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第33話 ただの気まぐれだ

焦げた草の灰を踏む重い足音が、ザッ、ザッと不気味に響く。


ローウェンは、ガタガタと震え続ける四人の初心者の前に立ち止まると、懐から黒い手帳を取り出し、ページを開こうとした。


「な、何が冒険者だ!」


ローウェンが口を開くより先に、まだ恐怖から抜け出せないキャリット領主が血相を変えて突進してきた。彼は四人の初心者を指差し、唾を飛ばしながら激しく罵倒し始めた。


「わざわざ他領へ出向いたというのに、貴様らのような愚か者と魔物のせいで、あわや骨の欠片も残らないところだったではないか! 役立たずめ! どいつもこいつも無能なゴミだ!」


ローウェンは、領主の甲高い怒声など意に介さなかった。


彼は手帳を開き、白紙のページに数秒ほど視線を落とした。そして次の瞬間、パタンッという音とともに手帳を閉じ、再び懐へとしまった。


「本来なら、草原火災を引き起こした賠償と、高位スクロール二枚分の莫大な損害は、今この場で君たちに請求するつもりだった。だが、俺は現在休暇中だ。休みの日に、面倒な事務作業をこなすつもりはない」


四人の初心者は呆然とした。死地を脱したという歓喜が一瞬だけ瞳に宿ったが、ローウェンの次の一言が、彼らを本当の地獄へと突き落とした。


「村に戻ったら自分でギルドマスターに報告し、処罰を受けろ。雇用主が生きている以上、目的地に着くまでお前たちの護衛任務は継続だ」


「ふざけるな!」

キャリット領主が悲鳴のような声を上げた。


「このゴミ共に、これ以上護衛などさせるものか! おい、そこの三人、さっきの腕前は見事だった。こいつらに払うはずだった護衛費を出してやるから、お前たちを雇う!」


「お断りします。休暇中ですので」

ローウェンは考えるそぶりすら見せず、一言で切り捨てた。


「き、貴様、その態度は何だ! ワシは東部最大の領主だぞ――」


「ならば、計算は正確に行うべきでしょう」

ローウェンは振り返り、相手の言葉を冷酷に遮った。


「俺たちは『事後処理班』であり、一般の依頼は受けません。だが、先ほど魔狼を片付けた男は現役のAランク冒険者です」

ローウェンは、少し離れた場所で細剣レイピアを肩に担ぎ、ニヤニヤと笑っているトゴルトを指差した。


キャリットは絶句した。


「彼の緊急救援費として、金貨二枚を請求します。後日、ギルドから館へ請求書を送ろう」


「き、金貨二枚だと!?」

キャリットは全身をワナワナと震わせ、ローウェンを指差して激怒した。

「火事場泥棒もいいところだ! そんな馬鹿げた請求、絶対に支払わんぞ!」


「支払いを拒むのは自由です」


「ですが、未払いとなればギルドから各商会や貴族領へ報告書が一斉に公開されることになる。『東部最大の領主が、護衛費用をケチって荒野で焼け死にかけた』とな」


キャリットは息を呑み、顔をどす黒く紅潮させた。


貴族は体面を命よりも重んじる。「ケチって焼け死にかけた」などという理由でギルドのブラックリストに名を連ねれば、社交界で完全な笑い者になることは火を見るより明らかだった。


「請求書は半月後に届きます。よろしく頼む」

ローウェンはそれだけ言い残し、背を向けた。


醜聞の公開という最も効果的な脅しの前に、キャリットはもはや一言も反論できなかった。


結局、彼は歯ぎしりをしながら、顔面蒼白の四人の初心者を蹴り飛ばして馬車に押し込んだ。土煙を上げながら、馬車は逃げるように現場から去っていった。


……


二時間後。

六匹の魔狼の死体処理を終えた特急馬車は、再び東を目指して平穏に走り出していた。


車内では、トゴルトが手持ち無沙汰に指先で銀貨を弾いて遊び、リネアは退屈そうに拾った魔狼の牙をいじっている。


しばらく沈黙が続いた後、二人は示し合わせたかのように、同時に隅に座るローウェンの方を振り向いた。


「おい、ローウェン」

「ねえ、ローウェン」


「今回は、ずいぶんとあっさりあのヒヨッコ共を逃がしてやったじゃないか?」

トゴルトの言葉に、リネアも深く頷きながら口を挟んだ。


「そうよ! あんたのいつものやり方なら、即座にギルドに申請して、あいつらの冒険者資格を完全に剥奪してるはずでしょ!」


問いかけに対し、ローウェンはすぐには答えなかった。


ゆっくりと顔を向け、その視線がトゴルトとリネアに落ちる。

それは、何か物思いに沈むような、底の知れない眼差しだった。怒っているわけでもなく、いつものように人を寄せ付けない氷のような冷たさもない。ただ静かに、無言のまま二人をじっと見つめていた。


「……な、なんだよ。なんでそんな目で見るんだ?」

その異質な視線に背筋が寒くなり、トゴルトは思わず額の冷や汗を拭う。リネアもなんだか気味が悪くなってきた。


二人がその奇妙な空気に耐えられなくなりそうになった時、ローウェンはゆっくりと視線を外した。


彼は再び背もたれに身を預け、目を閉じる。そして、何事もなかったかのような淡々とした声で言った。


「……何でもない。ただの気まぐれだ」

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