第41話 事後処理班の事前準備
夜も更け、宿屋に併設された酒場からは、ジョッキをぶつけ合う喧騒が響き渡っていた。
ローウェン、トゴルト、リネアの三人は、その片隅にある丸テーブルを囲み、何枚かの見取り図やメモを広げていた。
「で、結局あの小僧に手を貸すことに決めたのか?」
トゴルトが酒の入った木杯をコトッと置く。
「基本的には受ける」
ローウェンはペン先で紙をトントンと叩いた。
「だが、その前に対策を練るのが先だ」
リネアはフォークを咥えながら、メモの端書きを指差す。
「一番厄介なのは、やっぱり人間を水晶に変えちゃうあの光線ですよね? 肉体ごと一瞬で結晶化するなら、普通の盾なんてすぐに水晶になって砕け散っちゃうんじゃ……」
「その通りだ」
ローウェンはペンを置いた。
「それに、事からすでに半月が経過している。ルーチが当時隠れていた落石なんて、とっくに巨蠍に砕かれたか、どかされているはずだ。この図面はあくまで部屋の縮尺を把握するためのものでしかない。現場の天然の遮蔽物に希望を託すのは極めて危険だ」
トゴルトがガシガシと頭を掻く。
「遮蔽物が当てにならねえし、盾も水晶にされちまう。なら、どうやって防ぐ? まさか気合いで避け続けろってわけじゃねえだろ」
「一層の防御で足りないなら、多層構造にすればいい」
ローウェンは銀貨を一枚取り出し、机の上で図面をなぞるように動かした。
「明日、一番軽い大型盾をいくつか買い集める。そして、その表面に安物の外套を何重にも巻きつけておくんだ。一番外側の外套に結晶化の兆候が見えた瞬間、即座に引き剥がして捨てる」
「つまり、外套を消耗品にして時間を稼ぐってことですね!」
リネアがピンと来たように手を挙げる。
「なら、私が魔法で巨大な氷壁を作って遮蔽物にするのもアリかも! 氷なら、光線を少しは屈折させられるかもしれませんし!」
ローウェンは頷く。
「氷壁は緊急時の防御手段として使おう。現場では巨蠍の攻撃頻度を見て臨機応変に動く必要がある」
二人が理解したのを確認し、ローウェンはさらに説明を続ける。
「水晶巨蠍……俺もトゴルトも、過去に相対した経験はない。だが、ギルドの魔物分類手引書によれば、巨体かつ移動速度が極めて速い反面、その分だけ大振りの隙が多いはずだ」
ローウェンはペンで、図面の中央に大きな丸を描いた。
「実戦では、トゴルトが遊撃と囮を担当しろ」
「任せな」トゴルトがニヤリと笑う。
「俺は隙を突いて攻撃を仕掛ける」
ローウェンはリネアへと視線を向けた。
「リネア、お前はルーチを連れて後方に陣取り、援護射撃を行いつつ俺の指示に従え」
「相手はA級の化け物だが、お前はまだB級だ」
ローウェンの声が一段と低く、鋭くなる。
「勝手な真似は絶対に許さん。少しでも分が悪いと判断すれば、俺は即座に撤退の指示を出す. その時は一切の躊躇なく引け。わかったな?」
リネアとトゴルトは弾かれたように椅子から立ち上がり、ビシッと背筋を伸ばして右手を額に当てた。
「「イエス・サー!」」
作戦会議が一段落し、ローウェンは机の上の図面をまとめ始める。
トゴルトは椅子の背もたれに寄りかかり、からかうような笑みを浮かべた。
「それにしてもよ……こうやってアンタの戦術指導を聞くのも、随分と久々だな。なんだか懐かしくなってきたぜ」
図面をまとめるローウェンの手が、ピタリと止まる。
――数秒の、短い沈黙。
無意識のうちに、自分の口元が微かに吊り上がっているのを、ローウェンは突如として自覚した。内側から湧き上がる久々の高揚感を、脳が認識するよりも早く、肉体が肯定してしまっていたのだ。
彼はふいっと顔を逸らす。強引に表情筋をねじ伏せ、いつもの無機質なポーカーフェイスを張り付けると、乱暴に図面を丸めた。
「……必要な準備をしただけだ。すべては安全に事後処理を終わらせるためのな」




