過去編 血色の交響曲
長剣が床に落ちる甲高い悲鳴は、魔物たちの咆哮に容易く掻き消された。
ローウェンは冷たい石の床に力なく這いつくばり、口から塊混じりの鮮血を絶えず吐き出している。視界に広がるのは、息が詰まるほどの惨状だった。
数分前まで無敵を誇っていたAランクパーティーは、今や無残に引き裂かれていた。リサとキャサリンの遺体は後方で重なり合い、輝く金髪が徐々に冷たくなっていく暗赤色の血だまりに浸かっている。意識を失ったレドリットとリンデリルは、糸の切れた人形のように、魔物の足元や泥の中で無造作に引きずり回されていた。
「離……せ……」
ローウェンは歯を食いしばり、粗い石板を死に物狂いで掴みながら、バラバラになりそうな体を持ち上げようとした。
だが、ブロドの刺青に覆われた丸太のような足が彼の背中を重く踏みつけ、力任せに再び血だまりへと沈め込んだ。
「急ぐな。余興はこれからだ」
ブロドは冷酷に笑い、左手人差し指の毒々しい紅色の指輪が、不気味な邪光を放った。
「ぐああッ――!」
喉の奥から押し殺したような呻き声が漏れる。耳障りな金属の摩擦音とともに、無数の深紅の魔力鎖が硬い石板を砕いて飛び出した。それは単に巻きつくのではなく、逆棘のついた錆びた鉄釘のようにローウェンの手首と足首を乱暴に貫き、彼を屈辱的な姿で宙に磔にした。
『血牢』。
鎖が引き絞られるたびに血肉が残酷に削られ、鮮血が鎖を伝って滴り落ちる。
だが、最も絶望的なのは肉体を切り刻まれる苦痛ではなかった。
ブロドの粗暴な指がローウェンの頬を強くつまみ、二本の指で無理やりまぶたをこじ開けた。陰湿な魔力が注ぎ込まれ、彼から「目を閉じる」という権利すら奪い去ったのだ。
乾燥、刺すような痛み、そして極度の充血によって浮き出たおぞましい血走った目。ローウェンは目をカッと見開かされ、「目を背けて逃げる」という最後の慈悲すら許されなかった。
「人間の最も哀れな点は、『絆』という名の錯覚を抱いていることだ」
転送陣の真上から、『参謀』メダラスがこの惨状を見下ろし、陰湿な声を大広間に響かせた。
「今日、この誇り高き隊長殿に、その絆がいかにして一寸ずつすり潰されていくかを、しっかりと見届けさせよう。やれ。あまり楽に死なせるな」
その何気ない命令が、惨劇の鐘を鳴らした。
ブロドともう一人の幹部が獰猛な狂笑を浮かべ、血だまりでまだ息のある魔術師たちの元へ歩み寄る。
「やめろ……やめろぉっ……失せろ!!」
ローウェンは鎖の中で狂ったようにもがいた。手首が鉄の棘に引き裂かれようと、骨が見えるほどの傷口から血が噴き出そうとお構いなしに、狂犬のように死に物狂いで鎖を引っ張る。鎖と骨が擦れ合い、耳を塞ぎたくなるようなおぞましい音が響いた。
「バキィッ――!!」
極めて甲高い骨の砕ける音が、ローウェンの聴覚を乱暴に引き裂いた。
幹部の軍靴が、魔術師レドリットの両手を容赦なく踏みにじったのだ。かつて無比の精密な魔力制御で無数の華麗な魔法を放ってきたその手は、今や泥にまみれ、枯れ枝のように一寸ずつへし折られていく。
「ああああああっ――!!」
レドリットが、もはや声の原型すら留めていない凄惨な絶叫を上げた。
続いて、鈍く吐き気を催すような肉の裂ける音が響いた。ハーフエルフであるリンデリルの、長寿と高貴さの象徴である尖った長い耳が、もう一人の幹部の素手によって強引に引きちぎられたのだ。
誇り高きハーフエルフの苦痛に満ちた嘶きと、魔王軍幹部たちの耳障りな狂笑が絡み合い、血色の交響曲へと変わっていく。
「レドリット!! リンデリル!!」
ローウェンは目尻が裂けんばかりに見開き、前方を死に物狂いで睨みつけた。血を吐くような悲痛な叫びで彼らの名を呼び、声帯が裂け、咳き込んだ血が口から溢れ出てもなお吼え続けた。やがてその声は、壊れたふいごのように掠れた息の音へと変わっていく。
「俺を殺せ! 殺すなら俺を狙え!! あいつらを放せえぇぇッ!!」
鎖に繋がれた敗犬の吠え声など、誰も気にも留めない。
拷問は続いた。ローウェンは、仲間の血が一滴一滴流れ尽くし、その瞳の最後の光が、極限の苦痛の中で徐々に濁り、失われていくのを強制的に見せつけられた。
最後に、ブロドは血まみれの両手で、無数の風穴が空いたコフトの前に歩み寄った。
コフトは一切の悲鳴を上げなかった。十六の時からローウェンと同じ天幕で寝起きし、九年もの間生死を共にしてきたこの戦友の胸は、今や微弱に上下するのみだった。
彼は苦しげに首を回し、すでに焦点を失った瞳で、宙に磔にされたローウェンを静かに見つめた。
周囲の狂笑も絶叫も、この瞬間だけは完全に遠ざかったように思えた。
