第32話 荒野の緊急事後処理
スタート村を出発した後、ローウェン一行を乗せた馬車は街道を平穏に進んでいた。
見渡す限り、街道の両側には果てしない草原が広がっている。人の腰の高さほどある枯れ草が、風に吹かれて波のようにうねっていた。
馬車の中では、リネアが窓に張り付き、西部とは全く異なる景色を物珍しそうに眺めている。トゴルトは背もたれにゆったりと寄りかかり、気楽に話しかけた。
「お嬢ちゃん、俺たちが今いるこの『大陸貴族連邦(東)』がどうやってできたか知ってるか?」
トゴルトは指を一本立て、複雑な歴史を極めて簡潔にまとめた。
「実は単純な話でな。六十年前、リヒト大公国から独立した貴族連合が、利権争いや意見の食い違いで毎日揉めに揉めて、最後は完全に決裂して今の東部と西部に分かれたってわけだ」
「へえ、そうなんだ」
リネアは心ここにあらずといった様子で適当に相槌を打った。明らかに興味がない。
「ちなみに、俺たちがこれから入る領地の主、キャリット領主は、冒険者嫌いで有名なヤツだ」
トゴルトは肩をすくめて付け加えた。
「おまけに異常なほどのドケチで、何でもかんでも金を出し渋る。評判は決してよろしくないな」
隅に座っているローウェンは目を閉じたまま、この退屈な歴史と噂話には一切反応しなかった。
その時、急な馬蹄の音とパニックに陥った悲鳴が入り混じり、草原の静寂を切り裂いた。
「ヒヒィィーンッ!」
御者が慌てて手綱を引き、馬車を街道の端に緊急停車させる。
トゴルトが勢いよく窓を開け、身を乗り出した。
街道の奥から、けばけばしい装飾が施された貴族の馬車が、こちらに向かって猛スピードで暴走してくる。そのはるか後方――馬車が巻き上げる分厚い砂煙の向こう側には、仔牛ほどもある巨大な体と赤く光る目を持つ「草原魔狼」の群れが六匹、獲物を逃さぬ執念で猛追してきていた。
さらに、視界の奥に広がる遥か遠くの草原では、ゾッとするような草原火災が発生していた。遠目にもはっきりと分かるほど、風に煽られたオレンジ色の炎の壁が恐ろしいスピードで外側へ燃え広がっている。空を焦がす黒煙がもうもうと立ち込め、このままではいずれ街道にまで波及してもおかしくない状態だった。
「逃げろおおおっ!」
凄まじい悲鳴を上げながら、貴族の馬車はローウェンたちの横を通り過ぎた直後、ついに激しい揺れに耐えきれずに車輪を歪ませ、土煙を上げながら無様に急停止した。
乱暴に蹴破られたドアから、真っ先に転がり出てきたのは、初心者の装備に身を包み、灰まみれになった四人の若者たちだった。その後に続いて、恐怖で顔を真っ青にした小太りの中年貴族と、ひどく狼狽した様子の執事が這い出てくる。
彼らこそ、キャリット領主と執事のライノ。そして同乗していたのは、スタート村の地下水道でガス爆発事故を引き起こしたあの『四人組の初心者パーティー』だったのだ。
「た、助けてくれえっ!」
リーダーの若者が顔を上げた瞬間、ちょうど馬車のドアを開けて降りてきたローウェンと目が合った。その無表情な顔を見た途端、四人はまるで幽霊でも見たかのようにその場で硬直した。
「お、お前は……ギルドの悪魔!?」
「何があった」
ローウェンは彼らの驚愕など意に介さず、一切の起伏がない平坦な声で尋ねた。
「お、俺たち、キャリット領主に雇われて、私兵の護衛をしてたんだ……」
リーダーは言葉を詰まらせながら、隣の魔法使いを指差した。
「さっき草原魔狼に遭遇して、こいつがテンパって草むらに向かって『ファイアボール』を撃ちやがって! 狼はろくに倒せなかったのに、草に引火しちまったんだ……!」
極度のドケチな雇い主と、腰の高さまである乾燥した草むらで火属性魔法を使う考えなしの護衛。
ローウェンは静かに目を閉じた。
『彼らの分まで生きていく!』
数日前、ハーフエルフの少女から投げつけられた言葉が、脳裏をよぎった。
(あいつらの分まで、生きていく……)
(今の俺がやるべきこと……それは、冒険者たちが引き起こしたこの惨状を、すべて綺麗に片付けること)
