表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

第24話 移動型天災のスパルタ特訓

スタート村、冒険者ギルドのギルドマスター執務室。


ギルドマスターのバルガスは、デスクの上に広げられた賢者リヴィに関する資料を前に、額から冷や汗を流し続けていた。


資料に添付された写真は、十三歳前後にしか見えない、線の細い華奢な少年だ。

しかしバルガスは、この男の実際の年齢がとうに六十歳を超えていることを知っていた。

こんなものは冒険者などではない。いつ爆発するかも分からない、歩く時限爆弾だ。


「ローウェン、頼む、この通りだ!この坊主の専属の教育係を引き受けてくれ!」

バルガスは両手を合わせ、一枚の特別依頼書をローウェンの前へと押し出した。

その口調はほとんど哀願に近い。

「こいつを村の外に連れ出して、まともに魔法を制御できるようになるまでは、絶対にクエストを受けさせるな……! 保証する、お前が不在の間、事後処理班の全ての業務と書類仕事は、この俺が責任を持って代わりに片付けてやる!」


その言葉を聞いた瞬間、ローウェンの無表情な顔に、わずかに動揺が走った。


移動型天災の特訓に付き合うのは極めて面倒だが……。しかし、「誰かが事後処理の雑務や公文の作成をすべて代行してくれる」という誘惑は、あまりにも抗いがたかった。


ローウェンは脳内で瞬時に利害を天秤にかけ、最終的にその誘惑へと屈した。

「……分かりました」


ローウェンは深く息を吸い込み、依頼書を受け取った。 「ただし、条件が一つあります。ギルドの権限を使い、最速で村の南方にある廃採石場の隣に、簡易的な訓練用キャンプを設営してください」


その日の午後、南方の廃採石場。ローウェンは以前没収した『誘引の魔石』を一つ取り出し、その効果を発動させた。微弱な魔力の波動はすぐさま、低ランクのホーンラビットやスライムを周囲へと呼び寄せた。

「いいか、ルールは一つだけだ」

ローウェンは、一度も鞘から抜いていない支給品の片手剣を手に、振り返って背後の少年を見据えた。


少年は自分の体躯の半分ほどもある分厚い魔導書を必死に抱きかかえ、恐怖でガタガタと全身を震わせている。


「絶対に大規模魔法を使うな。大規模魔法の発動兆候を少しでも見せたら、その時点で詠唱を強制中断させる」


「は、はい……ローウェン先生、ボ、ボク頑張ります……」


リヴィは目尻に涙を浮かべ、緊張のあまり何度も頷いた。その細い足は絶え間なく震えている。

その時、一本の角を持つ低ランクのホーンラビットが岩陰から飛び出し、二人に向かって威嚇の唸り声を上げた。


「ひぃっ! 魔、魔物だぁ!」

リヴィはびくっと身体を震わせ、瞬時に極限の恐慌状態へと陥った。

彼は手元にある分厚い魔導書を大慌てでめちゃくちゃに捲り、口の中で支離滅裂に呟き始める。

「ま、待って! ウサギを相手にするならどの魔術が安全なんだ……これはダメ、これもダメ……あ、あった! 四百二ページ!」

恐怖のあまり、リヴィは目を瞑って、悲鳴のような裏返った声で高らかに詠唱した。

「荒れ狂う煉獄の炎よ、眼前の全てを灰燼に帰せ――『エクスプロージ……』」


――ゴツッ! 鈍い衝撃音が廃採石場に響き渡る。

リヴィの詠唱は無残にも途切れた。


ローウェンの手にある片手剣の柄頭が、寸分の狂いもない正確さで、容赦なくリヴィの後頭部へと叩きつけられていた。


「痛いいいっ! ローウェン先生、何するんですかぁぁ、うわぁぁぁん!」

収束しかけていた膨大な魔力は一瞬にして霧散し、リヴィは頭を抱え、涙をボロボロこぼしながらその場にうずくまった。

ローウェンは小さな手帳を取り出し、そこに一本の線を引きながら告げた。

「最底辺のホーンラビット一匹を相手に、なぜ爆裂火炎陣など使おうとした? やり直しだ。最初歩の『ファイアボール』を使え」


「うぅ……でも、ファイアボールでもし仕留め損ねたらどうするんですか……」


「やり直しだ」


それからの数時間、廃採石場はさながら残酷なモグラ叩きの会場へと変貌した。


「ア、アイス・ストーム――」――ゴツッ!


