幕間 その二(後編) 乗り物酔いの賢者
馬車のリズムに合わない、無きに等しいサスペンションのせいで。
ついに、この小隊に最初の危機が訪れた。
「うぅ……おえぇ……」
名もなき小さな村を通りかかった時、ローウェンは馬車を止めざるを得なかった。
車内の奥深くで、リヴィが紙のように真っ白な顔をして、干し草の山の上にぐったりと倒れ込んでいたからだ。
その姿は、魂がどこかへ抜けてしまったかのような、半死半生の状態だった。
巨額の借金を背負ったこの労働者を車内で死なせるわけにはいかない。
ローウェンは仔猫の首根っこを掴むように彼の襟元を引っ掴むと、村に唯一ある小さな食堂へと引きずっていった。
リネアはリヴィのために温かいスープを注文してやった。
そして、泥のようになって木製のテーブルに突っ伏してうめいている彼を見て、呆れたように首を横に振った。
その時。
食堂の片隅から、やけに芝居がかった大声が聞こえてきた。
「……まさに絶体絶命の危機! 『不動』と呼ばれるあの男は、深淵の淵にそびえ立つ巨岩のごとく毅然と立ち塞がり、ただ一瞥をくれただけで、ゴブリンどもに真の絶望とは何かを思い知らせたのだ――!」
鳥肌が立つようなその台詞を耳にした瞬間、リネアは口に含んだばかりのスープを吹き出しそうになった。
彼女が顔を向けると、村人たちを相手に大演説をぶっている男の姿が、すぐに目に入った。
「この声……間違いない、あいつだ」
リネアは容赦なく突っ込みを入れた。
気持ちよく語っていたその男は、視線に気づいたのか振り返り――
次の瞬間、その目を驚くほどギラギラと輝かせた。
「おおお! 我が終生の戦友にして、死線と宿命を共に乗り越えた――」
トゴルトは激しく両腕を広げ、大股でこちらのテーブルへと歩み寄ってきた。
しかし、その言葉が半分も終わらないうちに、ローウェンが無表情のまま腰の袋から、あの見覚えのある『特製消臭粉』を取り出し、手の中でポンポンと軽く放り投げた。
それに気づいたトゴルトは、瞬時に口を真一文字に結んだ。
そして両手を大人しく太ももの上に乗せ、極めて端正な姿勢のまま、リネアの隣の空席へと滑り込んだ。
「ローウェン旦那、お久しぶり。相変わらず北方の凍土みたいな顔色をしてるねぇ」
トゴルトは乾いた笑い声を上げて沈黙を破ると、すぐに視線を対面のテーブルに落とした。
そこには、微かなうめき声を漏らしながら突っ伏している、一枚のフード付きマントの塊があった。
「こいつは……新しい仲間かい? ずいぶんと死にそうに見えるが」
リネアは、リヴィが息をできるようにその顔を少し横へと向けた。
「ああ、あいつ? こないだリヒト公国の正門前で『メテオ』をぶっ放した賢者だよ」
トゴルトは一瞬呆然とし、その真っ白な少年の顔をじっと見つめ――次の瞬間、カッと目を見開いた。
「待て、この顔……リヴィ!? あの『移動型天災』か!?」
「知り合いなの?」
リネアが興味深そうに尋ねる。
「知ってるも何も、昔、俺とローウェンの小隊に短期間だけ入ってたんだよ!」
トゴルトはバンッとテーブルを叩き、信じられないといった様子でローウェンを凝視した。
「おいおい、正気かローウェン? 昔あれだけ骨を折ってパーティーから叩き出したってのに、なんでまた拾ってきやがったんだ?」
リネアは、リヴィがクレーターの賠償金のために十年の専属労働契約を強いられ、さらにはギルド長のレウスによってローウェンの『事後処理班』へと強制配属された経緯を、まるで講談師のようにまくし立てた。
その荒唐無稽な経緯を聞き終えたトゴルトは、まず三秒間ほど静まり返り――
それから。
「ぶっ……はははははははは!」
このベテラン冒険者はなりふり構わず自分の太ももを叩き、涙を流して爆笑し始めた。
その笑い声には、これでもかというほどの他人の不幸を喜ぶニュアンスが詰まっていた。
「傑作だ! あの泣く子も黙る『不動』のローウェン、かつては面倒事を嫌って群れるのを拒んだ孤高の男が、今や新米の半精霊と天災児を引き連れた『子守り隊長』に成り下がるとはな! はははは、この光景は今世紀最大の喜劇だぜ!」
ローウェンの放つ視線は、出された熱いスープすら一瞬で凍りつかせそうなほど冷徹だったが、トゴルトはその面の皮の厚さで、殺気を完全に無視しきっていた。
「ねえねえ!」
リネアの好奇心が完全に覚醒した。
彼女は勢いよくテーブルの上のエールのピッチャーを掴み、トゴルトのコップへと並々と注ぎ込んだ。
「早く教えてよ! こいつ、昔は他にどんなバカなことやらかしたの? ローウェンは昔、どうやってそいつの尻拭いをしてたわけ?」
リネアというこれ以上ない聞き手を得て、このお喋りな冒険者はまさに水を得た魚のようだった。
「お嬢ちゃん、そいつは良い質問だ!」
トゴルトは豪快に酒を煽ると、最高潮のテンションで暴露を始めた。
「いいかい、あれは昔、俺たちでフロスト・トロールを討伐しに行った時のことなんだが、この坊主がなんと――」
歳の離れた二人がまるで意気投合したかのように、リヴィの黒歴史をこれでもかと肴にする姿を前に、ローウェンは深く、重いため息を吐き出した。
もっとも、自身の『不動』としての過去にさえ触れられなければ、彼はあえて二人を止めるつもりはなかった。
三十分ほどが経過すると、リヴィの顔色にもようやくいくらか血色が戻ってきた。
それを見るや否や、ローウェンはすぐに立ち上がり、テーブルに数枚の銅貨を放り投げて会計を済ませた。
「車に乗れ。出発する」
ローウェンは一秒たりともここに長居したくなかった。
リヴィは大人しく這い上がって後に続き、リネアは未だに話し足りないといった様子で名残惜しそうにしている。
「待ちな、ローウェン。スタート村だろ? ならちょうど順路じゃないか!」
トゴルトが突然立ち上がり、いかにも正義感に溢れた様子で自分の胸をドンと叩いた。
「俺も最近、これといったまともな依頼を受けてなくてね。昔のよしみだ、情けをかけて、この俺自らお前さんたち『子守り小隊』を護送してやろうじゃないか!」
ぶっちゃけて言えば、彼はまだ面白い話を語り尽くしておらず、ただ馬車に乗り込んで続きの余興を特等席で眺めたいだけだった。
勝手に同行を決めたトゴルトと、これからの馬車移動でさらなる物語を拝聴しようと期待に満ち溢れているリネア。
ローウェンは確信した。
これからシュタート村へと向かう道中が、精神を崩壊させるほど騒がしくなるであろうことを。
胃の腑に、馴染み深い鈍い痛みが走る。
ローウェンは無表情のまま背を向け、食堂を後にした。
本来の三人小隊は、この極度にお喋りな冒険者の強引な乱入により、正式に――ゴシップとツッコミに満ちた喧騒の馬車へと変貌を遂げ、夕日の中でガタゴトと揺れながら前進を続けるのだった。




