番外編 事後処理班の事後処理
ローウェンたちが特急馬車に揺られ、東方の自由貿易国『キライナ』へと順調に向かっていた頃。
北方王国、冒険者ギルド本部の最上階。
執務室に座る本部部長は、山積みになった「クレームと質問状」の束を前に重いため息を吐き、羽根ペンを執った。
あの情け容赦のないローウェンが『事後処理班』の班長として各地で暴れ回るようになって以来、本部の意見箱が空になった試しがない。
ギルドの上層部たる者、これらの厄介な手紙に「公式見解の草案」を示すのも重要な仕事だ。彼が書き留めた回答を、後日広報部が角の立たないよう適宜潤色し、公式声明として発表する手はずになっている。
【書簡その一:ギルドの権力肥大化に対する疑義】
差出人:東部貴族連邦、某・匿名希望の領主
内容:
冒険者ギルドは一介の民間組織に過ぎないはずだ。『事後処理班』なる者が、領主たる私に勝手に請求書を突きつけるなど言語道断! あまつさえ「事故報告書を公開する」と脅迫するとは何事か! ギルドの権力はいつから国家や貴族の体制を凌駕するようになったのだ? これは法と秩序を無視した強盗同然の振る舞いである!
【部長の回答草案(公式見解)】
匿名希望の領主様へ。
まず、貴殿の誤解を正させていただきたい。冒険者ギルドは純粋な民間組織などではなく、北方王国によって設立された半官半民の軍事拠点です。
ノルド大陸が莫大な軍事費を削減できているのは、ひとえに北方王国の正規軍が最前線で魔王軍を死守しているからに他なりません。百年前に各国が署名した連合条約に基づき、その軍事的庇護の代償として、ギルドは各国において現地の治安機関と同等の法執行権を有しています。
したがって、事後処理班による罰金の請求は、条約に基づく「公共の安全を脅かした者」への正当な責任追及です。全ての処罰は最終的に貴国の政府機関の審査に委ねられており、ギルドが国家体制を凌駕したことは一度もなく、またその意図もありません。
端的に申し上げましょう。これは各国が自国の国防費をケチるために、当時正式な書面でギルドに付与することに同意した権限です。ご理解いただきたく存じます。
【書簡その二:天文学的罰金の経済的妥当性】
差出人:スタート村商会連合代表
内容:
事後処理班が、下水道でガス爆発を引き起こした冒険者に「インフラ損害」として天文学的な賠償を請求しました。Cランク小隊が稼げる程度の報酬では、一生かかっても支払い切れません。回収不能と分かりきっている罰金を科すことに、一体何の意味があるのでしょうか? 結局のところ、その赤字は我々商会に被れということですか?
【部長の回答草案(公式見解)】
商会連合代表殿。
貸し倒れの懸念についてはご無用です。賠償の総額はギルド専属の鑑定士が最終裁定を下すものであり、事後処理班が行ったのはあくまで現場での初期見積もりに過ぎません。
支払い能力のない加害者に対し、ギルドは「超低金利の分割払い」制度を設けています。当該の四人組小隊を例に挙げますと、試算上、彼らがギルドの指定する肉体労働任務を受け続ければ、十年間で完済可能です。小隊のランクが上がれば、返済ペースはさらに早まるでしょう。
そして何より重要なのは、そのインフラ修繕費用は、ギルド本部が貴商会に「全額立て替え払い」をするということです。我々は商会の利益が損なわれないことを保証します。そして問題を起こした冒険者たちは、向こう十年間、決して任務を拒否できない最も安定した労働力となります。これは双方が得をする、見事な経済循環のシステムなのです。
【書簡その三:魔王軍の戦略的知能低下に関する疑義】
差出人:北方王国軍事学院、戦略史研究員
内容:
歴史書によれば、百年前の魔王軍参謀は我が国の国王を密かに操り、人類を上層部から瓦解させようと目論んでいました。それなのに、現在の戦略はなぜ「下水道のスライムに魔石をねじ込む」だの、あるいは幹部が自ら「砂漠に希少金属を掘りに行く」だのといったものに成り下がっているのでしょうか? 魔王軍のスケールと知能は著しく退化してしまったのですか?
