表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/50

番外編 無垢月光草とハーフエルフの野望

五十年前。精霊の森の周縁に位置する集落、ラビニス。


「ここ数ヶ月、満月の夜になると精霊の森に不審者が現れる。そいつはあろうことか、森を覆う樹冠に向かって『氷のアイスアロー』を乱れ撃ちするらしい。おかげで巡回隊パトロールは血眼になって犯人捜しをしているわけだが……俺はその正体を、痛いほどよく知っている」


村の掲示板に貼り出された『森林破壊者を手配中。発見次第、捕縛せよ』という物々しい手配書を見上げ、デロイは深々とため息をついた。

彼は巡回隊に加わったばかりのハーフエルフだ。支給されたばかりの少しダボつく革鎧を鳴らしながら、憂鬱な気分で肩を落とす。


無理もない。件の「破壊者」とは、他でもない彼の幼馴染なのだ。この数ヶ月、デロイは胃を痛めながらこっそり自身の巡回ルートをごまかし、必死に彼女の隠蔽工作カバーに奔走していた。


「やっほー! デロイ!」


背後から、泥だらけの手が容赦なくデロイの肩を叩いた。

ビクッと肩を跳ねさせたデロイが振り返ると、そこには翠色の瞳をらんらんと輝かせたハーフエルフの少女が立っていた。


「リネア! 声がでかい! 頼むから静かにしろ! 今、隊の警戒がめちゃくちゃ厳しいんだぞ!」

周囲を気にしながら、デロイは歯を食いしばって声を押し殺す。


「分かってるわよ。だからこそ、あんたに巡回ルートの確認に来たんじゃない!」

リネアは悪びれる様子もなく笑い飛ばすと、ぐっと顔を近づけてきた。

「いい? 次の決行は明後日。満月の夜よ!」


「頼むから一旦大人しくしててくれ……」

デロイはズキズキと痛むこめかみを揉んだ。

「そもそも、なんで満月の夜に樹冠をぶっ壊す必要があるんだよ」


「『無垢月光草』を探すために決まってるじゃない!」

リネアは胸を張り、堂々と答えた。

「古文書によるとね、月光草は生まれつき魔力に欠陥があるの。満月の夜、『葉の遮りがない』場所で純粋な月光を一晩中吸収して初めて、夢幻の素材へと変異できる。でも精霊の森は葉っぱが密集しすぎてるから、あたしが氷の矢で『ちょっとした隙間』を開けて、月光が差し込むようにしてあげてるのよ」


「……で、成功したのか?」


「失敗よ。氷の矢じゃ威力が足りなくて、開いた穴が小さすぎたの」

リネアは悔しそうに唇を尖らせる。

「だから先月、方法を変えたの。月光草を根こそぎ引っこ抜いて、こっそり森の外に持ち出して月光を吸収させようとしたわ。でも、どうなったと思う? 森の魔力圏から出た瞬間、一瞬で枯れちゃったのよ!」


「そりゃ当たり前だろ……」デロイは深い疲労感を覚えて天を仰いだ。


「だけどね! 苦思惨憺の末に、あたしはついに失敗の原因を突き止めたの!」

リネアは両手で拳を作り、世紀の大発見でもしたかのように熱弁を振るう。

「絶対、前回は掘り出した土の量が少なすぎて、月光草の養分と魔力を維持できなかったのが原因よ! だから今回は大型の荷車を用意して、草の周りの地面ごと、土を丸ごと掘り出して持っていくわ!」


あまりに真剣なその顔を見て、デロイは「いくら何でも冗談だろう」と高を括っていた。「絶対にそんなことするなよ!」と念を押し、逃げるようにその場を後にしたのだが――。


彼は、素材狂人の執念というものを完全に甘く見ていた。


決行予告日である、満月の夜。

デロイは数名の隊員と共に、森林の境界付近で警備に当たっていた。


真夜中を回った頃。森の奥から突然、「ガタガタガタ」と車輪が軋むような音と、「ドスン、ドスン」と重い土塊が地面に落ちる鈍い音が響いてきた。


「異常発生だ! 現場へ向かうぞ!」

巡回隊長が長剣を抜き、隊員たちを率いて音のする方へと駆け出す。


松明の明かりが森の境界を照らし出した瞬間、デロイを含む巡回隊員たちは全員、その場に立ち尽くした。


そこには、全身を泥だらけにしながら、自らの怪力だけで巨大な荷車を引っ張るリネアの姿があった。おまけに小柄な体格には不釣り合いな大型のスコップを振り回し、狂ったように精霊の森の土を掘り返している。

森の境界には、すでに牛が一頭丸ごと埋まりそうなほどの巨大なクレーターが穿うがたれ、傍らの荷車には黒々とした森の土が山盛りに積まれていた。


「お、お前、一体何をしている!?」

隊長が怒りで声を震わせる。


巡回隊の存在に気づいたリネアは、逃げ出すどころか焦ったように大声を上げた。

「ちょっと待って! あと少しだけ土を掘らせて! もうちょっとで終わるから!」


「この森を破壊する狂人を捕縛しろッ!」

隊長の怒号が夜の森に響き渡った。


疑いを避けるため、そしてこの馬鹿な幼馴染が余計なことを口走るのを防ぐため、デロイは腹を括って真っ先に飛び出した。彼女を地面に組み伏せ、素早くエルフの捕縛縄でぐるぐる巻きにする。


「離してよ! あたしの無垢月光草があぁぁぁッ――!」


耳をつんざくような悲鳴が響き渡る中、前代未聞の「盗土事件」は現行犯逮捕という形で幕を閉じた。


翌朝。


「悪意を持って精霊の森を破壊した」という罪状はあまりにも常軌を逸していた。村長と巡回隊長による短い審問の末、リネアには極めて重い判決が下された。


『今後百年間、精霊の森周辺への立ち入りを一切禁ずる』。事実上の追放処分である。


朝霧がまだ晴れぬ、村の入り口。

見習いのデロイは、罪人を村の外へと押送する役目を負っていた。巨大なリュックを背負った彼女の後ろ姿を見つめながら、デロイは胸の内に少なからず罪悪感を抱いていた。


村を追い出されたショックで泣いているかもしれない。そう思い、慰めの言葉をかけようと口を開きかけた――その時だった。


リネアはくるりと振り返った。その顔に悲壮感など欠片もなく、両手を腰に当てて意気揚々と地平線の彼方を指差す。


「見てなさいよ、デロイ!」

リネアは高らかに宣言した。その瞳には、ギラギラとした野心の炎が燃え上がっている。

「ここで採集させてくれないって言うなら、あたしは外の世界に行くわ! 冒険者になって、世界中のレア素材を全部集め尽くして、一獲千金の大事業を成し遂げてやるんだから!」


デロイは完全に呆気にとられた。


意気揚々と外の世界へ踏み出していくお調子者の背中を見送り、彼は深い溜め息をこぼした。

だが、昨夜の審問を思い返す。彼女は最初から最後まで「自分一人の単独犯だ」と強硬に主張し、デロイが巡回ルートをごまかして協力していたことなど、ただの一言も漏らさなかったのだ。


(俺を巻き込まないでいてくれて、ありがとな……)


デロイは苦笑交じりに首を横に振り、心の中で静かに祈った。


どうか、外の世界にいる魔物たちが、無事に平和でいられますように――と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