6話
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授業を終えた静は、自室へ戻るために寮の廊下を歩いていた。
廊下の窓が開いているので、外からは運動部の掛け声が聞こえる。
まだ肌寒さは残っているのに、春の匂いが風に乗って廊下を通り抜けていく。
「……賑やかだな」
誰に言うでもなく呟く。
3月下旬には新一年生が大きな荷物を抱えて右往左往していた。
部屋番号を探している子、保護者と一緒に荷物を運ぶ子、早くも友だちができて笑い合っている子。
去年の今頃は自分が新一年生だったが、先輩として見る光景は感慨深かった。
静が廊下の角を曲がると、前方から誰かが歩いてくる。
歩いてくるというより、巨大な段ボールが近づいてくると言った方が正しい。
「……見えてるのかな」
思わず足を止めた。
段ボールの上から少しだけ黒髪が見えている。
制服ではなくジャージの色から新一年生ということが分かる。
背はあまり高くない。
それなのに自分の上半身ほどある段ボールを抱えているものだから、前はほとんど見えていないはずだ。
「大丈夫?」
危なっかしいと思った静は自然と声をかけていた。
すると、段ボールがぴたりと止まって少しだけ横へ傾く。
その隙間から新一年生の顔が見えた。
整った顔立ちだった。
「はい」
短い返事。
「部屋まで運ぶなら手伝うよ」
静は段ボールへ手を伸ばしかける。
しかし、新一年生は首を横に振った。
「大丈夫です」
「あ、そう?」
「はい」
きっぱりしている。
無愛想というわけではない。
ただ必要なことしか話さないという印象だった。
静は苦笑する。
「無理しないでね」
「ありがとうございます」
そう言うと、一年生はまた段ボールを抱え直した。
その瞬間、ジャージの左胸に刺繍された名前が目に入る。
『水瀬』
(みずせ? いや、みなせかな?)
珍しい名字ではないが、読み方がどちらなのか分からない。
「無理しないでね」
「はい」
会話はそれだけだった。
静が横へ避けると、水瀬は軽く会釈をして通り過ぎていく。
歩幅は小さいのに足取りはしっかりしていて、重そうな荷物を抱えているとは思えないほど安定していた。
(力あるんだな)
小柄だったから少し意外だった。
静はその背中を少しだけ見送り、自分の部屋へ向かう。
廊下を歩きながら、ふと笑みが溢れた。
(断られちゃったな)
別に気にしてはいない。
人見知りなのかもしれないし、自分でやりたいタイプなのかもしれない。
先輩相手でも初対面ならあんなものだろう。
静は自室へ戻って制服を脱ぎ、ベッドへ腰掛ける。
窓の外ではサッカーボールを蹴る乾いた音が響いていた。
そういえば、と静は思い出す。
今年は一年生に期待の選手が入学したと先生たちが話していた。
結構、名の知れた選手だとか。
(さっきの子だったりして)
先程のできごとを思い返す。
だが、興味はそこまで続かなかった。
静は帰宅部だから何部に入っても関わりがない。
寮で生活していても、学年が違うから関わることなんてそう多くはないだろう。
静はそう思い、本を手に取る。
そのときはまだ知らなかった。
たった数分だけ言葉を交わした無表情な新一年生が自分の日常を少しずつ変えていく存在になることを……。
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