【部長の回答草案(公式見解)】
真理を探求する学者殿。
長期的な戦略と、短期的な嫌がらせを混同しないでいただきたい。
機密文書によれば、百年前の国王洗脳事件は、魔王軍が誘拐と洗脳を行い、数世代にわたって人類と見分けのつかない末裔を繁殖させ、政略結婚を通じて徐々に浸透した結果です。この計画の期間は実に三百年を超えています。
そして、その三百年の間にも、魔王軍が大陸各地で行った散発的な破壊工作の報告は、少なくとも二十件以上に上ります。
したがって、スライムに魔石を埋め込んだり希少金属をかき集めたりする行為は、決して知能の低下ではありません。むしろ、これらの非合理に見える短期的な工作は、彼らが現在水面下で進めている次なる「三百年規模」の巨大な陰謀をカモフラージュするためのものである可能性が極めて高い。我々は警戒を怠ってはならないのです。
【書簡その四:世界樹の感知能力に対する疑義】
差出人:エルフ魔法および生態系特任学者
内容:
報告書によると、世界樹たる『母』は記憶を見透かし、純血のエルフ体質という恩恵を授けることができるとあります。神のごとき偉大な力を持っていながら、なぜ己の根元に隠れ、ただの隠密魔法をかけただけの六十歳の老人に全く気付かなかったのでしょうか? その魔法の効力が過大評価されているのではありませんか?
【部長の回答草案(公式見解)】
厳格なる魔法学者殿。
世界樹は母なる大地であり、この星全体を繋ぐ魔力の源です。六千年という寿命は人間の目には全知全能に映るかもしれませんが、彼女もまた自然界の生命体であり、真なる『神』の領域にはまだ及んでいません。
賢者リヴィが発動した最高位の隠密魔法は、単なる透明化ではありません。その原理は「自身と外界との魔力交信を完全に遮断する」ことにあり、体内にある膨大な魔力のみで術を維持しています。概念的には、一種の「次元隔離結界」と同等のものです。
大陸の魔力流動を感知する世界樹にとって、リヴィの存在は言わば血管の中に紛れ込んだ微小な不純物のようなものです。森の中に異物がいることには薄々気付けても、広大な魔力の海からピンポイントでその位置を特定することはできないのです。これは魔法特性の相克によるものであり、偉力を誇張しているわけではありません。
【書簡その五:ローウェン班長の二重基準への抗議】
差出人:スタート村の匿名冒険者
内容:
ローウェン班長の二重基準に強く抗議します! 我々一般の冒険者が外でミスをすれば、容赦なく罰金、減給、ライセンス剥奪の憂き目に遭います。それなのに、自分の相棒である半エルフが、ギルドの裏庭に異変植物のジャングルを作り出し、倉庫の扉を吹き飛ばして変形させたというのに、ローウェンは彼女に「箒で掃除しておけ」と命じただけでした!? これはあからさまな身内贔屓です! ギルドに規律はないのですか!
【部長の回答草案(公式見解)】
匿名の告発者殿。貴重な情報提供に感謝する!
……などと冷静に返している場合か! 直ちに本件を徹底調査する!
当該の半エルフによる器物損壊は断じて許されるものではない! ローウェンの隠蔽および経費申請書の偽造疑惑も含め、ギルドとして必ずや最も厳しい処罰を下す所存である!
あの馬鹿共の今月の危険手当とボーナスは、全額没収してやる!!
怒りに任せて最後の文字を乱暴に書き殴った瞬間、部長は荒い息を吐きながら、執務室のドア越しに怒鳴り声を上げた。
「秘書! 今すぐスタート村の通信魔晶石を繋げ! バルガスを呼び出せ!」
――数分後。
当のローウェンとリネアの二人が、あろうことか公費を使って特急馬車に乗り込み、東方へ「有給休暇」に出かけてしまったと知らされた本部部長。
執務室の奥底から、絶望と怒りに満ちた凄まじい咆哮が響き渡った。
一方その頃。
遥か東方の商道にて、馬車の隅に寄りかかって目を閉じていたローウェンは、突如として何の脈絡もなく、背筋に冷たい悪寒を走らせるのであった。