ローウェンは血まみれになったコフトの顔を見つめ返す。凍りついた空気の中で二人の視線が交差する。ローウェンは、コフトが最後に動かした唇の形を確かに読み取った。
『逃げろ』と。
「ドゴォォッ――!!」
ブロドの刺青に覆われた重い拳が、容赦なく振り下ろされた。ローウェンは、九年間自分を守り続けてくれた『絶対の盾』が、目の前で完全に砕け散り、二度と動かなくなるのをただ見届けるしかなかった。
大広間は唐突に静まり返った。
残ったのは鮮血が滴る音と、幹部たちのまだ物足りなさそうな残酷な冷笑だけだった。
ローウェンはもがくのをやめた。
手首の鎖が鳴ることもなくなった。彼は魂を強引に引き抜かれた木偶のように、ただ呆然と前を見つめている。かつて輝き、熱血と自信に満ちていたその瞳は、この瞬間に完全に死に絶え、深淵のような空虚と麻痺だけが残された。
「じつに美味なる絶望だ」
メダラスはローウェンの上空へと漂い、焦点を失ったその目を見て満足そうに笑った。「人間よ、最後まで見届けた褒美として、極上の苦痛をくれてやろう」
メダラスは蒼白な指を伸ばし、宙に暗赤色のルーンを描くと、それをローウェンの心臓へと静かに打ち込んだ。
『血蝕の呪い』。
視覚と聴覚への極限の拷問が、瞬時に肉体への絶対的な破壊へと転じた。ローウェンは全身の血が刹那に沸騰するのを感じた。まるで煮えたぎる溶岩を強引に血管へ注ぎ込まれたかのようだ。
皮膚は一瞬にして赤黒く変色し、白煙まで上がり始める。五臓六腑が業火の中で狂ったように焼かれている。それは骨の髄まで炎に貪られるような、狂気を孕んだ激痛だった。
ローウェンの意識が薄れていく。彼は悲鳴を上げなかった。もはや口を開く力すら残っていなかったからだ。彼はただ静かに死の訪れを待っていた。あの世へ逝って、仲間たちに謝罪するために。
だが、その心臓の鼓動が微弱になり、停止するかと思われたまさにその瞬間――
この上なく優しく、生命力に満ちた金色の光が、突如としてローウェンの胸の奥底から弾けた。
「ほう?」メダラスはわずかに眉をひそめる。
それはローウェンの力ではない。リサの魔力だった。
それは、リサが過去の無数の治療の中で、誰にも気付かれることなく彼の魂の深奥に密かに刻み込んでいた緊急術式だった。ローウェンの生命反応が臨界点を下回った時のみ自動的に発動し、半径一キロ圏内の任意の安全な座標へと強制転移させる仕組みだ。
死の直前までついに口に出すことのできなかった彼女の恋情が、最後の絶対的な守護へと姿を変えたのだ。
魔王軍が驚愕する中、金色の魔法陣が瞬時にローウェンを包み込む。眩い白光とともに、業火に焼かれていたローウェンの身体は、血塗られた大広間から忽然と姿を消した。
「緊急脱出の術式か」
メダラスは空になった血だまりを見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。彼は踵を返し、追撃の命令を下すことすら億劫そうにした。
「人間はじつにくだらん小細工をする。まあよい、血蝕の呪いを受けたのだ。どうあがこうと最後には死ぬ」
……
「ヒュオォォォォ――ッ!!」
刃のような氷雪を孕んだ狂暴な寒風が、凄まじい音を立てて吹き荒れている。
ローウェンは地下迷宮の外、寒氷山脈の最も過酷な猛吹雪の中へと重く投げ出された。
氷点下数十度の極寒が、彼の体内で沸騰する『血蝕』の呪いを乱暴に冷やしていく。冷たい雪が皮膚に触れるたび、「ジュッ」という音とともに瞬時に沸騰し、熱い蒸気となって立ち昇った。
環境の極端な低温が、致命的な高熱の大半を相殺していた。だが、単なる吹雪だけで魔族の呪いを完全に打ち消すことはできない。ローウェンを死の淵から強引に引き戻した真の要因は、転移と同時に彼の体内に残留していた、あの温かな金色の光だった。
リサの緊急術式は彼を地獄から遠ざけただけでなく、その微弱ながらも強靭な魔力の中に、軽度の回復魔法と呪いに抗う祝福を内包していた。この柔らかな微光が外界の極寒と呼応し、ローウェンの肉体を戦場として、かろうじて奇妙な均衡を保っていたのだ。
ローウェンは純白の雪原に大の字になって倒れ伏し、荒い息を繰り返していた。
周囲にもはや魔物の狂笑はなく、吐き気を催す血の匂いも、仲間の胸をえぐるような絶叫もない。あるのはただ、すべてを凍てつかせるような無尽の吹雪の音だけだ。
彼は虚ろな瞳をゆっくりと動かし、寒氷山脈の鉛色に沈んだ暗い空を見つめていた。
本話のタイトル『血色の交響曲』ですが、
システムの都合上、タイトルにルビ(ふりがな)を振ることができなかったため、こちらで補足させていただきます




