ」
店のドアベルが鳴り、営業スマイルを浮かべる静。
(あ……)
入店したのは制服姿の男子生徒だった。
静は男子生徒に見覚えがあった。
(水瀬くん、だったかな)
小柄な体格で、整った可愛らしい顔立ち。
噂では一年生ながらサッカー部のレギュラー候補らしい。
「お好きな席へどうぞ」
静は心の中で「すごいなあ」と思いながら、席へ案内する。
男子生徒と……優牙は小さく頷き、窓際の席へ座った。
メニュー表を渡してから数分経ったので、静は注文を取りに行く。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「……ブレンド。あと、チーズケーキ」
「かしこまりました」
静は笑顔で伝票を書き、カウンターへ戻る。
「あの制服、静と同じ高校の子ね」
伯母が小声で尋ねる。
「うん」
「友だち?」
「ううん、一回寮で会っただけ」
「そう」
コーヒーを淹れながら伯母が笑う。
「あの子、ずっと静のこと見てるけど」
「……え?」
静は思わず振り返った。
窓際の席から、優牙がじっとこちらを見ている。
目が合ったけど、逸らされない。
静は微笑んでみるが、反応はなかった。
無表情のまま、ただ静を見ている。
(……何だろう?)
心当たりがない静は、コーヒーとケーキを運ぶ。
「お待たせしました。ブレンドとチーズケーキです」
「どうも」
優牙はまだ静を見ていた。
(近くに来たら余計見られてる……)
静は内心そわそわした。
接客中、客に見られること自体は珍しくない。
(何か気に触ることしたかな?)
エプロンに汚れがある?
髪が乱れてる?
顔に何かついている?
気になって仕方がない。
厨房へ戻ると、伯母がくすっと笑った。
「静、困ってる?」
「少しだけ」
「知り合いなら話しかければ?」
「いや……知り合いというほどでも」
「ふふっ」
伯母は面白そうに笑うだけだった。
静は他のお客さんの対応をしながらも、どうしても優牙の存在が気になってしまう。
水を注ぎに行けば見られる。
皿を下げれば見られる。
レジの前を通れば見られる。
(そんなに見られると緊張するなあ)
何度目かの視線がぶつかった時だった。
「お水のおかわり、お持ちしましょうか?」
静が尋ねる。
優牙は数秒静を見つめたあと、小さく首を横に振った。
「……大丈夫です」
「そうですか」
会話はそれだけ。
やがてコーヒーカップが空になり、皿の上からケーキもなくなる。
優牙は席を立ち、レジへ向かった。
「お会計お願いします」
「はい。ブレンドとチーズケーキで九百円です」
財布から丁寧に千円札を取り出す。
静がお釣りを渡そうとすると、その手が一瞬止まった。
「……真砂先輩」
「え?」
「この前、寮で会いました」
初めて名前を呼ばれた。
「うん。水瀬くんだよね?」
優牙は小さく頷く。
読み方はみなせで合ってるようだ。
それだけ言うと優牙はお釣りを受け取り、店の出入り口へ向かった。
「ありがとうございました。またお越しください」
ドアベルが鳴って、扉が閉まる。
「ふぅ……」
静は思わず息を吐いた。
「緊張した?」
伯母が笑う。
「した」
「面白い子だったわね」
「そうだね」
静は窓の外を見た。
歩き去る優牙が一度だけ店を振り返る。
「!」
また目が合った。
優牙は何も反応せず、そのまま歩いて行ってしまった。
「……不思議な子だなぁ」
思わず呟く。
伯母は食器を洗いながら笑った。
「静も十分不思議な子だけど」
「そう?」
「あの子のこと、気になるの?」
「べっつにー」
無表情で何を考えているのか分からない一年生。
どうしてあんなに見られていたのか。
理由は分からない。
(次に寮で会ったら、ちょっと話しかけてみようかな)
男子寮で優牙とすれ違ったら話し掛けることを決めた静だった。
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