「さ、裁きの雷――」――ゴツッ! ゴツッ!

リヴィが緊張して魔導書をめちゃくちゃに捲るか、あるいは詠唱に『地獄』や『滅び』といった不穏な単語が混ざるたび、ローウェンの柄頭が寸分の狂いもなく彼の後頭部へと容赦なく叩き落とされた。


夕暮れ時。

大規模な魔法こそ発動しなかったものの、不発に終わった魔力の空回りは激しい。

魔力の過度な消費により、リヴィの精神は極限まで衰弱し、立っていることすらおぼつかないほどにフラフラになっていた。

しかし、地獄の特訓はまだ半ばに過ぎなかった。

ローウェンはリヴィを設営されたばかりのキャンプへと連れ戻すと、地面に置かれた山積みの汚れ物、そして未調理の生肉と野菜を指差し、冷酷に次の命令を下した。


「冒険者たるもの、身の回りの世話を一人でこなし、野外での生存術を身につけていなければならない」

ローウェンは鉄鍋をリヴィの胸へと押しつけた。

「今日から、洗濯、設営、調理、全てお前自身の手で行え。魔法による処理は一切を禁ずる」


「えぇっ!? 全部ボク一人でやるんですか!?」

リヴィは絶望の悲鳴を上げた。彼は十歳にして学院の首席となり、人生の大半を学術の殿堂で魔法研究に捧げてきたのだ。

生活能力など、根本から皆無に等しかった。

かくして、津波すら引き起こせるはずの『賢者』が、キャンプ傍の小川に屈み込み、落ちない汚れを前に男泣きしながら布を揉み洗いする羽目になった。

隕石を召喚できるはずのエリートが、不器用な手つきで火打ち石と格闘した結果、危うく自分の前髪を焼き尽くしかけた。

一通りの大騒動を経て、リヴィはどうにか一鍋の夕食を差し出した。

ローウェンは快適な折りたたみ椅子に腰掛け、自分で淹れたブラックコーヒーを優雅に啜っていた。

彼はリヴィが運んできた、まるでスライムの毒液のように奇怪な紫色の泡を吹く濃縮スープを一瞥し、容赦のない評価を告げた。


「見た目零点、栄養価は未知数、毒性のリスクが極めて高い。廃棄しろ。森に入って食材を再採集してこい」

「そんな……ううっ……」


深夜、冷たい風が静まり返った廃採石場のキャンプを吹き抜ける。

リヴィは氷のように冷たい泥の上に『大』の字になって倒れ込み、白目を剥いて口から泡を吹いていた。

彼は最後の一滴に至るまでの体力と魔力を完全に絞り尽くされ、過度な恐怖と過酷な労働によって、その肉体を時折ぴくぴくと痙攣させている。

ローウェンは緩慢な足取りで彼の傍へと歩み寄り、革靴の爪先でリヴィの足を軽く突いた。


「初日にしては十二時間持ちこたえたか。悪くない進歩だ」

ローウェンは手帳にチェックマークを入れ、地面に転がる微かに痙攣した『死体』に向かって、起伏のない声で告げた。


「さっさと寝ろ。明朝は五時起床だ。特訓を再開する」

リヴィの絶望的な不平と、うわ言めいた啜り泣きが響く中、この『移動型天災』に対する地獄のスパルタ特訓は、容赦なく続いていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