第5話 化学の勝利
闘技場の熱気はすでに最高潮に達していた。
午前中の激しい予選を勝ち抜き、大会はいよいよベスト4が激突する準決勝を迎えた。
司会を務めるバルガスの声が、声を拡張する魔法で会場全体に響き渡る。
「野次馬共! 次の準決勝で、あの金貨5枚と特別ボーナスに誰が王手をかけるかが決まるぜ! 最初にリングへ上がるのは、圧倒的な火力で名高い伝統派のCランク魔法使い、ラビだ!」
ラビは定番のローブに身を包み、赤い宝石が嵌め込まれた杖を手に、歓声の中を自信たっぷりにリングへ上がった。
「そして対戦相手は、化学の薬とエルフの魔法を操る魔法剣士、リネアだ!」
リネアは動きやすいレザーアーマー姿で登場した。
片手には軽い細身の剣を握り、もう片方の手には、怪しい緑色の液体が入ったガラス瓶を構えている。
リングに上がった彼女の視線は、相手にはまったく向けられていない。
遠くの賞品台に鎮座する『無垢月光草』だけを、今にも飛びかかりそうな熱狂的な目で見つめていた。
カーン!
ゴングが鳴ると同時、ラビはCランク魔法使いの実力を見せつけた。
リネアに距離を詰める隙を与えず、杖を振って拳大の『爆発火球』を3発、三角形の陣形で放つ。
火球は唸りを上げてリネアの逃げ道を塞いだ。
リネアは素早く右手のガラス瓶を投げつけ、同時に細剣からエルフの小さな風の刃を飛ばして瓶を割った。
緑色の液体は空中で一瞬にして霧になり、火球とぶつかって「シューッ」と激しい音を立てる。
辺りに極寒の白い霧が広がり、火球を無理やり掻き消した。
「そんな小細工はおれには通用しないぜ!」
ラビは鼻で笑い、杖を床に強く叩きつけた。
白い霧が晴れるより早く、リネアの足元の石板が突然割れ、3本の鋭い岩の棘が前触れもなく突き出してきた。
リネアは歯を食いしばり、無理やり体を捻ったが、レザーアーマーの脇腹を岩に深く擦られ、白い肌に血が滲んだ。
エルフの身軽さがあるとはいえ、容赦のない魔法の連続攻撃を前にして、彼女も少し追い込まれていた。
ラビはさらに追撃をかける。
杖の先に強力な魔力を集め、さらに威力の高い大魔法を放とうとしていた。
「ふぅ……」
リネアは少し息を切らし、頬の汗を拭った。
ラビの杖の先に魔法陣が形成されるのを見て、リネアの目が鋭くなる。
彼女は後ろに下がらず、細剣を腰に収めた。そして両手で同時に、ベルトから色の違う2つの薬瓶を引き抜いた。1つは深い赤、もう1つは透明だ。
彼女は地面を蹴り、魔法剣士特有の敏捷なスピードでラビに向かって一直線に突進した。
「甘いぜ!」
ラビが大声を上げると、激しい炎が突風に混じってリネアを飲み込もうと襲いかかった。
炎が彼女を飲み込むギリギリの瞬間、リネアは2つの薬瓶を自分の前の地面に力いっぱい投げつけた。
2つの液体が混ざった瞬間、爆発は起きず、とてつもなくツンとする、強烈な桃色の煙が猛烈に噴き上がった。
桃色の煙はなんと炎や突風を掻き消し、そのままラビの方へと流れ込んでいった。
「ゲホッ! ゴホッ、ゴホッ! な、なんだこの匂い……目が、痛えっ!」
ラビはトロールでさえ涙を流す特製の催涙ガスに燻され、涙と鼻水をダラダラと流し、魔法の呪文をストップさせてしまった。
彼が目を押さえて苦しそうに咳き込んだ次の瞬間、桃色の煙の中から小柄な影が飛び出した。
リネアの顔には奇妙な形をしたガスマスクが装着され、手にある細剣の先は、ラビの喉の数センチ手前でピタリと止まっていた。
会場が2秒ほど静まり返り、その後、耳をつんざくような大歓声が爆発した。
「し、勝負ありだ!」バルガスが興奮気味に叫ぶ。「リネア選手の決勝進出!」
リネアはガスマスクを剥ぎ取り、大きく息を吸い込んだ。
観客の拍手には見向きもせず、地面に座り込んで涙と鼻水を流す相手も無視して、ただ振り返り、とてつもなく愛おしそうな目で、あの月光草をじっと見つめていた。
リネアの勝利を祝う大歓声が、闘技場の上から響いてくる。
だが、その騒ぎ声も分厚い石板を通り抜けて地下水道に届く頃には、鈍い羽音のような音に変わっていた。
この薄暗くジメジメした地下の本当の主役は、息が詰まるような武器がぶつかり合う音だった。
キンッ! ガキンッ!
