第3話 ギャップという名の破壊力
.
「真砂ー。今日バイト?」
「ううん、今日はシフト入ってないんだ」
放課後。静は校舎の3階でグラウンドが一望できる廊下の窓際に佇んでいた。
静の視線の先にいるのは、グラウンドを駆け回るサッカー部員たち。
その中で小さいのに存在感を放つ選手を見つけて、静は目が離せなくなる。
優牙だった。
普段、男子寮で会う優牙はいつも無表情だ。
口数も少なく、どこか小動物を思わせる。
だが、グラウンドにいる優牙はまったく違っていた。
「水瀬! ――――!」
「はい!」
優牙が名前を呼ばれて返事をしていることは聞こえたが、何を言われたのかまでは3階にいる静には聞こえない。
指示を受け、パスをもらった優牙は素早く敵チームを抜き去っていく。
ゴールが決まり、汗で濡れた髪をぐいっとかき上げ、鋭い瞳でゴールを見つめる横顔。
優牙の熱量が静にもひしひしと伝わってくる。
(……ズルいなぁ、水瀬くんは)
静は窓枠に両肘をつきながら、顔が熱くなるのを隠すように両手で口元を覆った。
あんなにカッコいい顔を見せられたら、静の先輩としての威厳なんてどこかへ吹き飛んでしまう。
普段の優牙とサッカーをしている時の優牙が違い過ぎる。
(あんな顔でボール追ってるのに……僕の部屋にいる時は僕の袖を控えめに引っ張ってくるんだもんなぁ……。反則でしょ、ホント)
胸のときめきを必死に抑え込みながら、静は『よし』と小さく気合を入れた。
部活が終わったら、優牙はきっと静の部屋にやってくるはずだ。
今日こそは先輩として、リードしてみせる。
予習だって完璧……とは言えないけれど、イメージトレーニングは充分だと静はやる気に満ちていた。
そして、数時間後。
「お邪魔します」
静の部屋にやって来る優牙。
お風呂上がりなのか、髪が少し濡れていた。
「いらっしゃい、水瀬くん。今日も部活お疲れ様」
静は笑みを浮かべ、ベッドに腰掛けた。
優牙はいつものように無表情のまま、静の隣にちょこんと座る。
グラウンドでの鋭い瞳が嘘のように、今の優牙は柔らかい雰囲気だ。
(……可愛い。いやダメだ、ここで遅れをとったらまた流される!)
静は意を決して、優牙の肩にそっと手を置いた。
「ねぇ、水瀬くん。今日、グラウンドで水瀬くんが試合してるの見てたんだ」
「!」
静はそのまま、少しだけ顔を近づけて、先輩らしい余裕を見せながら微笑んだ。
「すごくカッコよかったよ。……いつもと雰囲気が違って、ちょっとドキドキしちゃった」
(どうだ……! これで少しは僕が優勢に……)
静が心の中でガッツポーズをした、次の瞬間だった。
「……見られてたんですか」
優牙がぼそりと呟き、頬を赤くしていた。
無表情のままだが、優牙は耳まで真っ赤にして視線を泳がせている。
そのままぎゅっと静の服の裾を掴み、力なく静の胸元に顔を埋めてきた。
「……真砂先輩に見られると、集中力が途切れるんで……あんま見ないで……」
「っ!?」
静の頭の中で、何かが音を立てて弾けた。
(な、なにこれ……っ!?)
感情が表に出にくい優牙が照れて本音を漏らして、甘えるように静にしがみついている。
「み、水瀬くん、あの、近……っ」
「……ダメ?」
上目遣いで静を見上げる優牙。
無表情に見えて、その瞳には甘えるような熱がしっかりと宿っている。
結局、ドギマギして固まってしまった静の肩を押して、優牙が静を押し倒す形になってしまった。
ベッドに背中がつき、静は真っ赤な顔で天井を見つめるしかなかった。
(……まただ。また僕が下に敷かれてる……!)
先輩としてリードするはずが優牙のギャップの破壊力にノックアウトされ、気付けば優牙のペースに呑み込まれている。
(でも……やっぱり水瀬くんには勝てないかも……)
押し倒してくる優牙はどこか楽しそうで、静は『まぁ、これも有りか……』と諦め半分、幸せ半分のため息をつくのだった。
.