(それが、あの時の俺に対する……そしてあいつらに対する、最大の贖罪なのだろう)
再び顔を上げた時、彼に纏わりついていた虚無の気配は消え去っていた。
その表情にはいかなる感傷もない。あるのはただ、眼前の事後処理を完璧に遂行するための、研ぎ澄まされた絶対的な理性だけだった。
「トゴルト、俺が二匹やる。残りの処理は任せた。リネア、ついてこい」
ローウェンは腰の片手剣を抜き放ち、燃え盛る火災と狼の群れに向かって躊躇なく大股で歩き出した。
「グルルルァッ――!」
先頭を走っていた二匹の魔狼が血塗られた大口を開け、左右からローウェンに猛アタックを仕掛ける。
ローウェンは足取りを全く緩めなかった。
手首をわずかに返し、片手剣で空中に極めて無駄のない、致命的な銀色の弧を描いた。
「シュッ!」
余分な動作は一切ない。たったの一太刀で、刃は二匹の魔狼の喉元を正確に切り裂いた。温かい鮮血が乾いた土に降り注ぎ、二匹の魔物は悲鳴を上げる間もなく、ローウェンの足元に崩れ落ちた。
「残りは俺が引き受けた!」
トゴルトは細剣を抜き、余裕の笑みを浮かべながら残りの狼群へと向かっていった。
ローウェンは地面の死体には目もくれず、真っ直ぐ火事の境界線まで進んだ。そして鞄の中から、ずっしりと重い白い粉末の袋を取り出した。
「リネア、これは専用の防火粉末だ。お前の氷結魔法で、火の周りに均等に撒き散らせ!」
「了解!」
リネアは粉末の袋を受け取ると、即座に両手に強力な冷気を集束させた。
そこからの二人の動きは、まるであらかじめ打ち合わせていたかのように完璧な連携だった。
リネアが氷結魔法を放つたびに、正確に防火粉末が冷風の軌道へと混ざり込んでいく。氷のような魔力の嵐が白い粉末を巻き込み、まるで猛吹雪が炎を食い破るかのように、「シューッ」という音を立てて燃え盛る草むらへ猛烈に噴射される。
リネアは何度も魔法の放射と粉末の混合を繰り返した。白い霜と防火粉末が腰の高さの草むらに瞬時に広がり、火勢を遮断する物理的な隔離帯を構築した。
延焼は完全に食い止められたが、隔離帯の内側ではまだ激しい残火が燃え続けている。
ローウェンは懐から、複雑なルーンが刻まれた二つの魔法のスクロールを取り出した。
彼はためらうことなく、左手の青いスクロールを握りつぶした。
「単発起動・真空波」
目に見えない気流が爆発し、火災の中心部から一瞬にして酸素を奪い取る。猛威を振るっていた炎は、助燃物質を失った瞬間に急速に萎縮した。
間髪入れずに、ローウェンは右手の青白いスクロールを砕く。
「単発起動・水撃砲」
大量の水が空中で土砂降りの雨と化し、弱まった炎の網へ正確に叩きつけられる。
「ジュウウゥゥ――ッ」
大量の白い水蒸気と黒煙が空高く立ち上り、あわや大惨事を引き起こすところだった中規模の草原火災は、ローウェンの惜しみないスクロール爆撃によって、ついに完全鎮火した。
……
微風が鼻を突く焦げ臭さを吹き飛ばす。
少し離れた場所では、トゴルトが優雅に剣の血糊を振り払っており、その周囲には四匹の魔狼の死体が静かに転がっていた。
キャリット領主と執事のライノは、自分たちの馬車の傍らにへたり込み、まだ恐怖から抜け出せずにいる。
そして彼らの前方では、大惨事を引き起こしたあの初心者冒険者たちが、黒焦げになった地面に両膝をつき、ガタガタと震えが止まらないでいた。
焦げた草の灰を踏みしめる重い足音が、背筋も凍るような「ザッ、ザッ」という音を立てる。
ローウェンがゆっくりと戻ってきた。
彼の服には白い消火粉末と灰がわずかに付着していたが、その顔は極限まで張り詰めていた。怒りの咆哮も、剣を抜く威嚇もない。ただ純粋に、一切の感情を排した無表情な顔がそこにあった。
ローウェンは四人の前に立ち止まり、見下ろすように彼らを睨みつけた。息が詰まるほどの圧倒的な威圧感が、再び静寂を取り戻した荒野を完全に包み込んでいた。