暗闇の中で、火花が飛び散る。
黒いマントの暗殺者は、まるで狂った獣のように、毒を塗った2本のナイフを振り回し、青白い光の網を作り出していた。
彼はパイプや障害物だらけの狭い地下の地形をフルに使い、毎回ものすごく嫌な死角から、ローウェンの急所を狙ってナイフを突き出してくる。
だが、その嵐のような攻撃の前にしても、ローウェンの足さばきは1ミリも乱れていなかった。
ただの片手剣を握り、その動きは決して速く見えない。
しかし、いつもギリギリのタイミングで、最小の動きで正確にナイフを弾き返していた。
剣とナイフがぶつかるたび、ローウェンは相手の力を利用し、その命を狙う威力を簡単に受け流す。
A級冒険者の底知れない戦闘の勘が、この狭い死闘で完全に発揮されていた。
頭の上から歓声が聞こえてくるにつれ、マントの男の呼吸はどんどん荒くなる。
大会の進み具合が、彼の予想より遥かに速かった。魔法陣を発動させるベストなタイミングまでもう時間がないのに、目の前の男にはかすり傷ひとつつけられない。
(これ以上、時間をかけられない)
マントの男の目に、自暴自棄のような狂気が走った。
彼は一気に後ろに下がって距離をとり、古いレンガの床にしっかりと足を踏ん張る。そして、全身の魔力をすべて両手のナイフに注ぎ込んだ。
ブゥン——。
2本のナイフが一瞬で眩しい暗紫色の光を放つ。
周りの空気がその力に吸い取られたように冷たくなり、吐き気がするような血なまぐさい匂いが溢れ出した。
男の体は歪んだ紫色の影と化し、金属すら一瞬で両断する破壊力を伴って、ローウェンの喉元めがけて捨て身の特攻を仕掛けてきた。
ローウェンは目を少し細め、片手剣を横にしてそれを受け止める。
ドォン!
刃がぶつかった瞬間、凄まじい風が周りの水たまりや小石をすべて吹き飛ばした。
そのわずかな力比べの中、剣から伝わってくる気味の悪い振動と、そのツンとする匂いに、ローウェンは突然目を見開いた。
その魔力に覚えがあったのだ。
これは普通の魔法や地下の暗殺スキルなんかじゃない。
この悪意に満ちたエネルギーは——『魔王軍の邪気』だ。
ただのテロ事件の枠を超えていることに気がつき、ローウェンはもう手加減をやめた。
「……しかたない」
ローウェンが低く呟くと、強くて純粋な魔力が彼の体から一気に噴き出し、ただの片手剣を水のように包み込んだ。
剣の刃は一瞬で眩しい白い光を放ち、キーンと澄んだ音を鳴らす。
手首にグッと力を込め、圧倒的なパワーで、相手の暗紫色の光に向かって、何の派手さもない重たい一撃を振り下ろした。
ギャキンッ——ガシャァン!
魔力を纏った片手剣は、豆腐を切るように、魔王軍の邪気が詰まったナイフを真っ二つにへし折った。
残った鋭い剣の勢いはそのままマントの男のガードを切り裂き、彼の胸に骨が見えるほどの深い傷を刻み込んだ。
「ギャアアアッ——!」
マントの男は酷い悲鳴を上げ、糸の切れた凧のように吹き飛ばされ、魔法陣の脇のレンガに重く叩きつけられた。
血があっという間に地面を赤く染め、男は苦しそうにピクピクと痙攣し、完全に戦う力を失った。
ローウェンはうっすらと光る剣を手に、ゆっくりと男の前に歩み寄る。その目はぞっとするほど冷たかった。
魔王軍が絡んでいるなら、これはもうスタート村のギルドだけの問題ではない。
なぜ魔王軍が、わざわざ初心者村の大会でこんな攻撃を仕組んだのか。こいつを生きたまま連れ帰り、すべての情報を吐かせなければならない。
「誰の命令だ? 全部洗いざらい……」
ローウェンがそう問い詰めようとした時、血の海に倒れたマントの男は彼をじっと睨みつけ、突然気味の悪い笑みを浮かべた。
次の瞬間、マントの男はためらいなく歯を食いしばり、奥歯に隠していた毒薬のカプセルを噛み砕いた。
ものすごい猛毒が一瞬で回り、男の口から黒い毒の血が大量に溢れ出す。
もがくことすらなく、男の目のピントはすぐに外れ、その場で息絶えた。
地下は再び静まり返り、陣の中心にある魔石だけが、点滅のスピードを速めながら危険な低い音を立てていた。
ローウェンは足元にある暗殺者の死体を見て、目を伏せた。
舌打ちする時間もなく、すぐに振り返って魔法陣の真ん中へ歩いていく。
まだ白い光を放つ片手剣を掲げ、陣のコアに狙いを定めると、剣の柄で50個の誘引の魔石を繋ぐコアのクリスタルを、思い切り叩き割った。
ガシャンッ!
澄んだ音が響くと、陣の赤い光は一瞬で消え、ヤバい魔力の波も一緒に消え去った。
これで完全にピンチは去った。
ローウェンはようやく剣の柄を握る力を緩め、刃の血を振り払って、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
緊張で少し痛む首の後ろを揉みながら、血まみれの床と、魔王軍まで絡んできたこの酷い後始末を見つめる。
薄暗い地下で、彼は底なしに重いため息をついた。
「……マジで、この尻拭いだけはやりたくないな」




